決戦! 砂漠の地下闘技場! 1

「起きろっ! ぼくの新しい猛獣たち!」


 という意味不明な掛け声と共に、ムチがしなる!


「痛えァ!?」

「いたいっ!?」

「おっふ」


 空気を切り裂いたムチは少年三人組の頬を痛烈に打ち、気を失っていた彼らが目を覚ます。いつかの刀香とうかほどではないが、ずいぶんな目覚ましだ。

 その刀香は軽く頭を揺らした。砂漠の真ん中で倒れて、誰かに抱えられたとこまでは覚えている。だがこれは一体どういう状況だ?


「おはよう新たなぼくのパートナーたち! 仲良くしよう!」


 カラフルなタンクトップを着た男が、ムチを持って目の前に立っている。カチューシャで前髪をまとめていて、見た目だけならスポーツマンにも見えなくはない。

 が、普通スポーツマンはムチなんか持ってないし、あんなヤク漬けジャンキー野郎みたいな目はしてない。大きくかっ開いた両目が、不気味なほどまっすぐ少年たちを見つめている。


「ってかなんだこれ、首輪……?」


 その視線から逃れようとして、自らが拘束されていることに気づいた。壁から伸びる鎖と、物々しい首輪。ついでに服も脱がされている。


「あっボクの軍服がない! 返せー! あれは限定版なんだぞーっ!」

「ゴメンね! ぼくはペットに服を着せる趣味はないんだ! 寒いだろうけど我慢してよ!」

(ペット……?)


 なにか嫌な響きが聞こえた気がする。気のせいであってほしい。

 だが、露骨に悪意が見えるのだ。この空間そのものに。

 タンクトップ男の後ろには鉄格子が見える。まるで牢獄だ。いや、牢獄というよりこれはむしろ……に近い。


「今ね、をやってるんだ! ぼくはそれにどうしても勝ちたくてね! ちょっと協力してもらうよ!」


 ここはどこだ。さっきまで砂漠の真ん中にいたはずだ。なのにここは、室内ということを抜きにしても涼しすぎる。クーラーでも効いているみたいだ。


「さっきは惜しいとこまで行ったんだ! でもぼくのホークの突進攻撃にカウンターを食らっちゃって、そこから動きも悪くなっちゃって、最後はパクっと食べられちゃったんだよ! それで出場権なくしちゃったから追い出されたところに、君たちを見つけたんだ!」


 獣同士で争うトーナメント。出場権。見つけた。とてつもなく嫌な予感が少年たちを襲う。その口を開いてくれるなと全力で祈る。

 だがそんな願いは知らないというように、残酷にも男は笑顔で言った。


「だからぼくと一緒にトーナメントに出ようよ! 共に栄光を掴もう!」

「ふざけんな誰がやるかそんなこと!」


 思わず刀香は反抗してしまったが、意外にも男は怒らなかった。ただ不思議そうに首を傾げて刀香を見た。


「どうして? 強くあるのは野生の誇りじゃないの? あ、もしかして元は飼われてたのかな?」


 その言葉にぞっとした。だって皮肉じゃないのだ。こいつ心から本気でそう言ってるのだ。

 本気で少年たちを〝獣〟として扱っている。


「い、いや、飼われてるって……俺は、人間だぞ……?」

「いやだなあ、人間だって獣として扱えば獣じゃないか。そこに何の違いがあるんだい?」


 鳥肌が立った。いっつも嘲笑わらってる千土せんどでさえ「うわお、強烈だねえ」と眉根を引きつらせていた。

 さきほどこの牢獄を〝悪意〟と称したが、違うと気づく。これは男の悪意ではなく、「獣を飼うなら檻に入れる」という価値観から来ている。それ自体は当たり前のことなのだが、その法則を人間に適用するとなれば話は別だ。人間は飼うものじゃない。


