記憶

はすき

第1話 別れ

「別れよう。」

電話口で彼女が泣いている。すすり泣くように、時々嗚咽を交えながら。

「やだよ。別れたくないよ。」

つくづくかわいい。多分俺のことはしばらく忘れずに、項垂れたりするんだろうな。

今から別れるというのに今彼女が泣いていることを可愛いと思っているクズがここにいる。

「でも別れるって決めたんだ。今までありがとう。」

サラッという。それでも彼女は泣いている。半分諦めたかのように、泣き止む様子で深呼吸する。

「別れるのは嫌だけど…人として付き合いを断ちたくない。連絡先は残しておいて。」

「甘えそうだから嫌だよ。俺は1人でも大丈夫だけど。」

「私が大丈夫じゃないの。」

彼女のスマホから少し咳き込むような音が聞こえる。相当泣いているらしい。泣かせたのは自分の都合な上に、別れることを大して悪いと思っていないのはきっと俺だけだ。

「…私の事、大事じゃなかったんだね。」

なんでそうなるんだよ。誰もそんなこと言ってなかっただろ。俺がどれだけやりたいこと、遊びたいこと我慢して、お前に会ってたと思ってるんだ。それを気づかないのは、さすがに君が悪いよ。

ありがとう、とお互い言うと、最後の電話を終える。彼女も最後のことを察して、途中からは諦めていたようだった。

これで終わった。全てが。この数ヶ月俺が我慢していたことが全て解き放たれて楽になった。

その分、彼女がいる幸せとか、あの暖かい体とか、優しい味のお菓子は貰えなくなるし、たまに心配して送ってくれるメッセージも、もうなくなってしまう。

くれたものが多すぎて、なくなってしまうのが悲しかった。でもそれは与えていた彼女のほうが何もできなくなることに悲しさは覚えているはずで、傷も大きいだろうと思う。

それを仕方ないな、とか思えるのは、恋人としての生活に疲れたからなのか、はたまた彼女への愛が薄れてきていたからだろうか、分からないが、これから好きなことをできる平穏な日々が待っていると思うと悪くない。


そう思っていた。


2週間前までは。


だが事件は起こった。


彼女のSNSをフォローだけ外して消さずに取っておいてしまった俺は、彼女の投稿を見てしまった。メンヘラ、というか俺はそんな人間じゃなかったはずなんだが、自分からフォローを外しておいて、わざわざ検索をして見てしまった。


"ぬんさんとデート、ありがとう〜"

そんな文章だった。衝撃的だったのと同時に短いから、歯を磨いている間も、頭の中で復唱してしまった。

デート…?

横には見知らぬイケメンが写っている。

誰だこいつは。こんなヘラヘラした顔しやがって。

付き合ってるのか?俺以外のやつと、こんな、たかだか2週間の間に?

信じられない。そんな行動力はあいつにないはずだ。もっと俺の事で未練タラタラで、なんならあいつが大好きな本を読むのもままならないとかなんとか言って、俺のこと付け回したりするんだろ?そうだろ?それで俺が、友達に困っちゃったよ元カノがさ〜、付けてくるんだよ、とか相談する予定だろ?


…デート。


…ぬんさんと、デート。


…デー…ト?


許さん。俺は、お前がもう一度俺を好きでたまらなくて忘れられないって言うまで辞めてやるものか。


復讐だ。

復讐の始まりだ。


もうすぐ暑くなる、という夏の予感がただよう日だった。

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