ナゼルの夜会

ヨユウ

前奏曲

 フランスはナゼル。

 涼しい夜風が吹いていた。夜会のある豪邸の門の前に止まったタクシーのドアを開けて青年は外に出た。招待状を握った手に力が入る。今日は、洒落たタキシードを着てきたつもりだ。自信はある。まぁ・・・、友人に借りたタキシードではあるが。青年は門の前に立ち尽くし心に手を当てた。だって・・・。すごい。こんなに大きなお屋敷に立ち入ることが出来るなんて・・・人生で初めてだった。

 青年は門にいる警備員に挨拶をし招待状を見せた。少し背が高くてひげがなかなかかっこいい。

「最高の夜を。」

「ありがとう。」

 素敵な微笑みには、自身の最高の微笑みで返した。紳士だな。彼のおかげで少し緊張が解けた気がする。心がなんだか軽い。門を通ると、もうすでに立派なお庭があり芝には立食できるように軽くつまめるものが置かれていてその周りにコミュニティが作られていた。やっぱり来ている人たちがすごい。政治家、芸術家、医者・・・みんなここではよく知られた人たちだし、何よりパリでも有名な人たちも多くいる。ああ、でも早く、先生を見つけなきゃ。ここにいるのか?いや、きっとピアノを弾いているだろう。いつものことだ。野外の人たちともちょっとお話してみたいんだけれども・・・うわ、だってあの人、美しすぎる・・・。話しかけたい・・・。いやいや、まずは先生たちに挨拶しに行こう。招待状もらえたのは先生のおかげなのだから。そうして、素敵なドレスやタキシードを眺めながら青年は大きな玄関の入り口の方へ歩いていった。 


階段に足をかける。少し重いドアの取っ手を思いっきり開けた。

そこは、青年には刺激が強いように思えた。

足を一歩、また一歩と進めていく。


もう夜だ。真夏といえどここは田舎で気温が低くなっててもおかしくないというのに、踊っている人の熱気がすごい。


熱い___。

それも、仮面の中に潜む眼差しが熱い。


豊穣なワインの香りと並べられた色とりどりの料理。ほぉ、とひとつつまむ。

仕立てられたスーツや透けたドレスが戯れる。

さすがに、どのお方も高級そうなお召し物を着てそうだ。


そして、青年が最も大好きなもの、甘美な音楽がこの会場を支配する。


その甘美で美しいピアノの音楽は、青年の師匠によって作られていた。そんなことを片隅に感じながら、師匠に挨拶しに行かなきゃいけないのに・・・青年はワインを片手に、あるお嬢さんを凝視していた。


躰がキュッとひきしまったその女の背中には、美しく艶やかな長髪がまとめられ、頭に結ばれている。その女は有識者らしい少し歳上の叔父様叔母様に挨拶を繰り返しているらしい。青年はそれを眺めていた。


女が喋る。みんなが微笑みを隠せない。

女はそれに気づいているのだろうか?

笑顔が見てみたい、そして、、


いや、止そう。夢になってしまってはいけない。

そう思って青年はワインを飲み干した。


曲が背中を押した。

青年は女の前へ立つ。


「素敵な夜ですね、お嬢さん。僕はアラン・プーランクと申します。アラン、とお呼びください。」笑顔を忘れるな、俺!

「こんばんは。私はフランセット・シモンよ。御機嫌よう。」社交辞令じみた笑顔とわかっているのに、こんなにも可憐な笑顔、、、惚れ惚れしてしまうが、いけないいけない、ポーカーフェイスと行こう。

「素敵なお名前だ」と驚くような顔をしてみる。

「シモンさん、どうかお名前で呼ばせていただける許可を頂けませんか?」


彼女は少し戸惑う。頬の筋肉は少し上がったように思える。嬉しそうにしたのがわかる、しかし躊躇いがちに睫毛を下に伸ばし、「えっと、、、」と少し考えながら、その口に不敵な笑みを浮かべて「ええ喜んで」と、再び大きな睫毛を上に伸ばして「アランさん」と言った。


その後僕らは踊ることになる。彼女の腰と背中に手をかけて僕がエスコートをする。この日のために覚えたようなものだ。彼女は滑らかに動く。まるで絡みつくように、彼女のドレスが僕の足に絡みつく。激しい足取りで動いたりと思えば静寂が部屋を満たす。その際は決まって見つめ合う。これに限るのだ。ただ見つめる。すると彼女から僕を気にするようになる。こうして視線によるゲームが始まる。


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