にせもの人柱

1

にせもの人柱




 閉鎖的な村では往々にしてあることが、この村にも例外ではなく、村民たちはあるおそろしい伝説におびえ生活していた。

 この村のそばを流れる川は、きまって五十年に一度氾濫する。川に住む神様は普段は川を鎮めるが、五十年に一度眠りに落ちるのだ。その神様を起こすためには、人柱を川へ投げ込まなければならなかった。

 今年はその五十年目だ。村民たちは誰を人柱にするかばかりを話し合っていたが、話し合いは進まなかった。それもそうだ。

 こんな狭い村では誰も彼もが知り合いで、そんななか、誰かに「死んでくれないか。」なんて言えるわけがなかった。じっさいこれまで記録に残っているなかで、話し合いによって解決した事例はなかった。祈りの日の付近で死んだ人の死体を、川に投げ入れてきたのだった。

 この村では死体には魂が入ったまま安らかに眠っていると考えられていたので、これでも十分効果的だと思われたし、実際これでおさまっていた。

 それなら今回もそうすれば良いじゃないかと思うが、もしかしたら自分が死ぬかもしれない、死んだあと川に投げられ苦しむのは嫌だから、だれか自分から人柱に名乗りを上げてくれないだろうか、ということらしい。神様を信じてはいるが、そんなに畏怖してるわけでもないのだろうか。なめているような気がする。

 そんなわけで、動かぬ討論に飽きたそのうちの一人があることを思いついた。

「人柱を一からつくってしまえばいいんじゃないか?」

「人柱をつくるだって?」

 村民たちは首をかしげた。

「それは誰かに人柱にするための子どもを産んでもらうということか?」

「いや、そうじゃない。本物そっくりの人形をつくるんだ。」

 村人たちは考えた。確かに、いままで自体を投げ込んで、それでおさまっていたのだから、生きた人間でなければならなかったわけではない。それなら、命のない人形でもごまかせるはずだ。

 なぜいままでの長い歴史の中でそんな画期的な案が採用されなかったのか。おそらくそれは次の問いに、発案者が頷きあぐねたからだろう。

「じゃあ、もしそれが失敗したとしたら、お前が人柱になってくれるか?」

 それはそうだ。企画の責任はリーダーが負う。この場合は提案者だろう。

 発言した若い男は考えた。たしかに成功するかどうかはわからない。失敗する理由は嫌という程思いついてしまう。

 しかし、ここでもし人形でも平気だということが証明できれば、これから先こんな不毛な議論に苦しむことはない。それに、彼の両親はもうかなりの歳で、もしかしたらふたりが人柱に選ばれてしまうかもしれなかった。

 失敗して自分が先に死ぬこととなれば親不孝かもしれないが、両親の死体を川に投げ込むことなんて彼にはできなかった。彼は腹を決めた。

「よしわかった。失敗すれば俺が人柱、それでいい。」

 この日から村民たちは人形制作に取り掛かった。

 まずより本物の人間に近づけるためには、素材を肉にしなければならないだろう。体のつくりが人間に近いと思われた猿を捕まえ、その毛を剃り、より人間に近い見た目を作ることを試みた。これはこれでかわいそうだった。

 次に顔だ。これはお面を使うことにした。たおやかな女の、美しい見た目がいいだろうということで、若者たちは理想の顔のパーツについて話し合い、たまに脱線して好きな人の話をするなどしたが、とにかくこれも順調に進んだ。

