厄介な悪魔
蛙鳴未明
厄介な悪魔
小さなアパートの一室で、一人の女が手鏡を覗き込んでいた。そのこった装飾の小さな手鏡は、彼女が生活をを切り詰めて切り詰めてやっと作り上げたものだった。
思えばこの鏡を作り出すためにどれほどの時間がかかったことか。作ると決意したときにはまだ若かった。その美貌を褒められ、彼女の一挙手一投足に周りの男は動揺していたはずだが、今はもうシワも増え、誰にも見向きされなくなった。だがその苦労ももう報われる。報われるどころかお釣りが来るくらいだ。なにせこの鏡はなんでも教えてくれる鏡になるのだから。
若いころ、「悪魔はどんなことでも知っている」という記述を見てから、一心にこの鏡の開発に取り組んできた。まずはオーソドックスな悪魔召喚の技を手探りで学んだが、マスターした後にこの方法だと魂をとられてしまうということに気づいた。物を知るだけで魂までとられたら割に合わない。そこで召喚の技術を工夫し、無条件で悪魔に言うことを聞かせる技を編み出した。そして、どこにでも悪魔を連れていけるように、物に悪魔を封じ込める方法を考え出した。更には呼び出した悪魔を二度と地獄に帰らせないようにする術も産み出した。そしてついに全ての技術を結集し、この鏡を作り出した。あとは、鏡に悪魔を閉じ込めれば、鏡は完成するはずだった。
彼女は最後の儀式に取り掛かった。ロウソクに火をつけ、床に書いた魔法の模様の中心に鏡を置き、モゴモゴとなにやら呪文を唱えると、最後に「エイッ!」と叫んで鏡の方に手を差し伸べた。すると鏡からボンっと煙が立ち上がり、しばらく部屋を覆い尽くした。
煙が薄くなり、だんだんと鏡が見えてきた。どうやら上手くいったようで、鏡の中で何かが暴れているのが見えた。彼女は鏡を取り上げ、ワクワクしながら質問した。
「お前は悪魔?」
すると鏡の中のものが答えた
「まあそういうことになると思われます」
成功だ。彼女は天にも昇る心地だった。これで全世界のどんなことでも知ることが出来るのだ。彼女は手始めに簡単な質問をした。
「カナダは今何時?」
「ええ、恐らく9時五十九分かと思われます。」
国際時計を見ると合っていた。更に質問する。
「銀行の金庫の番号は?」
「いやそれに関してははっきりとは言えませんが恐らく596321705かと」
女は眉をひそめた。金庫の番号ははっきりしていないと駄目なのだ。はっきりと言えないのは困る。
「はっきり答えて。番号は?」
「恐らく596321705かと思われます。はい」
「はっきり答えなさいよ!恐らくじゃ困るの!」
「あー、はっきりと申し上げるとなりますと難しくなりますがさだめし596321705だと言えます」
「はっきり言えって言ってるのよ!」
女がすごい剣幕で怒鳴ると、鏡の中の悪魔は困った顔をして
「はっきり言えと言われましても……私地獄で政治家をやっておりまして……」
どうやら女は厄介な悪魔を手に入れたようだった。この調子だとそのうち質問に答えるのを面倒臭がって「記憶にございません」などと言い始めるかもしれない。自分の術のせいで地獄に送り返して新しい悪魔を呼び出すこともできない。女は頭を抱えた。きっとこれからは質問する度にイライラする生活を送ることになるのだろう。
厄介な悪魔 蛙鳴未明 @ttyy
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