恋人契約~3ヶ月更新でいいですか?~
滝皐(牛飼)
私と契約して、彼氏になって欲しいんだ
1
俺と彼女の話をするならば、まずここから話さなければならないだろう。
あれは9月もすでに後半戦になり、後一週間もすれば10月が顔を出してこんにちはをしてくれる時期。
夏に比べ風が冷たくなってきて、そろそろカーディガンのお世話にならないといけないくらい肌寒い夕方。
校舎を出たところで、吹き抜ける風に腕をさする。
ちょいさむ……。
持ってきていたネズミ色のカーディガンをスクール鞄から取りだし、一先ず袖を通した。即暖効果はないものの、先程よりはましになったように感じる。
さてと、さっさと帰ってゲームの続きをやりますか。
鞄の紐を肩に掛け直して、駐輪場の方に足を向ける。
これから約30分もの距離を走行しないといけない。なかなかの距離とは思うが、しかしこの一年半で距離感覚が麻痺ってきていて、30分くらいならどってことないだろう。と思うようになってきた。数少ない友人たちは、いやそれはさすがに遠いだろ。と突っ込むが、今の俺に遠いという感覚はない。
そりゃあ歩けば遠いし、雨とか降ってきたらさすがに最悪と言わざるおえないが、晴れているなら平気だろう。山道があるわけでもなし、道は舗装された道路。なんら問題はない。
鞄のサイドポケットから自転車の鍵を取りだしておいて、ノロノロと駐輪場を目指す。
しかし今日も一日疲れたな。バイトがないからまだましだけど、さすがに眠い。
自転車に乗ってしまえばこの眠気も収まると思うが、勉強疲れのせいか体が重い。なんだか帰るのすら億劫になってくる。
しかし帰らなければ、暖かな飯も、風呂も、寝床もない。どうしたって俺は、家に帰らなければならない。
どこでもドアとか欲しいな。
某漫画の有名な秘密道具を思い浮かべ、いったい何年先に実現できるのかと、思いを馳せる。まあ、俺が生きてる間にはできないだろうよ。
たくさんの自転車が並ぶ駐輪場にたどり着き、今朝の記憶を引っ張ってきて自分がどこに止めたのか思い出す。
え~っと確か、校門方面の右側だったような。
目を向けながら歩いていると、ちょうど俺の自転車が立て掛けてあるところに、一人の女子生徒がスマホを弄りながら立っていた。俺はその様子に、怪訝な表情を浮かべる。
自転車を取り出しているならまだ話はわかるが、明らかにその女子は誰かを待っているようにそこに立っていた。確実に待ち合わせをしているところを見ると、友達か、あるいは彼氏かといったところ。
いやだいやだ。
リア充に別に興味も嫌悪も持ってはいないが、人様の迷惑になるようなら、さすがに面倒だと言わざるおえない。今だって、その女子がそこに立っているせいで、俺の自転車をスムーズに取り出すことができない。話して、退かして、頭を下げて、立ち去る。そんな本来ならやらなくてもいいような行動をしないといけないのだから、勘弁してほしい。
「あの……」
話しかけると、その人は顔を上げてこちらを見た。
「──っ!」
お人形のように整った顔に、一瞬身構えてしまった。まあるい瞳。艶やかな唇。丁寧に整えられた眉とボブショートの髪。はっきり言って、可愛らしくもあり、同時に美しいと思った。
そしてその顔を見て思い出した。普段学校にいないから忘れていたが、彼女は我が校が誇る美女、現役高校生ファッションモデルの
なんだって彼女がこんなところに……?
困惑と、やりずらそうな相手に話しかけてしまったことから、表情が歪む。相手がただの高校生ならまだしもモデルとか、住む世界が違いすぎてなんて話しを続ければいいのかわからない。突然お付きの者とかマネージャーが出てきてどうこう、なんてことにはならないよな。
次の言葉が出てこない俺に、彼女はまっすぐとこちらを見ながら「
「……名前」
「ん? 名前くらいわかるよ?」
「いや……」
いや、それは可笑しい。だって俺たちは接点がないのだから。
残念なことに、彼女と俺は同じクラスになったことはなく、加えて中学からの知り合いとかでもない。面と向かって話すのは今日が初めてだ。
俺は噂で彼女のこと知ってはいるものの、彼女からしたら完全なる見ず知らずの他人。それなのに名前を普通覚えるものか? 俺だったらまず覚えない。
「話したことないよな、俺たち」
「今、話してるじゃん」
「そういうことじゃなくて。前に話したことあるのかってことで」
「ないけど……それが?」
前に話したことがないのに、どうして俺のこと知ってるんだ? なんか怖いな。
疑問から嫌悪感を覚える。しかし視線は自分の自転車に注がれる。
正直、何を考えてるのかわからず困惑してるし、一刻も早くこの場を離れたかった。そのためには、彼女に退いてもらわないといけない。
「自転車が取れないんだが?」
鷺沼はチラリと自転車が止まってる方を向き、自分の近くにある自転車の内一つを指差す。
「これ?」
指し示されたそれは、紛れもなく俺の自転車だったので、一先ず頷く。
そのまま退いてくれるのかと思ったが、しかし彼女は「そっか」と納得するだけでその場から離れてくれなかった。
「あの……」
退いてくれないの?
「葉月くん私ね、あなたに話したいことがあったの」
「話したいこと?」
こっちの意見を完全に無視し、自分の意見を通してくる。いや、退かなかったのは俺を帰さないためか。
なんともいえない……苦手な感じがする。
そもそも女子という人種に苦手意識を持っているので、これが例え鷺沼のような美人でなくとも、どうしようもない居心地の悪さはあっただろう。
しかしそれを除いたとしても、鷺沼とはやりずらさを感じてしまう。
「なんだよ?」
抵抗を示すのも後々何を言われるかわかったものではないので、一先ず話だけは聞いて適当に流して帰ろと、聞く姿勢はみせる。
鷺沼の次の言葉を待っていると、彼女は見惚れるほどの綺麗な笑みを浮かべて、口を開いた。
この時ばかりは、この判断は間違いだったと認めざる終えない。俺は鷺沼の話を無視してでも、この場を離れて家に帰るべきだった。まかさたったこれだけのできごとが、俺の今後の人生を左右することになるなんて、誰が予想できるだろうか。
「私と契約して、彼氏になって欲しいんだ」
「……はっ?」
その衝撃的な一言に、俺は完全に唖然してしまった。
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