短編集 食べる。

石田夏目

アイスクリン

今日も暑いね。

あぁ暑いな。


そう呟きながら赤いベンチに並んで座る

俺はワッフルコーンのソフトクリーム

あいつはアイスクリン。

決まっていつもこれだ。


「なぁそれいつも食べてるけどうまいのか?」



「美味しいよ。懐かしい味だよね。」


たった十五年しか生きていないのに懐かしいとはよく言えたものだ。


「健もいつもそれだよね。」


「まぁ仕方なく。

この田舎の商店に洒落たものなんてないからな。」


この町はかなりの田舎で

スーパーやコンビニは車で三十分かかるし

ゲームセンターのような娯楽施設なども

もちろんない。

この場所もおばあさんが一人で経営している小さな商店だが最低限の日用品は揃っており

町にとっては生命線とも言える。




「んー。それにしても暑い。」

制服のスカートをパタパタとさせて中に風を送っている。


「あのな、もう少し女らしくしたらどうだ?」

「えー。別にいいよ。モテたくもないし。」


邪魔だとばかりに前髪をゴムでくくりちょんまげのようにした。

黙って大人しくしてればそこそこなのに。

もったいない限りだ。


「…ほらそろそろいくぞ。」

自転車のストッパーをガタンと外し

後ろの荷物おきにあいつを乗せるとペダルをゆっくりとまわした。

エンジン全開。



「おいちゃんとつかまってろよ。」

「うん。分かってる。」

俺の腰に手をまわし片手でぎゅっと抱きついた

あいつもちゃんと成長してんだな。

…何がとは言わないが。


「ねぇ。」


「ん?」


「ずっとこのままでいたいね。」


「ん?なんか言ったか??」


「ううん。なんでもない。」


「なんだ?変なやつだな。

それより少しとばすぞ。」



青々としている稲穂を横目に自転車のベダルを勢いよくまわす。

風が頬をなで背中ごしに感じる体温がとても心地いい。

このままどこまででも走っていけそうな

そんな爽やかな気分だった。



「あれ?珍しいな。

いつもアイスクリンだろ?お前。」


「いつもはそうなんだけどさ、

今日は健の気持ちになろうと思って。」


アイスクーラーからワッフルコーンのソフトクリームを二つ取り出しレジにお金を置くと

足をぶらぶらさせながらベンチに座り黙々と食べだした。

どうやらおばあさんは出掛けているらしい。


「口のまわりついてるぞ。ほら。」

子供のように口の回りにべったりと

ソフトクリームがついている。

仕方ないなぁとポケットからハンカチを取り出し差し出した。


「ありがとう。

でも持ってるから大丈夫。」

自分の鞄からハンカチを取り出し

さっと拭くと何事もなかったかのように

また食べはじめた。


「どうした?なんかいつもと違うな」


「別にいつも通りだよ。

んー。

やっぱり私アイスクリンの方が好きだな。」



立ち上がり最後のワッフルコーンを口にいれるとパンパンっと手をはたいた。


「よしいこっか。」


「おう…。」


いつものように俺の自転車にまたがり

サドルをパンパンと叩いている


いつもの帰り道。

稲穂は少しずつ黄金色に色ずきはじめ

風にゆらゆらと揺られていた。



「今日はずっと黙ってるんだな。

なにか考え事でもしてるのか?」


「うん。

もうすぐ夏も終わるなって思って。」


「確かにな。」


「こうして何もかも変わっていくんだね。」


「何もかもって…。

俺たちは何にも変わらないだろ。」


「…そうだね。」


腰にまわされた手にぎゅっと力が入る。


「じゃあありがとう。」


「うん。じゃあまた明日な。」


「健…。ありがとう。

ずっと友達でいてくれて」


「急になんだよ。」


「なんか言いたくなって。じゃあね」


十字路でぶんぶんと手を大きく振り

あいつは歩いていった。

突然生ぬるい風がひゅっと吹きあいつの短い髪がさらさらと揺れる。

友達か。

自転車に跨がるとギコギコと音を鳴らしながら覚えたてのカントリーロードを口ずさみ

帰路についた。



「あれ?あいつは?」

いつも誰よりも早く来るあいつの姿は

なかった。


「なに?お前知らないのか?」


「え?」


今思えばあいつは出会った頃から

変わったやつだった。


「あれ?和田、早いね」


「今日は早く目が覚めたからたまたま。

しっかしお前はいつも早いよな。」


「うん。私家より学校が好きなの。

あっでも一番好きなのはこの町だけどね」


「お前変わってんな。

俺はさっさと卒業して都会へ行きたいよ。」


「…都会ね。シティーボーイだ。」


「それなんか格好いいな。」


「格好いい?あはは。そうかな?

なんだか面白いね。」


そんな何気ないやりとりが今はとても懐かしく感じる。

ペダルをまわすとその軽さに驚く。

そうか。あいつがいないからか。



「いらっしゃい。おや、今日はそれかい?」

「今日はこれがいいんだ。」


シャリっとした氷の冷たさと

ともにミルクセーキの優しい甘さが

口にいっぱいに広がる。

田園に沈む夕日を眺めながら

ふっと隣を見る。

あいつはいないのに。


恋だとか愛だとかそんな難しいことは

よくわからない。

ただいつもの日常が当たり前ではないことに

気づかされた。

今になって。

今になってだ。

後悔しても遅いよな。悪い。

誰よりも一番傍にいたつもりだった。

けれど気づかなかった。

お前がずっと苦しんでいたなんて。


「両親が離婚したらしくて

引っ越したらしいぞ。

なんでもずっと別居生活だったんだって」


「え…そんなこと今まで一度も。」


「言えなかったんじゃないかお前には」


「ずっと友達だと思ってたのに。」


「だからだよ。

友達だから知られたくなかったんだ。

大切だから壊れてほしくなかったんだよ。」



しっかし不味いなこれ。

これのどこがうまいんだよ。

こんなしょっぱい味のなにが旨いんだ

…なぁ教えてくれよ。











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