6月5日 10:00 推理小説部
今日は金曜ではあるけれど、呑気に学校に行っている場合ではない。Y県の誰かが殺されると知りながら、授業なんか受けられるもんか!
私は時計を見上げる。10時に集合と言ったのに、昴は、必ず遅れてくる。それに合わせる為、必然的に渉も遅れる。明日は自分が殺されるかもしれないという危機感がないのだろうか。
「おっじゃましまーす! もしかして遅れてる俺!?」
勢いよく部屋の扉を開けたと思ったら、私の怪訝そうな顔をみて明らかに動揺する。
「ええ、5分くらいね。それより、渉は?」
いつも一緒にいるのに、渉の姿が見えない。彼は昴とは違って、時間に遅れるタイプではない。
「渉なら、あそこだよ。ほら!」
昴が指差した先は私の家の玄関。渉は、やれやれという感じで昴の脱ぎ散らかした靴をそろえている。
「ああ……遅れてごめんね。大事な日に」
渉はバツが悪そうに謝る。絶対に昴のせいにしないのは、渉の良いところではあるものの、人が良すぎる。
「良いよ。別にいつものことだし。で? 今回は、昴! なんで遅れたわけ?」
私は一層睨みを効かせて、昴を見るが相手はキョトンとしている。
「何言ってるんだ? 誰かさんと朝の5時代からブランコ漕いでたせいだぞ?」
うっ……。呼び出しては無いとはいえ、責任は私にもある。渉の聞いてないという顔はスルーして話を進める他ない。
「もういいよ! それより、作戦会議しましょう! ついに明日なんだからね」
「そうだな、リベンジだぜ」
昴は強く意気込む。2018年の6月6日。ネットニュースの知識だけで、動いてはみたものの何も出来なかった。
漫画の中ではあるまいし、高校生の聞き込みに答えてくれるわけでもなく、警察が情報をくれるわけでもなく。
何も出来ないまま、気が付けばテレビのテロップには「今年も悪魔、捕まえられず」という文字が躍っていた。
犯人のことも何もわからないまま、2年が過ぎたとはいえ今年こそは見つけ出したい。
「弥生、リベンジは良いけど、何か策はあるの?」
渉が冷静に言う。正直、全くない。
「それを考えるために、改めて前日に集まったの。去年の秋から、事件を洗いなおすことに必死で、作戦はギリギリになってしまったけど」
「ふむ、俺達は推理に強くなっただけじゃないぞ! 犯人には土地勘があって、平日土日関係なく休める人物だって分かったし! そして今は他県に住んでる!」
昴の言うとおりだ。毎年6月6日であれば、土日も平日もある。しかし悪魔は毎年その日に、殺人を行う。仕事を休むのは、リスクがありすぎる。
そして、犯行は明け方の人気の無い所で多くが行われている。間違いなく土地勘がある。監視カメラに不審者が映らないということは、その場所までも、ある程度知っているということになる。
県内に住んでいて、職場がいつでも休めるような人物であれば、もう逮捕されているに違いない。それがないということは、他県に住み、Y県に詳しい人だと予想がつく。
「いやいや、待ってよ。確かに、自分達で犯人の共通点を見つけたのは成果だ。でも、もう明日だよ? 今更どうにかできるもの?」
正論を渉は淡々と述べる。確かにその通り。高校3年生の自由な時間は短い。最近、3人が集まって話す時間がなかったのも事実だ。
「でも、未然に防ぐわけじゃない。被害者に共通点はないのだから、殺害してからが勝負でしょ? 私達で犯行後に、何か出来ることを考えようよ」
「だけど」
渉が言いかけた時、昴が口を挟む。
「あーあー! 待って待って! 俺はちゃんと作戦考えてきているから、まず聞いてくれよ」
「昴、お前……」
「もしかして出来る兄に感動した? どう? どう?」
渉の心配そうな顔も気にせず、褒めてもらいたそうに言い寄る。私には、そろそろ犬のしっぽが見えそうである。
「虱潰しに県内を巡り歩くとかは、駄目だよ? おにいちゃん」
渉は棒読みで双子の兄を呼ぶ。昴は子供のように、ムッと頬を膨らませる。
「そんな面倒なことは、俺はしませんーだ。 じゃなくて、これを使うの!」
そう言って、昴はスマホを取り出す。
「犯人を検索するとか? 名乗り出てくるわけないでしょ?」
