プロローグ 《決戦》

 太陽暦1624年、晩春。聖王国せいおうこく南部平原。


 わたしたちの部隊は、ペンネル市の近郊で大河マルシン河を渡河、敵主力を迂回して左翼から大きく回り込もうとしていた。



 河からもうもうとたちこめる朝霧がわたしたちの騎影を隠していたが、それも陽がのぼるにつれ晴れてしまう。わたしたちの部隊の斥候兵スカウトは、丘陵の下のひろびろとした戦場で、よせあつめの聖王国軍と敵、帝国軍が接敵したことを伝えた。


 いわゆる「背水の陣」となった聖王国連合軍は、包囲されないよう横陣をひろげている。二頭立ての戦車チャリオットに金糸刺繍もきらびやかな女司祭たちが乗り、黄金色の青銅の鎧きらめく戦士たちに神の加護の呪文をかけてまわっていた。


 戦線の真ん中、聖王国の「戦王ウォーロード」に任命された蛮族王が大音声で名乗りをあげる。帝国軍の将軍はそれに応えず、兵たちはただ「昇月しょうげつに栄えあれ!」「ターシュのために!」などとときの声をあげ、槍の尻で地面を叩き、前進をはじめる。


 両軍はゆっくりと接近していく。

 両陣前衛の戦士たちは盾壁シールドウォールをつくり、剣や槍を構える。


 さらに接近。

 戦士たちは自分に最後の魔術投射をおこなう。ガチャガチャという青銅鎧のぶつかる音、神々への祈りのつぶやき。敵陣まで200mを切ると、敵の魔術の射程距離にはいる。散兵スカーミッシャーからときおり散発的に矢がうちこまれるが、有効射程距離外で構えられた盾にはばまれ大きな被害を出すまでにはいたらない。

 そこからは戦士たちは脚を早め、両軍は急速に接近していく。吹き鳴らされる角笛、行軍のドラム。もはやこの距離では、だれもよそ見をせず、仲間と目配せをかわすだけとなる。



 ――と、そのとき。

 晴れわたる戦場に、天空から「光の束」が数十本も降りそそいだ。



 帝国の戦略級魔術!

 あれ一つ一つが、太陽の熱を凝縮した膨大なエネルギーのかたまりなのだ。


 地上に到達した太陽槍サンスピアは、爆散、その場にいた兵士たちを蒸発させ、燃やし尽くしてしまう。


「超・長距離からの爆撃!」


 隣にいた西方セシュネラ出身の黒人傭兵団長ナリブ卿が、「帝国卑怯なり!」と口汚く罵る。

 しかしわが聖王国軍の主力の蛮族戦士たちは、歴戦の勇士らしく崩れることなく帝国の長槍重装歩兵ホプリタイに突っ込んでいく。大地を割って岩の巨蛇ノームがあらわれる。大地母神アーナールダの女司祭が召喚したものだろう。


 接敵。


 盾と盾がぶつかり、魔術で光る剣、槍がきらめき、原始的な殺し合いが始まる。何人かの戦士は吠え猛る雷石を投石器スリングでなげつけ、着弾、爆発。風をまとい、宙を飛び槍を投擲するものもいる。岩蛇ノームにくわえられて地面にたたきつけられる帝国兵。


