第六章 街道の盗賊

第27話 その一

 ユウタ達パーティーはベバードに向かう街道沿いで山間部に生息する大蜘蛛の駆除に当たっていた。

 普段は大樹海で行動することが多いユウタ達が何故、街道にいるかというと、これまたレグルからのクエストになる。

 この時期に繁殖期を迎える大蜘蛛は、行動範囲が広がり、街道まで出てくるようになる。体長一メートルほどだが、人を襲うこともあり、毎年、冒険者による駆除が行われていた。

 実を言うと、レグルからの依頼は他にもあるのだが、ユウタ達はとりあえず大蜘蛛狩りにいそしんでいた。

 それにはクエストということ以外にも目的があった。新しく加わったメンバーとの連携を見るために、大蜘蛛相手が丁度よいと思ったからだ。


「武技! ネコパーンチ!」

 ラミィが大蜘蛛に向かって飛び蹴りをするのだが、その直前に衝撃波が通り過ぎるので、慌てて足を引っ込める。

「こらー! シル! 危ないでしょ!」

「私のタイミングは問題無かった。ラミィが無闇に飛び込み過ぎ」

「なにをーっ‼」

「それに、パンチではなくキック」

「いいでしょ! パンチの方が語呂が良いんだから!」

 語呂がいいというだけで技と名前が一致しなくてもいいのだろうか……

「あと、いちいち技を叫ばない。恥ずかしい」

「えーっ! カッコいいじゃん!」

「カッコいいと思うこと、それ自体が幼稚……」

「えーと。口喧嘩は後にして、まずは大蜘蛛を倒してからにしなさい」


 昨日から大蜘蛛退治を始めて、これで五匹目というのに、まだ連携らしき戦いが出来ていない……

 ユウタはいろいろと連携を試すのだが、とにかく、ラミィとシルが作戦通りに動いてくれない……

 どうもこのパーティーは戦闘に向いてないと感じ始めて、ユウタは頭を抱えた……


 新しいメンバーとはシルのことである。


 アゴラの屋敷から救出して二ヶ月が経ち、幼生だったドライアードは立派な成体になった――とは言っても、まだ幼さが残る顔で、背丈もラミィ達に比べ十センチ以上低いのだが……

 頭の双葉は自然に取れ――取れるものだったのか? まあ、それはともかく――瞳と髪が緑色である以外、人間の少女と外見は変わりない……いや、これほどの美少女は滅多にいないだろうが……

 幼生の頃から妖精族特有の精神系魔法を会得していたが、風精霊の加護を受けていることもあり、風属性の魔法もいくつか使えるようになっていた。

 成体になったのだから、森に帰ればいいのに、彼女はそんな気配もない。それどころか勝手に冒険者登録も済ませており――どうもアイシャが協力したようだが――ユウタ達と行動を共に続けて現在に至る。

 もう他の妖精族のように姿を消すことも出来るのだが、街中でも平然と姿を現したままだ。

 何故、姿を消さないのか? そう、ユウタが質問しても、逆に何故そのようなことを聞くのか? と、質問が帰ってくる……

 おかげで、今やチトは、ドライアードが闊歩する街として、シル目当てにやってくる観光客もいるほど有名になっていた……

 つい先日もシルと一緒に歩いていると、涙を流して拝み出す亜人の老婦人がいて、ユウタは苦笑いをする羽目になった。

 

 話を大蜘蛛退治に戻す。


 大蜘蛛の攻撃は鋭い鉤爪が付いた八本の足と口元の牙、それと、後部――つまりお尻――から放たれる粘着性のある糸だ。

 爪と牙は攻撃範囲が限られている。粘着の糸は後ろに回り込まないようにすれば怖くない。

 それでも、大蜘蛛は図体の割に敏捷性が高く、特にジャンプ力があるので、あっという間に間合いを詰められる。ただし、ジャンプしたときが最大のチャンスで、急所である下腹目掛けて攻撃すれば良い。

