死に損ないと生き損ない

紫犬

プロローグ

「えー……。……皆さんすでに知っていると思いますが」


 重たい空気を醸し出しつつ切り出され、私たち生徒は押し黙る。目の前の担任教師、いや、校全体のなにか焦った雰囲気に、重圧に、私たちは今絞められているのだ。


 こうなった意味、原因、私たちみんなは知っている。

 ほんの数日前、ある男子生徒が自殺を図り、遂行し、完了した。その背景にドラマが生まれる隙も無かったようで、早朝、すでに青白い顔を俯かせ、曲がらない足を宙に浮かせた死体が自宅の自部屋に吊られていたそうだ。

 これに教師陣はざわめき、大慌て。即座に休校が入り、それから初の登校が、今日になるわけだ。


 みんなが知っている訳は、その自殺した本人がこのクラスの人間だったということもあるのだが、自分が言った意図とそれは逸れていて、私が表したかったのは、全校集会にてすでに伝えられていたから知っている、ということだ。混乱とショックを与えすぎないためにか、短い会だったのだが、このクラスでは再び話し合い、加え期待程度に、居るかもしれないいじめっ子の炙り出しを行うようだ。


 こんな状況からか、クラスの雰囲気は最悪だ。

 元気とメガホンマウスが取り柄のお調子者は閑古鳥に成り果て、男性教師を商売相手と見ている違法ファッションモンスターは退屈げに。まるで通夜だ。笑えない。


 歯切れ悪く切り出されてから、どれくらい経っただろうか。

 数分? いや数秒か。もしかしたらそれほども経っていないのかもしれない。

 けれど私には、何時間にも、何日にも感じられた。

 なぜならば、きっと私は、この教室、いやこの校の誰よりも混乱し、酩酊しているからだ。


 Q.死んだ相手が好きだったのか?

 A.いや、全く。微塵もそんな思いは無いと言いきれる。関係性だって、あるとするなら、隣の席ってだけだから、多少の関心程度にしか悲しいなどそういった思いは湧いていない。


 Q.違えてはならない約束をしていた?

 A.まず交わす機会が無い。だから違う。


 Q.『私』が、ものすごく慈悲と慈愛にあふれた性格だから?

 A.残念なことに、私はそれではない。むしろ、自庇と自愛があふれているの方が、近いかもしれない性格だ。


 これだけ不正解続きのQ&Aをしたら、こう思うことだろう。なら、なんで? と。

 正解は引き延ばすものだ。簡単に教えてしまっては面白くないだろう? 出題者側が。

 つまり、正解はCMの後でっ! ……と言いたいところなのだが、もう正解を言わなければならないようだ。担任がやっと、口を再び開きそうだから。

 そうしてようやく、担任は放った。


「梶直也くんが、自殺で、亡くなりました」


 教室の気温が精神的に数度下がる。

 それと同時に、籠もったような笑い声が聞こえた。それも、真隣から。

 私の席は、窓際一列目の最後尾。隣と言ったら、右しかない。

 もう、察しのいい人は気づいただろう?

 正解を明かすとすると。


 つい先日亡くなったはずの梶直也くんが、隣の机に座って笑っている。

 『幽霊』の梶直也くんが、私は見えてしまっているのだ。











『やぁ、木戸さん。こういう風に話すのは初めてだね。どうだった? 休校開けの初登校は』

「……最悪だったよ。梶くんが視界に入るたび、心がきゅっとして、動機が激しくなって。何にも集中できなかったよ」


 平凡な顔には似合わない口調で話しかけてくる男子、いや、今となっては幽霊の彼に、名前を呼ばれた私は多分に皮肉を込めて返答した。

 今は放課後。教室には部活やら帰宅やらで誰一人残っておらず、客観的には私一人きりである。

 一日過ごして分かったのは、彼、梶直也くんを見ることができるのは私だけであり、彼に触れることはできないということだ。全く、クラスにいる霊感があると言ってはばからないA子ちゃんには期待したのだが、彼女はビジネス霊感だったようだ。世渡り上手め。触れられないと分かったのは、興味から、ハエをはたくという名目で彼の胴を薙いでみたら、何も遮ることなくすり抜けたからだ。その時の彼は酷く驚き面白い顔をさらしてくれた。なので今では比較的恐怖だとかが消えて、普通に話すことができるようになっている。

 彼はまた口を開く。


『ははっ、そっか。それは何よりだね。僕もこんな経験、初めてでさ。ビクビク反応してくれる木戸さんが面白くて、もう一日木戸さんのことしか見えてなかったよ』

「……それは、素直に気持ち悪いんだけど」

『あははははっ』


 何が面白いのか、私の罵倒を笑い声で返してくる。幽霊になったことで脳みそが軽くなったのだろうか。

 それからしばらく。静寂が生まれた。私としては意図して生んだものなのだが、梶くんは気づいた上で無言なのか、はたまたここに来てただ話を続けられなくなったのか。だが絶やさない彼のにやけづらを見ると、それは少なからず、アノ件は私から聞けという意思表示なのだろうと思えた。

 癪ではあるが、このまま天使がはびこっていても仕方がないので私から切り出した。


「……それで」

『ん?』

「それで、話っていうのは、何?」


 これが私が放課後、教室に残っている理由である。私は呼び出されていたのだ。


『ああ! 話、話ね。そうだった、すっかり忘れていたよ、あはは!』

「……」

『……うん。君にね、木戸さんにね。言っておこうかなって思っていたことがあってね』

「うん」

『……それはね、












 絶対に、犯人捜しとか、正義感を燃やして僕のために頑張っちゃうとか、しないでほしいなぁ……ってね』


「………………………………………………………………は?」

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