裏話(藤井スバル視点)

第1話・裏話

 この文章は、わたくし、藤井スバルの独白です。

 暇つぶしにでもお付き合いいただければ幸いでございます。

 

 ええと、こういった文章を書くのは初めてなので、作法がよくわからないのですが……まずはわたくしの生い立ちからお話するべきでしょうか。

 わたくしの名は藤井スバルと申します。二十八歳男性です。藤井コーポレーションの代表取締役――要は社長をしております。

 わたくしの家は、父が大企業・藤井ホールディングスの会長、兄が弁護士、姉が医者……と、自分で言うのもなんですが、それなりに裕福な家庭でございます。

 ただ、父は社員を大事にするというモットーを持っており、起業したばかりの社長だった頃からよく現場へ足を運んでおりました。社員と笑顔で会話する父の姿をよく覚えております。

 わたくしはそんな父を尊敬しており、自分もこんな立派な跡継ぎになろうと、思っておりました。

 しかし、父はわたくしを藤井ホールディングスの新たな社長にはいたしませんでした。

 父はわたくしに「自分で起業して一から会社を作りなさい。お金も一切援助しない。自分の力ひとつで会社を大きくしてみせなさい」と言いました。

 わたくしはそれなりにショックでしたが、とにかく家を出て、大学に通っていた頃から自分でバイトや投資をして起業資金を貯めました。

 そのおかげで、世間知らずだったわたくしはそれなりに一般市民――と言ったら怒られるでしょうか――の実情を知りました。父はそういったことを教えたかったのだと思います。

 そして、大学を卒業すると同時に、わたくしは新たな会社――藤井コーポレーションを立ち上げました。

 わたくしはたまたま運と社員に恵まれ、三年で会社をそれなりに大きくすることが出来ました。経済誌などにも成功例として取り上げられ、ありがたい限りです。……しかし、未だにインタビューには慣れませんね。

 実のところ、わたくしは子供の頃から人と接するのが苦手でした。両親はそれを心配して、ハワイなど人の多いところに連れ出してくれましたが、結局その甲斐なく、わたくしの人見知りは直りませんでした。

 そこで大学時代のバイトでは、敢えて接客業を選びました。最初は苦痛でしたが、成果はあったように思います。そして、そのバイトの経験で、わたくしは自分が他人を魅了する外見なのだと気づきました。イケメン……と言うんでしたっけ? 皆さん、そう言ってわたくしを褒めてくださいます。まあ、カラオケなどで歌うと皆さん黙って離れてしまうのですが。

 素の自分をさらけ出すと人が離れていってしまうのが怖くて、わたくしは歌わなくなりました。もともとアニメやカードゲームなどは好きだったのですが、女性は「少年みたいでギャップが可愛い」と言うんですよね。でもゲームオタクだと話すと「なんか見た目のイメージと合ってない」と言われます。基準がよくわかりません。

 

 ……えっと、何の話でしたっけ。とりあえずわたくしの生い立ちの話はこのくらいにして、能登原こずえさんとの出会いの話をしておきましょうか。

 あれは会社を立ち上げて三年後のことでした。社長面接で彼女と出会ったときは、正直なところ、緊張しているな、くらいにしか思っておりませんでした。とりあえず性格、能力、コミュニケーションなど申し分ありませんでしたので採用しました。今となっては、採用して本当に良かったと思っております。

 こずえさんの魅力に気づいたのは彼女が所属して三年目にしてようやくでした。

 彼女はそれまでわたくしには一切近寄ろうとはしませんでした。いつもわたくしが女性に囲まれている隙間から見えた彼女は何故かわたくしのほうを見て手を合わせておりました。その時はまさか拝まれているなどとは想像もいたしませんでした。嫌われているわけでもなければ興味を持っていないわけでもない。今まで見たことのない、不思議な女性でした。猫は自分に興味を示さない人間にすり寄るというのはよくある話ですが、わたくしもちょうどそんな感じで、自分に近寄ってこない彼女をいつしか目で追うようになりました。