 なので、四方を囲って一定の間合いを取り、威嚇となる遠隔攻撃を食らわせ、ジャンプしたときに、下腹に攻撃を集中させる。

 これが基本的な戦略になる。

 アイアン級のパーティーなら問題なく狩れるモンスターだ。

 ちなみにアゴラの一件で、ユウタ達はシルバー級の冒険者に昇格していた。シルは冒険者になったばかりなので、当然カッパーである。

 しかし、このパーティーはどうも効率が悪い……

 その理由の一つに、飛び道具の不足があった。

「ラミィ、ネコパンチも良いけど、今回は弓の効果を確認するのが目的でしょ? 弓を試してみないでどうする?」

「やっぱり、弓じゃないとダメ? 女は拳で語るってのがポリシーなんだけど……」

 相変わらずラミィの目指す方向は突っ込みどころ満載だった。


 ユウタは今後このパーティーで狩りを行うとして、どういった布陣が良いか以前から考えていた。特に一番不足している飛び道具の充実について――

 シルが衝撃波の魔法を使えるが、他に遠距離攻撃がない。

 冒険者登録ではレンジャーが三人もいるのに、一人も弓が使えない……まあ、そのうち二人は、実のところアサシンだったりシーフだったりするのだが……

「弓が使えたらなあ……」

 ユウタが呟くと、ラミィが「私使えるよ」と呆気なく言う……

 試しに一番安い弓を買って使わせてみると百発百中ではないか!

 なぜ、今まで黙っていたのか? と聞くと、別に誰にも聞かれなかったから――と、悪びれずに言う。

 まずは実戦――ということで、遠距離攻撃が必須な大蜘蛛狩りを選んだ。

 ラミィとシルに経験を積ませたいため、ユウタとフィンはできるだけ手を出さないようにしているのだが、二人の攻撃は本当にヒヤヒヤする。

 連携のあるパーティーなら五分と掛からない大蜘蛛退治なのだが、二人だけでやらせると十分以上掛かってしまう。そのうちラミィが疲れてしまい、大蜘蛛に捕まってしまう事が二度ほどあった……

 そのときにはユウタとフィンが助けるのだが……

 今回も、二人でやらせていると、ラミィとシルの攻撃タイミングが合わず、何度も仕留め損なっている。


 シルはイライラしたのか、ラミィの狙いと重ならないようにするため、大蜘蛛の後ろに回り込んだ。

「あー、そこだと――」

 ユウタが声を掛けるより先に大蜘蛛の尻から白い糸の塊がシルに向かって飛び出す。

 ――言わんこっちゃない――

 蜘蛛の糸自体に殺傷力はないのだが強い粘着力で相手の動きを阻害する。運悪く顔に当たると窒息する場合もあるが希である。

 ユウタが助けに入ろうと動いた……が、蜘蛛の糸はシルを通過して行った――正確には当たる寸前にシルの姿が消えた――

(あっ、なるほど――)

 ユウタは納得した。

 妖精族は姿を消すことが出来るが、不可視化の魔法とは決定的な違いがある。

 魔法は姿が見えないだけで、のだが、妖精族は体そのものがその場から消えて無くなる。従って、妖精族は姿さえ消せば、攻撃は当たらない――

(――なんかチート臭いなぁ)

 もちろん、妖精族の能力を生かした防御方法であるのだが、これで連携の訓練になるのだろうか……

 大蜘蛛は何度も粘着の糸を射出するのだがシルには当たらない。すでにシルの後方は蜘蛛の糸でべちょべちょだ――ここまで当たらなければ他の策を考えそうなものだが、知能の低い節足動物は、何度も同じ攻撃を繰り返す。そのうち、前が疎かになりラミィの矢が面白いように当たる。ラミィに気を取られると、シルが柔らかい大蜘蛛の尻部に衝撃波を打ち込む。

それを繰り返すうちに、大蜘蛛の動きが鈍くなり、そして完全に沈黙する。本来の戦略ではないが、ついに二人だけで大蜘蛛退治ができた――が、ちょっと他では使えないなあ……と、ユウタは頭を掻いた。

「問題ない――大蜘蛛を倒せた」

 シルは新しい戦い方を覚え、満足気だったが、パーティーの収穫としてはあまりない……


 シルは攻撃としては風属性の魔法が使えるが、正直、後衛としては破壊力不足だ。だからって、前衛と言っても……確かにシルには攻撃が当たらないのだが、すり抜けてしまうのだから仲間の盾にはなれない……

 ユグドラシルにドライアードのプレーヤーがなぜ居なかったのか? なんとなく、今、わかった気がする……敵の攻撃が当たらないのだから、強いと言えば強いのだろうが、はっきり言って、ソロプレイ専用キャラだ……


