第2話 僕のマドンナ、ウインナコーヒーの君

 今日も彼女はこの店の1番隅っこのテーブル席で、古典文学と思われる本を読んでいた。飲んでいるのはウインナコーヒーか。時折、上唇の上にクリームをつけていた。

「マスター、彼女の飲んでいるアレ、いつの間にこの店のメニューになったのさ」

 飲み物といえばストレートコーヒーしかない店だと思っていたから、彼女がクリームの乗った飲み物を飲んでいるのが気になった。

 マスターは、はははと笑い、

「バカ言っちゃいけない。俺はなんでも作るさ。ただ君たちがウインナコーヒーなんて飲みそうもないから、出してないだけさ」

と言いながら、自慢の髭をなでた。

「でも、メニューにもないでしょ」

「そりゃそうさ。誰にでも作ってやる飲み物じゃない」

「じゃ、俺にも」

「やだね、めんどくさい」

「なんだよ。そんな基準?」

 マスターはニヤリと笑って小声で言う。

「そんなに気になるかい」

「そりゃそうさ。飲んだことないしさ」

「違う。彼女のことさ」

 直球で確信を突かれて、俺は返事に詰まった。

 ——どうだい、図星だろ?

 マスターの目がそう言ってるように笑っていた。


 確かにその頃、僕は彼女に恋をしていた。時々、彼女は近くの学園の高校の服を着ていたから、お嬢様なんだろう。なんの本を読んでいるんだろう。何を飲んでいるんだろう。彼女をこの店の奥のテーブルに見かけるたび、そんなことが気になってしまう。

 そんな俺の心を、カウンターの中からマスターは感づいていたらしい。

「君の今のマドンナは、彼女ってことだ。青春だな」

 そう言いながら、いつもジャズが流れるこの店で、マスターが鼻歌を歌いながらカップを拭いていた。


 ……ライク・ア・ヴァージン フゥ♪


「バカ言わないでよ、マスター。『ように』じゃないだろ」

 そう言った俺を見ながら

 ——そう思ってりゃいいさ

 そんな目で見ながら、またニヤリと笑われてしまった。結局、彼女には告白もできないまま、真相は闇の中だったな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る