第19話 ニアミス


 気になったシートバッグを調べてみる。


 ボックス型のバッグ。容量は24リットル。ベルトを使ってバイクのシートに固定するタイプのバッグだった。シートに据えられる他、リュックとしても使用できる。メインの気室は取り出し口が複数あり、側面の取り出し口は開口が大きく、物の出し入れがしやすそうだった。


 公式サイトでおおよその雰囲気はわかった。しかし手に持った感じや背負った感じ、バイクに実際に据えて見たときの感じがもう少し知りたいところだ。


(あ、動画ある)


 動画の商品レビューらしきものがあったので、それを見てみることにした。公式のものではなく、ウィーチューバーがレビューしているもののようだ。


『ハロー、エブリワン! フィリーです!』


 動画はそんな元気な一声で始まった。


『今日はレビュー動画! シートバッグを買ったので、使った感じとかを紹介していくわ!』


 バイク系の動画では珍しい、女性のウィーチューバーだ。眩しいくらいの長い金髪が印象的な美人で、欧米人な顔つきをしている。年齢もかなり若く見え、大学生くらいかもしれない。日本語がペラペラだが、たぶん外国人だろう。自前とおぼしき英語字幕も出ている。それからーー。


(この人も大型だ……)


 どこがとは言わないが。


 室内撮影の動画で、彼女の背後の棚には、口元に縦のスリットが入った、ブラックのクラシック・フルフェイス・ヘルメットが置いてあった。フェイスシールドには濃いスモークがかかっている。


『買ったシートバッグはこれ! シルバーウィンの24リットルシートバッグ!』


 カメラが切り替わり、テーブルの上にドン! とバッグが置かれる。


多忙ビジィなみんなのために結論から言うと、買い!』


 ……ん?


『着脱が楽だしリュックにして持ち運べるし大きさもちょうど良い!』


 肝心のバッグが見切れている。


『日帰りから一泊くらいが中心のライダーには超おすすめ!』


 その代わりに画面の中心に来ているのは。


『じゃあ細かいところを見ていくわね』



 溢れんばかりの、バスト



「……」


 動画を閉じ、同じチャンネルの別の動画を見てみる。ツーリング動画があったので再生する。タイトルは【浜松から1時間で横須賀行ってみた】。


『ハローエブリワン! フィリーです! 今日はタイトルの通り、ここ浜松から横須賀まで1時間で走破したいと思います!』


 ヘルメットに取り付けられたカメラだろう。彼女の愛車とおぼしきアメリカンが写し出されている。その背後の光景には見覚えがあった。たぶん、市街地のアクト通りの一角だ。どうやら近所の人のようだ。


『いまは朝の9時! 10時には横須賀にいなきゃいけないの! だから無駄にする時間はないので、早速Let´s go!』


 アングルが切り替わる。車載されたカメラだろう。運転席側へカメラが向けられており、ヘルメットを被った彼女の姿が映し出されている、の、だが……。



 カメラ、バストに寄りすぎでは……?



『天竜川渡るまでが渋滞が多いのよねぇ』


 ガタンガタン。


 バイクが路面の段差に乗り上げる度に、その豊満すぎる胸元が揺れ動く。カメラはたまにしか前を向かない。


『渋滞抜けるまでカット!』


 渋滞を抜けた後に動画が進む。しかし相変わらずカメラアングルは後ろ向きだった。そして例の部位はプリンのようにまだ揺れている。彼女がどうやって再生数を稼いでいるかわかってきた。


『あと40分しかない!』


 揺れも気になるが、動画の行く末もそこそこ気になった。浜松から横須賀まで行こうとすれば、どう考えても3時間くらいはかかると思うのだが。


 そして動画は進みーー。



『はいっ、着きました!』


「???」



 彼女がバイクを止めたのは、国道150号線から少し北に入ったところのコンビニだった。思いっきり静岡県内だ。


 彼女はコンビニの看板を見上げて読み上げる。


『掛川市横須賀! ギリギリだったわね』


 ……。


『んー、それじゃ天気もいいから、もうちょっと走ってから帰ることにするわね。みんなも良かったら浜松ー横須賀タイムアタック、挑戦してみてね! 以上、フィリーモーターサイクルでした! チャンネル登録よろしくお願いします! See you next time!』


 May the delight come your way!


 そう表示されて動画は終わった。詩的に訳すなら「君に歓喜の吹き抜けんことを」といったところだろうか。風を切って走るバイクの動画には似合いの祈りだった。


 だが。


「バカバカしい……」


 寝よう。


 今日は疲れた。いまの動画でドッと疲れが出てきた。バッグのことはまた明日考えよう。スマホを充電器につないで、部屋の照明を消してベッドにもぐり込む。


 寝付くまでのまどろみの中で、一日の出来事をぼんやりと思い返す。そういえばあのフィリーとかいう人、どこかで見たことがあるような。


「……」


 その答えにたどり着く前に、私の意識は眠りの中に沈んでいった。



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