 これが完成すれば、あとは氾濫しかけの川に投げ込むだけだが、男には何かが足りなく思われた。そしてそれはすぐに思いついた。

 中身だ。現在人柱は外見だけしかつくられていない。しかし、人間には魂がある。それに値するものが、この人形には抜けていたのだ。

 そう考えた男は、人柱となる女の人生を一からつくりだした。


 彼女は村の中でも比較的権力のある裕福な家庭に生まれ、美しく育っていった。こんな村では珍しく楽器も嗜んだ。

 殊に琴の音色は麗らかで、村民はいつもそれに聴き惚れていた。

 めったに家から出ることのない彼女だったが、ふとしたきっかけである男と知り合う。彼女は男に一目惚れするが、男には許嫁がいることを知り絶望にくれる。

 そんな折に、五十年に一度の人柱を誰にするか会議が開かれる。それを聞いた彼女は、どうせこのまま叶わぬ恋に身を焦がすくらいなら、川に飛び込んで死んでしまいたい。そしてそれがこの村のため、いいえ、私の恋した人のためになるのなら、それが一番いいわ。

 彼女はとうとう人柱になることを決意する。周囲の人々の反対する間にも氾濫は進む。彼女は制止を振り切り、淡い恋心とともに川へ飛び込んだ。



 こんな具合の人生を、まるで自分が本当に体験したかのように涙ながらに男は語った。

 村人たちは、確かに外見だけでなく中身も重要で、そのため人柱の人生を男が用意したということ自体には感心したし感謝もした。しかし男の熱が異常だ。なにも泣くことはないのではないか。計画は完璧に進んでいるはずなのに、村中が不安で包まれた。


 そして不安は斜め上の実現をする。発案者の男は、人形が出来上がるとそれにすがりついてわんわんと泣き、どうか彼女を川に投げ込むのはやめてくれ、と懇願しだしたのだ。

 男は人形の人生に本気で向き合い過ぎてしまったのか、彼女の生き様に感動し、同情し、そして彼女自身に恋をしてしまったというのだ。

 村人は焦り、男を必死で説得した。こいつは本当の人間ではないんだぞ、人形なんだぞ、それもお前が主となってつくりあげた。

 男はこたえる。

 わかっている、そんなことはわかっているが、だが彼女が人形であるということがなんだというのか。実際に彼女はここにいるではないか、彼女には体があり、人生がある。生きていた人間と何か違うというのだ、と錯乱状態であった。

 彼の両親も、親思いの息子がこんな風になるなんて、と絶句していた。

 だが彼らは考えた。息子にとっては、たしかに彼女は生きていた人間となにも違わないのではないか?

 はたからみれば存在は完全に虚構である。しかし息子は彼女の人生を「知って」いる。そして彼女には実在の肉体があり、趣旨的にも間違いなくまちがいなく人間が人間をつくった、ということなのだ。彼女は『人柱』なのだから。

 彼の両親はこの考えを村人全員に話した。納得したのは数人だけで、あとはやはりあの人形を川に入れるべきだ、と主張した。第一、今泣き叫んでいるあいつが言い出しっぺなんだぞ、これが実現しなければ、二人の息子が川へ飛び込むことになるんだぞ。もう川もだいぶ危険だった。

 両親は寝ずに考えた。息子の思いは尊重したいが、息子には死んでほしくはない。考えた結果、息子が泣き疲れて寝ている間に、人形を投げ入れてしまうことにした。

 人形がなくなれば息子も冷静になって、彼女のことをただの虚構として処理することができるようになるのではないか。

 一瞬にして呑まれた人柱に手を合わせながら、安堵する村民たちとは対照的に、両親は息子への心配に震えていた。



 次の日事実を知らされた息子はそろそろと彼女の死地へ赴き、そしてなんのためらいもなく川へ身を投げ入れたらしい。

 そうするのは考えてみれば当たり前であった。彼女の人生を考えたのは彼で、彼女は失恋の果てに身を投げているのだから、彼も必然そうするはずだろう。

 村人の多くは彼の死と、なにより両親にバツが悪く、そして多くは気の毒がったが、彼の心を知る両親と数人だけは、そんな心のまま生きてゆくよりも、彼が彼の心のまま死ぬことができたのは、そのまま生きながらえるよりも幸運だと思った。

 結局その年氾濫はおさまったが、それがはたして人形によるものか、彼によるものかは分かるはずがなかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

にせもの人柱 1 @whale-comet

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