「この崩壊世界に生きるのは等しく野生だよ。動物だよ。人間だとか犬だとか猫だとか、そんな区分もはやどうだっていいんだよ。みんな生きてるんだから、みんな一緒でしょ?」

「お前ん中の価値観トチ狂ってんのか!? どう考えても一緒じゃねえだろ!」


 さすがにツッコまざるを得なかった。動物の命を軽視するのは当然駄目だが、だからと言って人間と同一視すればそれはそれで問題だ。あるべき区別というものをしないとなると、色々おかしなことになる。


「一緒だよ。姿形が違うだけで差別するっていうの? それはいけないことだと思うなあ」

「なんで俺がおかしいみたいになってんだ……!?」

「そもそもみんな息を吸ったり吐いたり、心臓を動かしたりしてるんだ。一体どこが違うの?」


 駄目だこいつ。たぶんこいつの目には本当に犬も人間も同じに見えている。生きている肉塊という点でしか命の判別をしていない。そこに弱肉強食の定理をはめ込んでいる。だからこそのこのいびつさだ。


「この厳しい世界で必死に生きている。それってとっても素晴らしいことだよね? 『崩落』で死ぬような思いをして、それでも諦めなかった本能! 野生! 命の輝き! それをぼくは大事にしたい! 目の当たりにしたい! 力強い野生に跡形もなく食われたい! そうやって死にたいんだ!!」


 そう語る男の顔は恍惚こうこつとしていた。それを聞かされる少年たちの顔は呆然としていた。なんで拘束されてまで変態野郎の話を聞かないといけないんだ、と今更ながら不満が募る。


「…………」


 幸い、手足は拘束されてない。鎖で繋がれてはいるが、男も同じ檻の中にいるのであれば手が届くはず。さっさとぶっ飛ばしてここから脱出しよう。刀香はそう思って床を蹴り、男に飛びかかる。


「くたばれ変態!」

「えい」


 ゴッシャア! みたいな音と共に刀香は地面に叩きつけられた。ハエを叩き落とすような気軽さでチョップを食らったらしいが、威力が刀香の知っているそれとは桁違いだ。


「だめじゃないかご主人様に襲いかかっちゃ。でも安心して、ちゃんとわかってるよ。急にこんなとこに連れてこられて不安だったんだよね。大丈夫、ここに君の敵はいないよ」


 テメエだよ!! と叫びたかったが、さっきの一撃で肺の空気を全部奪われてしまった。掠れた吐息しか出てこない。


「わかるわかる! ぼくだって不安でたまらない! だけど一緒にここで一番を目指そう! そうすれば何もかもうまくいくよ!」


 具体的な内容が一切ない。ただ絶大な自信だけがそこにある。

 はた迷惑な熱意と、周りを顧みない誠意。誰かに何か言われた程度じゃ歩みをやめない、頭が痛くなるような夢の温度。それでいて倫理観が振り切れている脳ミソ。

 目標と価値観さえまともなら尊敬に値する性格をしているのに、大事なところの欠落でこうも人間は狂ってしまう。


「さあ飛び入り参加だ。みんなに目にもの見せてやろう!」


 爽やかなサムズアップがなぜか恐ろしい。そのかっ開いた瞳の奥に宿る光が、ひどくグロテスクなものに見える。


「ああ、名乗り忘れてた! ぼくはそうだな……『トレーナー』とでも呼んでよ! よろしく、新しいパートナーたち!」


 ちょうどその時、歓声が廊下の奥から聞こえた。ビリビリと檻が揺れる。トーナメント。トレーナーの言葉を思い出す。であればここは、さしずめ闘技場か。


 砂漠の闘技場。亀が背負う森を抜け、砂漠で行き倒れて辿り着いた次なる戦いの場。狂気と熱に浮かされた、闘争欲の行き着く果て。その血にまみれた舞台にて、少年たちの新たなる試練が始まろうとしていた。

 あるいはすでに始まっていた。


「そういや、希稲きいなちゃんはどこいったんだろうね」

「あっ」

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