第2話 少女奴隷と《英雄女王》
かわりに入ってきたのは背の低い、年のころは13~14歳くらいの褐色肌の女の子だった。髪は短く、首には奴隷のしるしの、首輪をしている。
この世界には、古代世界には一般的だった、奴隷がいる。
奴隷という存在に、わたしはいつも落ちつかない気分になる。こちらの世界では常識だろうと、これはしょうがない。
彼女は大陸の中央にひろがる大荒野地方出身の奴隷で、ノライープという名前だった。
どうして彼女が奴隷になどになったのか、そのあたりはまだ聞けていない。
彼女の髪は切り揃えられているが、手足はおそろしく細い。栄養が足りていない感じだった。
少女は、
しゃべれないわけではないようだが、極端に無口だ。おそらく、この地方の言葉がまだ覚えられていないのだろう。
「ノライープ? 服を持ってきてくれたの? ありがとう」
彼女はわたしの言葉がなんとかわかったのか、うなづくと、ぷい、と踵を返すとこちらも見ずに先に歩いていく。わたしはあわてて後をついていく。
館の南側にある庭先に、簡単な天幕と、湯をためる浴槽があった。
布でカーテンのようにしてまわりから見えなくすると、わたしは無造作に服をぬいだ。
ノライープは服を受けとると丁寧にたたみ、どこかから沸かした湯を
わたしは渡された石鹸をつかい、海綿(※海のいきものです)を乾かしてつくったスポンジで身体をあらった。
庭をわたっていく南国の風が心地よい……。
まあ、でも。恥ずかしがって布で見えないようにしているわけだけれども、この世界、現代と比べてかなり性にあけっぴろげで、あんまり気にする人はいないっぽいのだった。
この前なんか、
豊穣をつかさどる女神のしもべなので、胸を見せるのが正式礼装らしいのだけど、正直カルチャーショックだった。
まあ、下着も水着も布面積からすると同じなのに、恥ずかしかったり恥ずかしくなかったりするようなもんだろうか。
いや、ちがう気もする……
わたしはさっぱりして浴槽からあがり、ノライープに布で身体を拭いてもらう(そうさせないと怒るのだ)と、用意されていた礼服を着る。
極彩色の緑色とオレンジに染められた服で、ハデハデだ。(ただし、胸のところに穴はあいていない。よかった)
古代世界はわりとなんでもハデだ。現代日本では「侘びさび」の象徴と考えられているお寺も、古代日本では超ハデハデに塗られていたりしたのだ。この国では正式な礼服ほどハデになる。
服のそこかしこに紋様がかかれているが、これは魔術的な「ルーン」だという。わたしもいくつかはわかるようになってきたけれど、だいたい四角の「大地」のルーンで幾何学模様に染められている服が多かった。
服を着おわると、装飾品をつける。わたしは客分なので、銀製のネックレスと腕輪ぐらいのものだった。
「さ、用意できました。それでは、……と、その前に」
ノライープの手をとり、その掌中に先ほどの昼食で食べ残してもってきたブドウの粒をいくつか握らせる。
「おすそ分け。食べてみて?」
ノライープはとまどったように、手の中の緑色の果物と、私の顔を交互に見る。
わたしがくちもとにもっていく仕草をすると、ノライープはおずおずとブドウを口にはこんだ。
「!!」
目をまあるくしてびっくりするノライープ。
そうかそうか。美味しかったか。お姉さんも嬉しいぞ。(いや、肉体年齢は同じくらいなんだけど)
……たぶん、彼女は甘味はあまり食べたことないんじゃないかなーと思っていた。
新鮮な果物というのは、物流が発達していない古代世界では、基本ぜいたく品なのだ。
いや、現代でもそうだったけど(スナック菓子のほうが果物より圧倒的に安かった)。
ましてや、砂漠出身では、ね。
「いつもありがとうね、ノライープ。さ、いきましょう」
奴隷にやさしくするとつけあがるぞ、と誰かに言われた気もしたが、まあこれは現代人のささやかな反抗みたいなもの。
こちらをじっと見ていたノライープだったが、子犬みたいに後をついてきた。うふふ。かわいい。
※
わたしのパトロン、デリーオス家の本館は、ノチェット市の中心に建つ女王宮の近くにある。あたえてもらった小部屋のある別邸からは、歩いて10分ほどの距離だ。
にぎやかな市場のある大通り(インド映画のあれを思い出していただきたい)を通り抜けて、パヴェルさんの勤め先、そしてわたしの勤め先(になる予定)の「大図書館」のわきの小道をのぼっていくと、デリーオス家の本館が見えてくる。
