プロローグ 《決戦》
太陽暦1624年、晩春。
わたしたちの部隊は、ペンネル市の近郊で大河マルシン河を渡河、敵主力を迂回して左翼から大きく回り込もうとしていた。
河からもうもうとたちこめる朝霧がわたしたちの騎影を隠していたが、それも陽がのぼるにつれ晴れてしまう。わたしたちの部隊の
いわゆる「背水の陣」となった聖王国連合軍は、包囲されないよう横陣をひろげている。二頭立ての
戦線の真ん中、聖王国の「
両軍はゆっくりと接近していく。
両陣前衛の戦士たちは
さらに接近。
戦士たちは自分に最後の魔術投射をおこなう。ガチャガチャという青銅鎧のぶつかる音、神々への祈りのつぶやき。敵陣まで200mを切ると、敵の魔術の射程距離にはいる。
そこからは戦士たちは脚を早め、両軍は急速に接近していく。吹き鳴らされる角笛、行軍のドラム。もはやこの距離では、だれもよそ見をせず、仲間と目配せをかわすだけとなる。
――と、そのとき。
晴れわたる戦場に、天空から「光の束」が数十本も降りそそいだ。
帝国の戦略級魔術!
あれ一つ一つが、太陽の熱を凝縮した膨大なエネルギーのかたまりなのだ。
地上に到達した
「超・長距離からの爆撃!」
隣にいた
しかしわが聖王国軍の主力の蛮族戦士たちは、歴戦の勇士らしく崩れることなく帝国の
接敵。
盾と盾がぶつかり、魔術で光る剣、槍がきらめき、原始的な殺し合いが始まる。何人かの戦士は吠え猛る雷石を
血みどろの死闘が開始されていた。
「んー……? まずは互角、かな?」
わたしは目をすがめつつ、
「ええ。超・長距離の戦略級魔術は予想外でしたが……」
苦労しながら隣で馬を進ませている、わたしとおなじ非戦闘員である“
「帝国の魔術学院がかかわってるから、ある程度のことは覚悟していましたけどね」と、わたし。
「噂の帝国の決戦存在、
「そだね」
まあ、あの
いずれにせよ、とりあえず、ここまでは想定通りであった。
わたしたち、
わたしたちは
兵力は帝国軍8000、聖王国連合軍9000。練度が低い民兵や義勇兵を込みで数えているので、戦力的にはほぼ互角、あるいは若干劣勢だろう。ただ、この作戦があたれば七分、八分は勝てるという策だと思っていた。
だが、しかし。
「え?なに!?」
気がつくと、聖王国軍の陣が動揺している。
自軍の予備兵として控えていた西方部族軍――獅子王の連合軍が、背後から聖王国軍に攻撃を開始したのだ。
不意打ちである。
まったく予期しない方向からの攻撃に、聖王国軍主力は動揺し、陣形がおおきく崩れていく。
「……ディターリ人の裏切りだ!」
ナリブ卿が呆然とつぶやく。
と、まぶしい閃光がきらめき、わたしは驚いて空を見上げる。
中空、太陽の光がさらに強まったかと思うと、先ほどの太陽槍の爆撃とはくらべものにならない巨大な炎の槍が戦場――狼の海賊団のあたり――に打ち込まれた。爆炎がひらめいた後、巨大なきのこ雲があがる。
なんだあれは。あれでは魔法による爆撃どころではなく、まるで小型の核攻撃みたいじゃないか!
――いまや、聖王国連合軍は崩壊し始めていた。
「な、なんで……? どうしてこうなったの……?」
ミスである。
軍師であるわたしは、忘れていたのだ。
ここは、現実世界ではない。
神々と魔法のしめおろす、異世界であることを。
それを思い知らせるように、戦場の上の晴れわたっていた空が、急速にその色を失っていく。
蒼から紫。
そして黒へ。
闇のとばりが降りてくる。
空は、夜の闇をまとい、不吉に星々がきらめきはじめた。
現実世界が退いていく。
――いまや、戦場は異界と重なりはじめていた。
その上空には、血のように
帝国の母なる赤い月が――
「――ああ、」
魔道使いのトスティが呻き、身震いした。
「
わたしも、戦場にあらわれた異様な存在感を感じていた。
それは、たしかに神気、というべきものだった。
「赤の女神が現界した」
――いつのまにか、戦場で
その身体は真紅、眼は三眼で腕は四本。
その腕の二つは祈りのかたちに印が結ばれていた。奇妙に楽し気な舞いを踊るたびに、戦士たちが斬り伏せられていく。
首が。腕が。脚が。
宙を舞う。
血煙を哄笑しながら舞い殺す女神。
聖王国軍が、崩壊していく……。
「王!」
わたしは、急ぎ馬を駆り、美しい白馬の馬上で戦場を見つめている部隊の指揮官のもとへと駆けつけた。
泰然と、この戦場の惨状を眺めていた、部隊指揮官の彼は、わたしに向き直って言った。
「軍師どの、この情勢をどう見る」
涼やかな声。
まったく感情のない、すべてのものを同様に価値のないものと見ながら、しかしすべての価値を理解している彼の声を聴きながら、わたしは、頭が痛くなるほど思考をめぐらせ、彼の眼前で手をあわせて奏上した。
「アーグラス王! わが王に献策いたします!――」
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