 血みどろの死闘が開始されていた。


「んー……? まずは互角、かな?」


 わたしは目をすがめつつ、遠視ファーシーの魔法がかかった視力で戦場を眺めつぶやく。


「ええ。超・長距離の戦略級魔術は予想外でしたが……」


 苦労しながら隣で馬を進ませている、わたしとおなじ非戦闘員である“神知者しんちしゃ”トスティ君が会話に加わってくる。


「帝国の魔術学院がかかわってるから、ある程度のことは覚悟していましたけどね」と、わたし。


「噂の帝国の決戦存在、大紅蝙蝠クリムゾンバットが出てこないだけマシと思っておきますか」


「そだね」


 まあ、あの混沌こんとん大怪獣だいかいじゅうは出てこれないのを前提に作戦の立案をしたので、出てこられたら困るんですが……。


 いずれにせよ、とりあえず、ここまでは想定通りであった。



 わたしたち、補助兵アウクシリアとなったイーグルブラウン隊を主力とする騎兵隊800は、平原を見下ろす小高い丘の頂に到達した。


 わたしたちはハンマーとなって、敵の後方から突撃し、前方の連合軍に参加している“狼の海賊ウルフパイレーツ”へ敵を押し出すのが役目だ。帝国軍の主力である長槍重装歩兵ホプリタイは正面からの攻撃・防御力は非常に高いが、盾を組みあっているため急速な展開運動はできず、側面や背面からの攻撃にめっぽう弱い。われわれ魔術騎兵隊は後方より敵陣を蹂躙し、前方の狼の海賊の戦士団と挟撃する。かのアレクサンダー大王も使用していたと聞く「槌と金床かなとこ」戦法だ。


 兵力は帝国軍8000、聖王国連合軍9000。練度が低い民兵や義勇兵を込みで数えているので、戦力的にはほぼ互角、あるいは若干劣勢だろう。ただ、この作戦があたれば七分、八分は勝てるという策だと思っていた。


 だが、しかし。


「え?なに!?」


 気がつくと、聖王国軍の陣が動揺している。


 自軍の予備兵として控えていた西方部族軍――獅子王の連合軍が、背後から聖王国軍に攻撃を開始したのだ。

 不意打ちである。

 まったく予期しない方向からの攻撃に、聖王国軍主力は動揺し、陣形がおおきく崩れていく。


「……ディターリ人の裏切りだ!」


 ナリブ卿が呆然とつぶやく。


 と、まぶしい閃光がきらめき、わたしは驚いて空を見上げる。


 中空、太陽の光がさらに強まったかと思うと、先ほどの太陽槍の爆撃とはくらべものにならない巨大な炎の槍が戦場――狼の海賊団のあたり――に打ち込まれた。爆炎がひらめいた後、巨大なきのこ雲があがる。


 なんだあれは。あれでは魔法による爆撃どころではなく、まるで小型の核攻撃みたいじゃないか!


 ――いまや、聖王国連合軍は崩壊し始めていた。


「な、なんで……? どうしてこうなったの……?」


 ミスである。

 軍師であるわたしは、忘れていたのだ。

 ここは、現実世界ではない。

 神々と魔法のしめおろす、異世界であることを。


 それを思い知らせるように、戦場の上の晴れわたっていた空が、急速にその色を失っていく。


 蒼から紫。

 そして黒へ。


 闇のとばりが降りてくる。


 空は、夜の闇をまとい、不吉に星々がきらめきはじめた。



 現実世界が退いていく。



 ――いまや、戦場は異界と重なりはじめていた。

 その上空には、血のように赤い満月ルフェルザがぎらぎらと輝いていた。

 帝国の母なる赤い月が――


「――ああ、」


 魔道使いのトスティが呻き、身震いした。


大紅蝙蝠クリムゾンバットのほうがまだマシだった!」


 わたしも、戦場にあらわれた異様な存在感を感じていた。

 それは、たしかに神気、というべきものだった。



 ――いつのまにか、戦場で赤月刀シミターをふるい、踊るように聖王国軍と狼の海賊たちを切り伏せていくが存在していた。


 その身体は真紅、眼は三眼で腕は四本。

 その腕の二つは祈りのかたちに印が結ばれていた。奇妙に楽し気な舞いを踊るたびに、戦士たちが斬り伏せられていく。


 首が。腕が。脚が。


 宙を舞う。


 血煙を哄笑しながら舞い殺す女神。


 聖王国軍が、崩壊していく……。


「王!」


 わたしは、急ぎ馬を駆り、美しい白馬の馬上で戦場を見つめている部隊の指揮官のもとへと駆けつけた。

 泰然と、この戦場の惨状を眺めていた、部隊指揮官のは、わたしに向き直って言った。


「軍師どの、この情勢をどう見る」


 涼やかな声。


 まったく感情のない、すべてのものを同様に価値のないものと見ながら、しかしすべての価値を理解している彼の声を聴きながら、わたしは、頭が痛くなるほど思考をめぐらせ、彼の眼前で手をあわせて奏上した。



「アーグラス王! わが王に献策いたします!――」

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