「しかし、大通りを大トカゲが歩いているのは、慣れませんね……」
緑色のオオトカゲはのっしのっしと、わりとわが物顔で大通りを歩いているが、まわりの人はまったく気にしていない。
「そうですか?」
と、パヴェルさんも不思議そうに首をかしげた。
インドで牛が聖なる動物であるように、この国ではトカゲとかヘビが聖獣なのだ。ちなみに、室内でも小さめのトカゲが放し飼いにされていたりする。慣れるまでは悲鳴をあげてしまったものだ。
……今でも寝起きに隣にトカゲが寝ていたりすると、ヒッとなる。サソリとかを食べてくれる益獣なんだそうだけど……。
大きな門をくぐり、門番のチェックをうける。
この都では、館をとりかこむ壁のなかにはかならず庭園があって、その庭園の中に邸宅が建てられている。したがって大通りは壁がずーっとのびていて、そのところどころに入り口の門があるという感じになっていた。
色とりどりの南国風の花が咲く手入れされた庭園の小径をぬけ、大玄関へ。そこでまた番兵(大斧をかついだ恐ろしげな女戦士2人)にチェックされ、部屋に通される。
家、といっても大邸宅だ。ちょっとした砦みたい。
通された部屋で長椅子に座り、召使の奴隷が用意してくれた果汁の入った冷えた水のカップを受けとり、一息ついた。
なお、奴隷であるノライープは中に入れてもらえず、外で待ちぼうけだ。暑いのに大丈夫かなー。
室内は薄暗いが、日差しをとりこめるように設計されており、壁面は貴族の家らしく、うつくしく彩色された壁画になっている。
壁画には、大地の女神が地面を引き裂いて生まれているところが描かれていた。神話の一場面だろう。
北側の壁の一部は大きな窓になっていて、そこから眼下に街並みと青い海、そこに白い帆の船がいくつも行き交っているのが見えた。
「……それで、姫様のご用というのは?」
疑問をパヴェルさんにぶつけてみる。
「そうですね。おそらくはいつもの『政治談議』なのだとは思いますが」
「いつものですね」
「アカリさんのご意見はいつもユニークで、姫様は大変気に入られているご様子ですよ」
現代人の知識からこの国のことを語ることで、いろいろ面白がられるのはわかる。(いわゆる転生ものの定番だよね)
ただ、聞いて面白いのと、実際にできるのとの間には、現実の大きな壁があるのだった。
人には、生きているからには守りたい既得の利益があるし、それは長い間の伝統にもとづいたものだ。
変革には痛みが伴う。現代における会社の仕組みを変えられなかった私が、どうして異世界の伝統と偏見を簡単に変えられるだろうか?
なのでパヴェルさんは冷静に『政治談議』と呼んだのだ。
面白いけれど、役に立つかは疑問だ、と暗に語っている。
わたしもそれは納得している。私はわりと長いものに巻かれてきた人生だったから……。
ただ、姫様は違う。
彼女は巻きついてくる長いものを、ぶった切ってきた人だった。
いわゆる「英雄」だ。だから、話していて楽しい。なんだか、彼女なら私の話を聞いていろいろと変えていけるんじゃないかと思ってみたりする。
参謀みたいなのには憧れもあった。
「それから、外国からの使節が来られるので立ち会ってほしいとか」
困ったものだ感を出しながら言うパヴェルさん。
へー、外国の。この国以外の人に会うのは初めてだ。
「それは、わたしなどが同席しても、お役に立てるとは思いませんが……」
とりあえず謙遜しておく。
「ええ、そうですね。
まあ、ひとつ社会勉強だと思って」
あっさり謙遜を肯定するパヴェルさんだった。
この人、わりと慇懃無礼だよ。
「わかりました。でも、きっとわたしは案山子みたいに立っていることしかできませんよ?」
「かまいません。交渉はわが当主がおこないますから。ただ、危険なことにはならないとは思いますが、十分お気をつけて」
??
外国の使節との面談で危険なことなんてあるの?
「はい。本日、ここに来るのは海賊ですから」
パヴェルさんは言った。
「あの悪名高き、“
わが当主は、その頭目のひとり、アーグラスという男と会見することになっています」
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