 ある日、彼女がまた手を合わせているな、と女性たちの壁の隙間から見ていると、目が合った彼女は逃げるように立ち去りました。そのとき、何かが落ちるのが見えたのです。

 「すみません、少し用を思い出しましたので」と断って、女性たちの壁を抜けたわたくしは、彼女が落としたものを拾い上げました。

 アンゴルモア――ロボットアニメの敵機体の名前です――の腕のジョイント部分でした。プラモデルの部品です。何故、彼女がこんなものを? それを手の中に握り、わたくしは彼女を追いかけました。

 彼女はお手洗いに入ってしまったので、わたくしは彼女が出てくるのを待って、声をかけました。

 彼女はビクリと身体を震わせて、恐る恐るこちらを見ました。わたくしはそんなに恐れられるようなことをした覚えはないのですが、とにかく彼女が落とした部品を渡しました。そのときに少し話をして、彼女が自分の小さい頃見ていたそのロボットアニメを好きだということがわかりました。その時から彼女に興味を抱き始めたと記憶しております。

 わたくしは思わずこずえさんとお話がしたいと声をかけましたが、真面目な彼女は「勤務中なので」と断られました。

 わたくしはしょんぼりしたふりをして上目遣いで彼女を見つめました。この顔をすると女性は面白いように折れてくれるのを、わたくしは知っておりました。我ながら卑怯な男だと思います。

 狙い通り、彼女は「勤務時間が終われば予定は空いている」とOKしてくださいました。

 わたくしの案内した飲み屋では、こずえさんととても話が弾みました。驚くべきことに、彼女とは面白いように趣味が合いました。わたくしが好きなカードゲームをプレイしていることも望外の喜びでした。わたくしは迷うことなく、彼女をカードゲーム仲間の部下に紹介しようと思いました。彼女が独りで趣味に没頭しているのは、なんだか寂しそうだったからです。このときはまだ異性としては意識しておりませんでした。少し対戦もしましたが、彼女は運に恵まれた女性でした。無課金でありながら、とにかくカードの引きがいい。ひょっとしたら何かを間違えればわたくしが負けていたかもしれません。デッキ構築や戦術についてアドバイスしたのもいい思い出です。

 飲み終わって店を出ると、彼女はほろ酔い状態でした。思えばお酒を飲むスピードが早かったように思います。そのままでは心配なので、代行運転を呼んでわたくしの車に乗せました。車に乗ってすぐスヤスヤ眠る彼女を見て、やはり車に乗せて正解だったと思いました。

 彼女が眠る前に告げた住所に着いて、わたくしはこずえさんを起こしました。車から降ろそうとすると、「なんか社長、王子様みたい」と言われて、つい動きが止まりました。彼女はひたすらにわたくしを賛美します。「……能登原さん、酔ってますね?」わたくしはそう言いました。女性は皆、わたくしを勘違いして勝手に集まってきて、勝手に去っていく。わたくしは王子様なんて素敵なものではありません。

 最終的に彼女はまた寝そうになったので、なんとか起こして鍵を開けさせて、きちんと戸締まりするように言い聞かせましたが、酔った状態の彼女に伝わったかどうか。そのまま代行運転で帰ったので、心配ではありました。

 車に揺られながら、わたくしはこずえさんの言葉を頭の中で反芻しておりました。

 ――顔もそうだけど、口調も丁寧で物腰も柔らかくて。

 ――社員みんなに優しくて、社長のそういうとこ、尊い。

 日常生活の中で、「尊い」などという言葉を、初めて言われました。しかし、わたくしは自分自身をそんな素晴らしい人間だとは思いません。わたくしは人が離れていくのが怖くて、自分を偽っている臆病者だとすら思っていました。

 わたくしは、その頃にはすでに、彼女に好意を抱いていたように感じます。しかしそれは異性としてではなく、カードゲーム仲間として、でした。とにかく、明日彼女を職場のカードゲーム仲間に紹介しよう、と思いながら、わたくしは車の後部座席に身を委ねました。

 

 〈続く〉

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