おまけ・若社長とクリスマス!
クリスマスも近い、とある冬の日のことである。
「こずえさん、クリスマスデートしませんか?」
私、
「珍しいですね。いつもなら『こずえさんを家の中に独占してふたりきりがいい』とか言いそうなもんなのに」
この頃になると、もうスバルさんの本性もだいぶ理解してきていた。
まさか付き合い出す前、探偵を
私はまんまとスバルさんの毒牙にかかり、スバルさんの手の中に
……まあ、もともとスバルさんのことは好きだったし、付き合ったあとも優しいのは変わらないからわりとどうでもいいことではある。
いや、身辺調査までされてるのはどうでも良くないと思うけど、なんかスバルさんと一緒にいたら色々感覚が
ストーカー、ダメ、絶対。良い子も悪い子も真似しちゃダメだよ!
「こずえさんが以前、『たまには仕事以外で外の空気を吸いたい』と言っていたので、気晴らしというか気分転換というか、イルミネーションでも見に行きませんか?」
「イルミネーション?」
クリスマスにつきものの、電飾がチカチカ光る、アレか。
「流石にわたくしの家でアレをやると、たいそう目立ちますからね」
スバルさんの家は、ご実家ほどとは言わないがかなり大きい。よくこんな広い家に一人で暮らしていたものだ。家政婦さんなんかも出入りはしてるけど。
イルミネーション、一般家庭でもすごい気合の入った装飾をしている家はたまに見かけるけど、私やスバルさんは目立つのを嫌うので多分これからもすることはない。
「まあ、外出したいとは思ってたのでいいですけど」
「では、ホテルのレストランを予約しておきましょう。……ホテルの部屋も予約しておきますか?」
「しなくていいです」
というか、普通ホテルの部屋は予約しても女性には直前まで言わないものでは……?
まあ、スバルさん以前に付き合ってた人もいないから知らないけど。
そういうわけで、私とスバルさんはクリスマスの夜に、デートをする約束をしたのである。
***
日本ではクリスマス当日ではなく、前日であるイブの日にクリスマスを祝う人が多いのは何故だろうか。
その疑問に答えは出なかったが、イブの日を避けると人が若干少なくなるからいいんじゃないかな、という結論に至った。
「こずえさん、寒くはありませんか? カイロは持ちましたか?」
「平気ですよ」
こんな
婚約して籍を入れてから、私はスバルさんの顔の良さにも慣れてきたのでわりと扱いが雑になってきた。
スバルさんと仲良くなる前は目を合わせただけで溶けて死にそうな気分だったのに、人は変わるものだ。
「また何か考え事ですか?」
「ギャーッ!?」
耳元で声を吹き込まれて、色気のない悲鳴を上げる。
「ちょっと! やめてくださいよそういうの!」
「すみません、こずえさんの反応が面白いのでついついやってしまいます」
スバルさんはくすくす笑っている。面白がられている。腹立つなあ、もう!
「わたくしがいるというのに、わたくし以外のことを考えているなんて、寂しいじゃないですか」
だからそのシュンとした顔で上目遣いするのやめなさい! それは私に効くんだ!
通行人が、なんだこのバカップル、という目で私たちを見ている気がして恥ずかしい。
「わかったわかった、わかりましたから! スバルさんのことだけ考えてますから! ほら行きますよ! イルミネーションってどこですか!」
実際、スバルさんのことを考えていたんだけど、言わないことにした。調子乗るから。
私はわざとぶっきらぼうな言い草でスバルさんの手を引っ張る。
それでもスバルさんは嬉しそうな顔でこちらを見てくる。しまって……そのキラキラ王子様オーラしまってください……。ほら、周りの女子がざわついてきた! やめろやめろ! この人はもう私のだ!
周りの女子がこちらを見ていることに気づいたのか、スバルさんは笑って私の手の甲に唇をつける。女子がキャーだのギャーだの騒ぎ出した。
「さて、行きましょうか。イルミネーションはこちらですよ、『わたくしの』こずえさん」
――この人、本当に目立つの嫌いなんだろうか……?
