恋の嘘、故意の嘘

@122

第1話

「鈴木君、もしよかったら明日の紅葉川花火大会、一緒に行かない?」

 休み時間に自分の机で寝たフリをしている僕にそんな声をかけてきたのは、見た目はもちろん、定期テストは毎回学年一位、中学校ではピアノコンクール優勝、そしてバスケットボール部では高校1年にも関わらず、キャプテンとしてチームを引っ張りインターハイで全国ベスト8まで上り詰めた、「黒曜高校の誇り」と名高い立花美凪だ。

 引きこもりである僕にそんな学校のプリンスが声をかけてきたのだ、当然周りからの視線も集まる。僕も驚きと緊張のあまり顔を上げた状態で固まってしまった。

 「どうしたの?固まっちゃって?」

 そう言って笑いながら長い黒髪を耳にかけた。そんな一つの動作にも、僕は見入ってしまった。

 「やっぱり急にこんなこと言われても困るよね、なんでもない、気にしないで」

  待って、そうじゃない!!と言いたかったが、周りの視線が邪魔をする。結局何も言えずに僕の机から離れて行く彼女の背中を眺めるだけだった。



僕は一人、土手に腰掛けて花火を見ていた。前までは男友達何人かと一緒に見ていたはずなのに、みんな彼女でもできたのだろう、誘っても全員に断られた。

 「僕にも彼女がいたらこの花火ももっと綺麗に見えるんだろうなぁ」

そう呟いて悲しみに浸っている時だった、

 「それなら私がなってあげよっか?」

「おーそれはありがた......ん?んんんん⁉︎ 」

声のした後方を振り向くと、そこには立花美凪の姿があった。

 「え、えーと、そ、それはどういう意味?」

 なぜここに立花がいるのかも気になったが、そんなことより言葉の意味が理解できなかった。というか理解したけど信じられなかった。

 「どういう意味だと思う?」



 「......ーい!! 起きなさーい!! ご飯できたわよー!!」

その聞き慣れた母親の声で僕は目を覚ました。

(なんだ夢かぁ。でも夢に立花さんが出てくるだけでも幸せだな。今日は土曜日だし家でゴロゴロするかー。)

そんなくだらないことを考えながら僕はダイニングへと向かうのだった。


 「現在の時刻は‪八時二十分‬、明日の天気予報です。朝鮮半島北東の低気圧により......」

いつも通りぼーっとしながら食パンにかじりつく。

「そして‪今夜‬には東京都、紅葉川で花火大会が開かれます。毎年大勢の人が大玉の花火を見に......」

(‪今日‬は花火大会があるのかー...あれ?僕、もう見たぞ?あ、あれは夢だったな。いやでも確か立花さんに花火大会に誘われたような......あ!)

そこで僕はようやく思い出した。立花さんと花火大会に行くチャンスを台無しにしてしまったことを。でも連絡先も知らないから打つ手がない。

諦めムードに入った僕はいつメンの男子たちに声をかけた。が、みんな知らぬ間に恋人を作っていたらしい。

でもその知らせを聞いて、僕は一つの期待を抱いた。(あれ?これもしかして一人で花火大会行ったら立花さんに会えるかも?) そう思った途端、一人だというのに花火大会がとても楽しみになってきた。



 そしてついに花火開始‪1時間前、僕は夢で見た土手に座って立花さんを待っていた。まだちらほら場所取りの人たちが来ている程度で、ちょっと早すぎたかな?とも思ったが、早くて悪いに越したことはないので一人静かに待っていた。‬


それから50分後、さすがに一人で土手に腰掛けているだけというのは暇で、瞼が閉じかけた時だった。

 僕の肩に手が触れた。ついに来たか!と、首が一回転しそうなくらいの勢いで後ろを振り向いた。

するとそこには、いつメンである林と、いかにもギャルという感じの女子がいた。

「お前、俺らが行けないからってさすがに一人は痛いぞ?ww」

「うるせーよ」

「ねぇダーリン、こんなぼっちなんかいいから早く屋台の方行こうよー」

「お、おう。じゃあまた学校でなー」

そう言って林たちは人ごみの中へと消え去っていった。


 彼女がいるっていいなぁ。俺にもいつかはできるのかな。でもやっぱそんな都合よく夢みたいにはなんないよな...。うつむいてそんなことを考えていると、なぜか涙が溢れてきた。一人で泣いている僕を見る視線や、「こんなとこで座って泣くとか邪魔すぎるんですけど」「フラれたのかな?」「絶対関わらない方がいいよ!」などといった声が聞こえてきて、もう花火を見ないで帰ろうと立ち上がった時、誰か呼ばれた気がした。聞き間違いだろうと、そのまま家路につこうとしたが、

