第11話 初走行


(おお……)


 内心、感嘆の声をもらす。


 エンジンが産み出しマシン全体を駆け巡る脈動が、五感全てから伝わってくる。


 ハンドルを握る手から伝わる痺れるような振動、シートから伝わるシリンダーのピストン、靴の布地ごしでもわかるエンジンの熱、そして排気ガスの匂いーーひしひしと感じることができる。


 バイクからの振動なのか、自分の手の震えなのかわからなくなる。だけど、どちらでも良かった。たとえこれが自分の手の震えだとしても、きっとそれは武者震いだから。


 タコメーターのあたりにあった視線を上げる。駐車場の入り口があって、その先はもう公道だ。敷地の外では、猛スピードの自動車と脆い歩行者や自転車が行き交っている。先導してくれる教官もいないし、車と違って誰かが隣にいてくれる訳でもない。自分だけだ。いやしかし、このエストレヤがいる。


 目を閉じ、ふっと息を吐いて吸った。教習所の時のことを思い出して、バイクを発進させる手順を体に思い出させる。


 ギアを1速にいれる。フロントブレーキをリリースしてスロットルを開いていく。CB400のような急激な吹き上がりをみせないエストレヤは、スロットルを開いた分だけ徐々にエンジンの回転数が上がっていった。


 少しスロットルを開いただけで吹き飛びそうなほど一気にうなりを上げる、4気筒エンジンのあの吹き上がりが苦手だった。だから私にとって、エストレヤの素直なレスポンスはとても安心感があった。


 回転数を3000くらいに保ったまま、少しだけクラッチを戻す。エンジンが負けるような気配はなかった。周囲の安全を確認し、リアブレーキをリリースしてさらにクラッチを戻すと、エストレヤはソロソロと動き始めた。


(う、動いた!)


 動いたことに驚いて、思わずその場に止まってしまう。エンジンの振動を忘れてしまうくらいに、自分の心臓が強く脈打っているのがわかった。


(走れる、この子と)


 そのことが確かめられると、もう迷いはなかった。再びブレーキをリリースし、クラッチを少しずつ戻していく。エンジンが少しだけ吐き出す音を変えるのと同時に、車体がするりと動き出す。


 1速を維持したまま駐車場の出入り口へ。一旦停止してウインカーを出した。早速右折だ。道路を行き交う自動車が途切れた瞬間、慌てず、しかし素早く道路に進み出た。そのまま周囲の車の流れに乗る。



 風が、景色が、流れ始めた。



(……知らない風だ)


 自転車とも、親の運転する車の助手席で浴びるそれも違う。


(知らない景色だ……!)


 いつも見ているはずの街の景色が、全然違う景色に見えた。








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