第2話インドネシア・オブ・ギロチン

 我は眠っている間、何者かの声を聞いた。しかしそいつは姿も形もなく、ただ我に語り掛けてきた。

「お前はこの地に生きる、生きたギロチンとなるのだ。お前は目の前に現れた敵を、ただ二度と動けなくしていればいい。」

 何を言っているのかはわからなかった、ただの空耳だろうと思っていた我は、目覚めた。

「よし、あと少しだ。」

 我はその後しばらくは、柔らかい体を固くするためにその場にとどまった。そしてそれから幾日経った頃、ようやく我は外へと旅立った。月明かりが綺麗な夜の中、我はエサのありかを見つけた。

「おっ、ここだな・・。」

 しかしそこには先に来ていた奴がいた、三本の角を持ち、我と同じ大きさだが我より体が分厚い奴だ。こういう時は本能が力ずくでやれと自然に訴える。

「おい、そこどけ!」

 俺は奴に突っかかった。

「なにを、こっちこそどけ!」

 奴も俺に突っかかり、戦闘が始まった。互いに押し合い、全身全霊をかける。そして俺は奴を持ち上げた。

「そりゃああああ!」

「おわああああ!」

 俺がこのまま落とせば、俺の勝ちだ。しかしここで・・・、

「もっと力を込めよ!」

 とあの声がした。すると無意識に顎に力が入り、振り落とせなくなった。

「グワーーーっ!」

 奴が我の顎の力に悲鳴を上げても、俺は挟み続けた。

「いいぞ!そのまま、思いっきりやれ!」

 そしてとうとう惨劇が起きた奴の胴体と二本の角が地面に落ちた、続いて頭と一本の角。俺は完全に、奴を挟み殺した。そして意識が戻ってきた。

「何だこれは・・・、我は何故このようなことを・・・。」

 するとあの形も姿も無きものが我に言った。

「我はシャイターン、お前は我に選ばれたのだ。お前は『魔虫』となりて、目の前の敵全てを挟み殺すのだ。」

 我はとんでもない宿命を背負わされたようだ、正直我はこの地でただ力を振るい、自分の思うがままに生きていたい・・・。

「我は魔虫などに興味はない、この力を今すぐ無くしてほしい!」

「無駄なことを、そなたが我の力を授かることはもう決まっていたのだ。これからは目の前の者に怒り、自由を奪われる苦痛を味合わせてやれ。」

 我は生まれながらに殺虫鬼となってしまった、これからはその宿命を胸に生涯を全うするしかない。

「わかった。我はこの地で一番、いや、世界一の殺虫鬼になって見せよう。」

「よく言った。さあこの森を血で染めてみろ、インドネシアのギロチンよ!」

 そう言い残して、シャイターンの声は聞こえなくなった。我はこの時から殺戮の道を歩んでいくのだった。


それから幾日経った日の出来事、我は強風に耐えられず心なしか落ちてしまった。

「しまった、早く起き上がらないと!」

 仰向けになった体を、足をやみくもにつかって何とか起き上がることができた。しかしその前に、我よりも体が大きく四つの足を持つ者が、我を上から見つめていた。

「うわっ!我を食べるつもりか・・。」

 その者はただ我のみをみていた、このままでは確実に我は食べられ、我の一生は終わる。

「ここまでか・・・、だがシャイターンの思うがままにならぬのならこれはこれでいいのかもしれない・・。」

 そしてその者の口が大きく開いたその時、我はまた意識を失った。そして羽ばたいたかと思うと、あり得ない速さでその者の顔の下に入り、喉を顎で挟んだ。

「くぁわわああああ!」

 その者は体を狂ったように動かし、我の顎から逃れようとした。我とその者は大地を転がり、我の体に激しい衝撃がかかった。しかし我が顎はその者の喉から決して離れることは無かった。そして衝撃が収まった時、我の意識が戻った。

「ハッ・・・、これはどういうことだ・・・?」

 我はその者の首の上に乗っていた、そしてその者は仰向けになり動く様子がなかった・・。

「そうか・・、これも我が殺したということか・・。」

 我はその者の亡骸を後に、飛び去って行った。


 それからというものの、我は出会った相手を殺す「キラーマン」になっていた。相変わらず、その者が死ぬまで我の意識は戻らない。我は今までに負けたことはない、例えそれが同胞でも・・・。


 あの日我は、一人で食事をしていた。するとどこからかけたたましい羽音がしたかと思うと、我に似たその者が招来した。おそらく同胞であろう。

「はあ・・、結局また殺すのか・・。」

 出来れば戦わずに日々を送りたい、しかし天は我のそんな願いすらも許さなかった。

「おい、そこをどけ。」

「我とやるのか・・・。良いだろう、死ぬ気で来るがいい。」

 元々同胞どうしで戦うのが、我らの決められたこと。しかし殺しはせず、ただ相手を落とすのが勝敗の決まりだ。

「うおおおお!」

「・・・・・・、ハアっ!」

 しかし我は戦う時、我を失い相手を挟み、締め上げる。

「ううっ、何だこいつの・・・力は・・。」

 我の顎は相手の装甲を貫通しようと、力を欲す。もはや我ですら、その制御はできない。挟み始めてからしばらくすると、ガキっと音がした。

「ぐわああああ!」

 相手の抵抗力が、弱くなった。それでも我は締め上げる。そしてとうとう、バキッという音がして、同胞は動かなくなった・・。

「ハア、ハア・・・・、またやってしまった・・。」

 我は顎を同胞の体から離そうとした、しかし深く刺さっているため外すのに戦う程苦労した。

「我は何故、シャイターンに選ばれたというのだ・・・。神よ、もし答えを知っているなら教えてくれ。」

 我は己が宿命を恨んだ、しかし我にはどうすることもできない。我の絶望する心に、その力は更なる追撃をかける。

 その日我はいつも通りエサを食べていた、すると我の気を引く存在が目の前に現れた。

「おお、これは我の目的に欠かせない存在。」

 それは彼女のことだ、我らはエサと彼女を本能的に奪い合っている。

「今なら、我の者に・・。」

 そう思った時、また意識が消えた。そして敵でもない彼女を、挟み上げる。今度は一気にグシャッという音がした。

「あ・・・・、まさか我は・・・・うわああああああ!」

 我は生まれて初めて発狂した。彼女まで殺してしまうとは、もはや生きる価値すらない。発狂の後、我は悟った。

「そうか・・、我はもう異形な存在になってしまったようだ。」

 すると不思議なことに、己が力に対する憎しみが皆無になった。

 


 




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