 さて、絶命した大蜘蛛からは、右の触肢を切り取る。大蜘蛛は食材にも素材にもならない。そのため、クエストの成功報酬だけが稼ぎになる。右の触肢が退治の証拠になるのだ。

 ただし、死骸を放置すると他のモンスターを誘き寄せてしまうので、街道から離れたところに移動させるか、穴に埋めることが義務付けられている。かなり面倒だ。

 そのため、大蜘蛛狩りだけを行っている冒険者は殆どいない。馬車の護衛ついでに、たまたま現れた大蜘蛛を駆除し、小銭稼ぎする程度である。

 ユウタも大蜘蛛駆除だけなら引き受けないが、レグルから同時に他の依頼も受けていた。

 それは最近頻発する、女、子供を狙った人さらい目的の盗賊団、その調査。討伐ではなく調査である。

 可愛いメンバーの多いパーティーなので囮として丁度良いというレグルの考えなのだが……ミイラ取りがミイラになってしまう可能性があるからと、ユウタは反対した。

 しかし、娘達が賛成に回り、多数決でユウタが負けた。

 何故、娘達が賛成したかと言うと、レグルが彼女達の目の前にニンジンをぶら下げたから――である。

 三日後から始まるベバードのカーニバル。開港祭として始まったのだが、現在では近隣諸国を含めても最大の祭りで、美しい衣装の踊り手達が街中をパレードしたり、メイン会場ではステージで歌や躍りを披露する。とにかく華やかなお祭りらしい。

 娘達はこのお祭りの見物が目当てなのだ。

 レグルは友人であるベバード市長に頼んで、パレードが良く見える最高級の宿屋をユウタ達のために予約したらしい……もちろん支払いもレグル持ちである。

 それに吊られる娘達もどうかと思うが、レグルもレグルである。ラミィのことを姪っコのようなものだと言っていた筈だが……その姪を危険にさらして良いのだろうか……


 という訳で、この旅が始まったのだが、二日目にしてようやく、最初の宿場町に着いた。

 街道の宿場町は二つあり、それぞれベバードとチトの管轄下に置かれている。

 そのチト側の宿場町に着いたのだが、既に予定を一日遅れていた。

 ちなみに、昨日は街道沿いにある野営場――といってもただの広場だが――で野宿している。一緒に野営した、他の商人や冒険者達も混ざって、娘達はキャンプファイヤー気分になっていたようだが……

 明日は遅れを取り戻すべく、馬車で移動することをユウタは提案した。

 それだと、盗賊団の調査にならないのでは? と、フィンが異議を唱えたが、ユウタは、折角最高級の宿を人の金で泊まれるのに、一日キャンセルするのは勿体ないと、強く押し切った……

 意外とセコいなあ……と娘達が思ったのは言うまでもない……


 翌日、ベバードに向かう馬車を探したが、なかなか見付からず、次の宿場町までで行く馬車をなんとか手配できた。その馬車も、他の客と相乗りということだ。

 とにかく時間が勿体ないので、それに乗せてもらい、次の宿場町で別の馬車を探すことにした。


 相乗りしたのは商人と用心棒二人という男性三人組で、大樹海のとある町まで特産品の買い付けに行った帰りだと言う。荷物は別の便でやってくるそうだ。

 商人と名乗った男はとても人当たりの良さそうな笑顔で、「相乗りで申し訳ないねえ」と謝りながら乗ってきた。


 宿場町を出ると直ぐに、シルが思念を送って来た。ユグドラシルでいう「メッセージ」というものだ。これも、精神系魔法のようで、シルは良く使ってくる。

『ユウタ、この人武器を持っている』

 シルの隣に座っている商人のことだ。寒くもないのにゆったりとしたローブを着込んでいるので、最初から怪しいと踏んでいた。それに、急いでいるからと言って、乗り合いの馬車に乗ってくる商人も滅多にいない。本当に急いでいる商人なら、貸し切りの馬車を用意して、いつでも自分の都合で動けるように準備するものだ。

 ユウタ達を油断させるために「商人」を名乗ったのだろうが、逆に違和感を禁じ得なかった。

 しかし、「盗賊団の調査」という意味では、正に好都合だ。餌も付けていない釣竿を垂らしていたら、魚が勝手に食い付いた感じだ。

 いや、そういえば、こっちには美味しそうな餌――もとい、美女が三人も居たか……レグルの期待通りになって、正直、面白くない……

 ともかく、ユウタは気付かれないように小さく頷き、シルに合図する。

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