「鈴木くん!」

その声がだんだん近づいてくるのがわかったので振り向くと、そこにはずっと僕が待っていた人の姿があった。涙で視界が曇っていたが、聴き心地の良い透き通った声、腰あたりまで伸びている長い黒髪から確実にその人だとわかった。

「た、立花さん?」

「やっと気づいてくれた〜。鈴木くんも一人できてたんだね、って、なんで泣いてるの?!」

「ちょっと、あまりにも嬉しくて」

「え、訳がわからないよー!」

実際、さっきまでは悲しさと虚しさから流れていた涙が、今では立花さんと会えた嬉しさからのものに変わっていた。

「よかったら一緒に花火見ない?」

「っ!!!もちろん!!」

やっぱり夢のようにはいかなかったけど、立花さんと一緒に花火を見るって本当夢みたいだな。

「......夢.........違う...」

「立花さんどうかした?」

「あ、ごめん、なんでもないよ」

明らかに何か考えてそうな顔でそんなこと言われてもなぁ。もしかして立花さんも僕と同じ夢を?いやいやまさかねぇ。いや、でもあり得ない話でもない気がするなぁ。そんなことを考えていると...

ドーーーン!!!

見たこともないくらい大きな花火が打ち上がった。

「うっわぁぁ!!すごいよ鈴木くん!」

「ほんとうにすごいね!こんなに人が多いのにも納得いくよ!」

少し申し訳ないけど、もし立花さんが僕と同じ夢を見たならっ!そう思って試しにこうつぶやいた。

「僕にも彼女がいたらこの花火ももっと綺麗に見えるんだろうなぁ」

すると、

 「それなら私がなってあげよっか?」

「やっぱり!!!」

「え、何、やっぱりって」

明らかに表情が変わっている立花さんのことなんて気にもとめず、僕は話を続ける。

「立花さんも夢を見たんだよね!」

「ちょっと何言ってるかわかんない。っていうかやっぱり!とか自信過剰すぎじゃない?」

「え、、、」

「ごめん、私帰るわ」

「ちょっと待って!嘘みたいだけど、僕の話を聞いて!」

いつもは暗い僕が必死に止めたからか、立花さんは大人しく僕に従った。そして、全てを話し終わると、まだ疑っているようだったが、一応は信じてくれるらしく、安心したのだが、

「で、私のことを試したくせに何か言うことは無いわけ?」

「ごめんなさい...」

「ふーん、他には?」

「他?」

「うん。まさかわかんないとか言わないよね?」

「も、もちろん!」

全く見当もつかない...。それを察したのか、さりげなくヒントをくれた。

「夢の中の私と今の私、気持ちはおんなじだと思うなぁ」

確か夢の中の立花さんは僕に好意を抱いていた。それなら、も、もしかして...

「す、好きです、付き合ってください...とか?あ、いや、そんなわけなぁぁぁ!?」

その時だった。彼女が急に飛びついてきたのは。

「ごめん、ほんとうにごめんね」

いきなり抱きしめられて頭がパンクしそうな僕の胸の中で、涙ながらに立花さんはそう言った。

「本当はね、私も夢を見たの。でもどうしても鈴木くんの口から好きって言って欲しくて知らないふりした上に、急に機嫌悪く見せたりして、本当にごめん」

「あーそうだったんだ...。

じゃあさ、代わりに返事、聞かせてよ」

「......はい!!!に、決まってるじゃん!」

元気よくそう言い放った彼女の笑顔は、涙に濡れながらも色とりどりの花火に照らされて、格別に輝いて見えた。

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