第17話 推し店

 店は予想通りの混雑だった。


 大学生とおぼしきカップルや近所の方と思われる老夫婦、こどもを連れたママさんたちのグループなどで、店内は溢れ返っている。


 他の店から店長クラスがヘルプに来ているが、それでも混雑していることにはかわりない。店の設備ーードリンクや料理の供給量の限界もあった。


(さすがに疲れるな……)


 いくら無心で業務をこなすといっても、業務が増えた分だけ運動量は増える。肉体的な疲労は避けられない。


(休憩いつだっけ……)


 客がいなくなったテーブルを片付けた後、入店待ちの客を通しに行く。入り口に据えられた順番待ちの用紙を確認すると、見覚えのある苗字があった。


「1名でお待ちの四方よも様、いらっしゃいますか?」


「あっ……は、はい! 私です!」


 人垣の向こうで手が上がる。人と人の間をなんとかすり抜けて、メガネの女の子が姿を見せる。私が通う学校の制服を着たその女の子は他でもない。未天みそらだった。


「えへへ……ちゃった」


 などとベタな台詞を放った後、彼女は恥ずかしそうに顔を両手で覆った。






「か、カッコいい…君影さん…!」


 そんなふうに声をあげる未天は、エストレヤのエンブレムみたいに、瞳を☆形に輝かせていた。


「はぁ、どうも」


「ほんとだって! あっ待って、涙が……」


「いやいや」


 未天が騒いでいるのは私の制服についてだった。前の店ではスカートの制服だったのだが、新しい店ではパンツスタイルの制服を選べるようになったので、動きやすいかと思いそちらにした。たぶん、本来は男性向けの制服なのだろう。シルエットがそんな感じだ。ちなみに女性店員でパンツの制服を選んだのは私だけだったらしい。腰下の黒のエプロンは男女共通だ。


「良いものを見た……今日はもう帰っていいかも……」


「お客様、ご注文をお伺いします」


 さすがに何も注文せずに帰られるのは店の存在意義を失う。未天はいつかと同じようにブレンドコーヒーをご注文。学校であげたクーポンを使ってくれたので、コーヒーは100円引きで処理した。あとはこちらの負担でケーキでもつけておこう。パッドでオーダーを処理をしていると、未天がひかえめに尋ねてきた。


「き、君影さんは、もうずっとこのお店なの?」


「平日夜のシフトに入ると思う。学校帰りに」


「そ、そうなんだ……」


 未天はテーブルの上のメニューにちらりと視線を逃がしたあと、再度私を見た。


「あのっ、ま、また来てもいい?」


「? 全然いいけど……でもうちの店、高校生にはちょっと高くない?」


 ブレンドコーヒー1杯で660円。ともすれば昼食代くらいにはなる。私も従業員料金でなければ来ないと思う。


「そういえば四方さんは」


「み、未天でいいよ」


「じゃあ私もメグで。未天は根上り松の店によく行くの?」


「あー……作業が行き詰まったり、考えごとしたいときは行く、かな。そ、そう考えるとけっこう行くかも……」


 ずいぶんとお小遣いに余裕があるようだ。などと考えつつ一瞬だけ沈黙すると、未天は何かを勘違いしたらしい。


「だ、大丈夫! 今度からこっちのお店を推し店にするから!」


 推し店て。


「お金ならある! ゲームの売り上げが!」


「……」


 確定申告とやらはしているのだろうか。正直不安でならなかった。





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