第4話 いつかお嬢様が
いつもJazが流れるこの喫茶店が、こんなに賑やかなのはいつ以来だろう。いや、賑やかというよりやかましいと言うべきか。娘3人寄ればかしましいとは昔の人はよく言ったもので、ましてや現代の女子高生3人集まると、本人らは静かに話しているつもりらしいのだが、ヒソヒソ話でさえもすべて筒抜けである。叔父貴がマスターで、俺たちが学生時代にこの店でたむろしていた頃だって、さすがにここまでは賑やかではなかったかもしれない。
なぜ、似つかわしくないこの古びた店にこの娘らが来たかと言うと、聞くともなしに聞こえた話では、要は学園祭で茶道部だかの彼女らはお茶会を開く予定であるが、そのライバルであるどこかの部が、すぐ近くで「メイドカフェ」をやるらしく、その対策のため、彼女たちの言い分によれば、ライバルたちが絶対来そうもないこの寂れた古いお店でミーティングをすることになったと言うことだ。古かろうがボロだろうが、余計なお世話だ。
だが、この店は静かにジャズを聴きながら、贅沢な「時間」をコーヒーとともに過ごす喫茶店だ。さすがに賑やかすぎて、他のお客も顔をしかめる素ぶりを見せ始めた。
——仕方ねえ、お嬢様たちにはそろそろお暇願おうか。
俺がそう思った矢先、
「ねえ、そろそろカフェに行こうか」
とひとりが言い出し、もうひとりが直ぐに同調して立ち上がったので、どうやら俺は感じの悪い喫茶店のマスターにはならなくてすんだらしい。ただ、最後に出て行った娘は、何かが気になったのか、出て行く寸前に一回立ち止まって店内を振り返り俺に何か言いかけたが、他の二人に急かされて何も言わずに店を出て行った。
入れ替わりに、ずっと何年も前から待っていた古い友人が入ってきて、すっかり彼女たちのことは頭から消え去ってしまった。
遠来の友人と旧交を温め直した次の日のことだ。店の入り口が音もなくそっと開いて、女の子が顔をのぞかせた。よく見るとこの辺りでお嬢様学園として有名な女子高の制服を着ている。昨日来ていた三人娘のうちのひとりだった。確か、「みやび」と呼ばれていたはずだ。
「いらっしゃい」
昨日は、一度は彼女たちには退場願おうかとした俺だったが、とりあえずは今日は店主としての態度は見せておいた。
「あの……」
店の入り口に立ったまま、その女の子はおずおずと俺に話しかけてきた。
「なんだい?」
「あの、昨日私たちが帰るときにお店で流してたBGMってなんの曲でしたか」
「うん? うちはBGMなんて流してないな。うちで流れているのはジャズ、大人の音楽だよ、お嬢ちゃん」
俺は気取って、昔の叔父貴の口癖を真似て言った。かっこつけて一度は言ってみたかったんだ。
「その、ジャズの曲の名前を知りたかったんです」
「おや、聞いてたのか。あのうるさい話し声の中で」
俺は皮肉のつもりでそう言った。
「そうなんです。BGMの音が小さくて。今度はもう少し音量を上げてくださいね」
けろっとして娘は言う。
全然伝わってねえ……。
「Someday My Prince Will Come、『いつか王子様が』って曲だよ」
仕方がないから、その曲の題名を教えてやると、にっこり「ありがとうございます」と言って店を飛び出して行っちまった。
——お嬢ちゃん、お店の人に聞きたいことがあるのなら、コーヒーぐらい飲んでいくもんだぜ。
そんな独り言を言ってる俺も、少しは大人になったってことか。
だが、その娘はそれからたまに、ひとりでこの店に来るようになり、覚えたばかりのジャズを聴きながら、時間をつぶすようになった。可愛い常連さんをゲットしたわけだから、よかったのだろう。
ただ、茶道部だか知らないが、マイお茶とか言って、店の中で自分のお茶を淹れて飲んでるよ。
——早く大人になってくれ。
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