私が呆れて言う。同時に渉も大きく頷き、私の味方だと言わないばかりに隣へ腰かける。
「お前ら……俺の信用なさすぎか! いいか、最後まで聞いてから判断してくれよ。否定は最後まで禁止な」
珍しく真剣に昴が言うので私たちは、素直に従う。
「作戦で使うのは、これ。リガールだよ。これで情報を集める」
リガールというのは、日本や海外で流行しているSNSで、自分専用の「タイムライン」には自分の投稿とあらかじめ「フォロー」したユーザーの投稿がリアルタイムに表示されるサービスだ。
「犯人は誰でしょうかって、みんなと推理ゲームでもするつもり?」
「こらこら、最後まで聞けってば!」
ついつい口出しすると、困り顔で反論された。
「ハッシュタグを使って、Y県に居る全員に監視カメラになってもらうのさ! 隔年の悪魔を探せ2020とか、名前を付けてさ。そこに県内の写真を大量にあげてもらう。そして、殺人が起きてからその周辺の写真を洗いざらい見て行けばいいってわけだ」
ハッシュタグは、キーワードの前に#を置いて投稿すれば、検索機能でまとめて閲覧できる。
私と渉は思いもよらない作戦に、目を大きくさせた。これは、やりようによっては上手くいくかもしれない。
「でも待てよ。そんな大量の写真を県内の人に撮らせることが出来るか?」
渉は冷静に指摘する。確かに大量に写真を撮るのは大変だし、下手をすれば著作権に引っかかる。
「もちろん、そこも考えているさ!」
昴はエッヘンというポーズをする。早く話を進めてほしい……。
「まず、ルールは予め説明する。俺たちの推理を投稿し、ハッシュタグを使って写真を撮ってほしいことや、顔にモザイクをかけること、位置情報を載せることをお願いする。そして、有効な写真や位置情報や目撃情報を投稿してくれた方には1人1000ポイントを渡すことで、釣るのさ!」
「おいおい、1人1000ポイントずつって、どこから湧いて出るんだ。もし、犯行近くから100人の人が投稿してくれたら100万ポイントが必要になるんだぞ?」
すかさず、渉が指摘するが、その後すぐに青ざめた顔になる。
「もしかして俺のポイント……」
「おおー! 正解良く分かったね! 流石、俺の弟だなあー」
私は2人の会話についていけず、取り残された気分だった。
リガールにはポイントというものが付いている。多くの人が投稿するように、1投稿で1ポイント、自分をフォローした人が増えるごとに1ポイントと、使用頻度が多い人ほど加算されていく。
しかし、多くの人はネット内のコンテンツに利用してしまい、残っていても千~1万程度だろう。
「弥生? 置いてけぼりにしてごめん。俺はリガールのヘビーユーザーな上に、サービス当初から使っている。しかしポイントは使ったことが無いんだ。だから今……5千万ポイント位あるんだ」
「え! 5千万!? 何個アカウントあるのよ、それ……」
怖って言おうとしてやめた。結構、渉は繊細だからなあ。
「とーにーかーく! 俺はそれを使って、犯人を捜そうと思うわけだ!」
相変わらず偉そうにしている昴は、早く崇めろと言わんばかりだが、渉はすかさず嫌味を言う。
「俺のポイントは好きにしてもいいけどさ。それより何か炎上しそうだけど、大丈夫? 警察のサイバー関係の部署とかに注意されそうだし」
渉は相変わらず的確だ。SNSを使用するなら世間も気にすべきところだろう。私も同調の姿勢を見せる。
「もう! みんな文句しか言わないじゃん。炎上したら、した時! 話題性がある方が、情報が集まるんだから無視無視! まずは、やってみようよ! ね?」
私達が賛同してくれないから、いじけてはいるものの、考えた策を実行したくて仕方ないらしい。
「確かに私達に他にいい案はないし。やってみるか!」
「やるなら、学校に見つからないように適当なアカウントで、ハッシュタグの作成と情報の呼びかけを始めよう。もう12時が来そうだ」
明日の朝までに、Y県内の人にハッシュタグの存在を知ってもらって、流行らせなくてはいけない。そこからはバタバタと拡散活動が始まった。
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