私は頭に疑問符を浮かべながら、スバルさんに手を引かれていくのだった。
***
そのイルミネーションは、私が想像していたものとは少々違った。
私が想像してたのは、もっとロマンチックな、それこそカップル向けの、電球何万個使ってるんだろうとか電気代が気になるようなやつだったのだが。
私にとっては、そういうのよりも嬉しいものだった。
「すごい! 『ジャスティスビートル』が! 光ってる!」
「あちらには『アンゴルモア』も展示されてますよ」
「マジですか!?」思わずくだけた敬語になってしまうほど、私は興奮していた。
『ダンガンロボッツ』二十周年記念のイルミネーション展示がされている。。
およそ子供向けの広場。家族連れかアニメオタクしかいないような場所だ。
なので、私たちのようなカップルは恐ろしく目立つ。
家族連れはともかく、アニメオタクからは「なんでリア充がこんなところにおんねん」みたいな視線が突き刺さって痛い。
「いつか子供ができたときに、その子も『ダンガンロボッツ』を好きになってくれるといいですよね」
私が周りの視線を気にしているときに、スバルさんがそんなことを言った。
「子供かあ……」
まだ結婚式も
私は隣のスバルさんの顔を見上げる。
面接で一目惚れしたときから変わらない、端正で美しい顔。こんな美形がなんで私なんか好きになったんだろう、と今でも疑問に思わないでもない。
たまたま趣味の合う女だったからって理由で結婚まではしないだろう、普通。
私は自分に自信のあるほうではない。今でも自分がスバルさんに釣り合う女だとは思っていない。
そんな男性が、私だけに執着して、他の女を切り捨ててまで私に尽くす構図は、私には不可思議なことだった。
「こずえさん、寒くありませんか? あちらでスープを売っているようなので買ってきます」
スバルさんが用意周到に防寒対策してくれたおかげで大して寒いとは思っていないのだが、スバルさんは私の返事を聞く前に歩いていってしまった。
とりあえず近くのベンチに座って『ダンガンロボッツ』のイルミネーションを見ながらぼーっとしていると、
「こんばんは、お姉さんひとり?」
知らない兄ちゃんに話しかけられた。
ナンパかな? と思ったので返事はしなかった。
「隣座っていい? 彼氏待ちかな?」
勝手に隣に座られ、一方的に話をされる。
「『ダンガンロボッツ』好きなの? ちょうど俺らくらいの世代だもんね」
「……」
「でも、彼氏さんももっといいとこ連れてくればいいのにね? こんな子供連れかオタクしかいないとこにいたって楽しくないでしょ? 俺ともっとロマンチックなとこ行かない?」
カチンときた。
「人の彼氏にとやかく言うのやめてもらえます? あなたには関係ないでしょう」
「あ、やっと反応してくれた」
男は私の冷たい声にもまったくひるまない。
「もしかして彼氏さんオタクなの? こんなとこに連れてくるくらいだもんね。そんなキモオタほっといて俺と美味しいもの食べに行こうよ」
「行きませんよ。お独りでどっか行ってください」
「いいからいいから」
「触らないでください」
男に手首を
男性の力にはかなわない、とかそういう話ではない。もしスバルさんがこの光景を見たら――。
「――こんばんは、お兄さん」
「!?」
スバルさんはすでに男の背後を取っていた。
「人の連れに何をしていらっしゃるのです……?」
「連れって……え、この人が彼氏……?」
突然のイケメンの登場にひるむ男。
スバルさんは今にも紙コップの中のスープを男の頭にぶっかけそうな笑顔を浮かべている。
「逃げたほうがいいですよ。その人怒らせると怖いんで」
「そうします……」
私の忠告を素直に受け止め、男は逃走した。
「ご無事ですか、こずえさん」
「なんとか」
スバルさんはスープをくれて、私の隣――さっきまでナンパ男が座ってたところだ――に座った。
ふたりでふうふうと息を吹きかけながら温かいスープを飲む。
「――スバルさんは、私でいいんですか?」
私は、普段から思っている疑問を口にする。
「? どういう意味ですか?」
スバルさんは不思議そうな顔をして、首をかしげる。多分本気で言われた意味がわからないのだろう。
「いや、なんで私を選んでくれたのか、っていうか……なんで私なんか好きになってくれたのかなって……」
「『なんか』なんて言うことはありませんよ」スバルさんは微笑む。「こずえさんはとても魅力的だと思います。自信持ってください」
「はあ、どうも」
「しかし、好きになった理由、ですか……。『好きになるのに理由はいらない』なんて言葉はありますが、こずえさんはそんな理由で納得する方ではありませんよね」
私のことをよくわかってらっしゃる。
「でも、本当に気づいたらいつの間にか好きになっていたんですよ。共通の趣味を持っていて、話がはずんで、一緒にいると楽しくて……だからずっと一緒にいたいと思った。……そんな理由では、ダメでしょうか……?」
――正直、キュンとした。
「いえ、納得しました。理由がわかれば充分です」
「それはよかった」
スバルさんはホッとしたような顔をした。変なの、と思った。こんなイケメンが私の顔色を
「この広場はだいたい見尽くしましたね。他に行きたいところや気になるところはないですか?」
「うーん、特には思いつかないです」
「では、そろそろレストランに行きましょうか」
スバルさんはベンチから立ち上がり、私の手を取って立たせてくれた。
「あまりマナーなどに堅苦しくないところを選んだので、こずえさんも緊張せずに済むかな、と思います」
「さすがスバルさん、わかってらっしゃる」
私たちは恋人繋ぎをして、ふたり並んで夜の街をゆく。
マフラーや手袋のおかげだけでなくて、幸福感で身体が温まることを、私は今日初めて知ったのである。
〈おわり〉
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