2-5

 休み明けの学校。

 生徒達が集まって談笑している。自慢げに旅行先の話をしているのは狩夫だった。

「今年のハワイ旅行もいつもの場所でさぁ。見慣れた場所だから新鮮味がなくって嫌になっちゃうよ、ハハハ!」

 狩夫は机の上に数々の写真を並べている。周りの生徒達は羨望の眼差しで狩夫を見つめている。狩夫の肥大した自己顕示欲と承認欲求は極限にまで満たされていた。

 と、そこに到着したのは智浩。休み明けには遅刻ガチになりやすい智浩ではあるが、その日はまともに登校していた。

 その姿を見た狩夫がニヤリと笑う。

「お〜やおやおや。誰かと思えば智浩クンじゃあありませんか。この連休中がいかがお過ごしだったかな?」

 智浩には国内旅行すら無理だろうと予測した上での嫌らしい語り口だ。狩夫の性格が滲み出ているセリフだった。

「そういう狩夫はどうだったのさ?」

 智浩はニヒルに笑った。勝利を確信している狩夫をやり込められる策あり、と考えているからだ。

「あぁ、ボクかい? いつもの如くのハワイ旅行だったさ。なんなら写真見る? よくある光景ばかりだけど」

 そんなことは言いつつも自慢げに写真を披露する狩夫だ。

「なんだい。ハワイなら今年は僕も行ってきたよ。ホラ」

 そう言いながら智浩もハワイの写真を披露した。

「あっ、ここ見覚えがある…」

 狩夫には智浩の写真がどこの光景なのかがすぐにわかったようだ。

「ハワイと聞いて期待していたんだけれど、暑さが違うくらいで大したことなかったよ」

 言葉を失っている狩夫を他所に、智浩は余裕の表情だ。

「な、なんだ。智浩のやつもやるじゃないか!今回は引き分けのようだな」

「と言っても、ハワイはただの通過点。真の旅行先はまた別なんだよねー!」

 智浩はあえてもったいぶった。一旦は並んで見せてからの逆転の一手で大勝利をおさめるつもりのようだ。

「な、何だよ。智浩。まさかアメリカ本土まで周ってきたのかよ?」

 智浩はニヒヒヒ、と気持ち悪く笑った。

「どこだと思う〜? 当てられたら今回は僕の負けを認めるけれど?」

 周囲のオーディエンス達もガヤガヤと囃し立てた。

「っ、どこだよ智浩? さっさと言えよ!」

 狩夫が苛ついて先を促す。

「フッフッフ。これを見て驚け。これなるが本邦初公開。未知の世界との遭遇だ!」

 智浩が懐からバーンと写真を取り出す。そこに写っていたのは智浩と何人かのフェアリー達だった。

 一様に皆が目を丸くする。

「な、なぁ。智浩。これはどこのアトラクションなんだ?」

 狩夫は写真の光景が全くわからずに尋ねた。それも当然だ。妖精が写っているからと言って、そこが異世界の光景の写真だと考えるのならば、頭がどうにかしている。

「ここは異世界ファンタジスタ。一緒に写っているのは町中に住むフェアリーさん達なのさ!」

 智浩の声がこだまする。一瞬周囲が静かになった。それからドッと笑いが漏れる。

「おいおい、智浩。お前まじかよ?」

 さっきまでは余裕の無かった狩夫も調子を取り戻していた。智浩だけが状況をわかっていない。

「えっ、えっ? みんな何を笑っているの?」

 智浩がキョロキョロと周囲を見回す。

「智浩クン。君の写真はなかなかに楽しめたよ。良く出来た合成写真じゃないか! この分なら、さてはハワイの写真も合成写真だな! やってくれるじゃないか」

 狩夫が大仰な仕草で智浩に語りかける。それはもう、遥か上から下々の者に語りかけるように。

 周囲の生徒も笑いながら智浩をからかい始めた。

「ほ、ほんとなんだよぉ! パッと行って帰ってきたんだ」

 智浩がオロオロしだす。基本コミュ障根暗の陰キャラには、この状況は辛い。

「嘘を嘘で塗り固めるのかよ、だっせーやつ! みんな、行こうぜ。こんなやつに関わるのはやめだ!」

 狩夫は周囲のクラスメイトを連れてその場を後にした。

 一人、智浩がその場に取り残される。

「…ちぇっ。なんだよ皆。はじめから決めつけてかかってさ…」

 智浩は自分の写真を手に取ると、ガサッとゴミ箱に乱暴に投げ捨てた。

 クラスメイトに相手にされなかった少年はいじけるばかり。


「智浩さん、どうしたの?」


 不意に智浩に話し掛ける声。振り返るとそこには春野バンディエッタがいた。

「あっ、バンディエッタちゃん…そうだ。お土産があるんだよ」

 そう言うと智浩はゴソゴソと鞄を漁る。中から出てきたのは可愛らしいリボンの付いた包み紙。

 智浩はそれを自信がなさそうにバンディエッタへと渡す。

「わぁ、智浩さん。ありがとう。中を見てもいい?」

 智浩は頷いた。

 バンディエッタが包み紙を開けると、中から出てきたのは綺麗なネックレス。

 バンディエッタは驚いている。

「智浩さん。こんな高価そうなもの、いいの?」

「大丈夫。僕のお小遣いでも買える品だから」

 その言葉に偽りはない。だが、智浩には知る由もないが、現地の人間の月収の三倍はする高級品だったのだ。その為に作りはしっかりしているし、埋め込まれた宝石は本物だ。

「智浩さん。ありがとう! 大事にするね!」

 小学生からの小学生に対する小学生らしかぬ贈り物であったが、大人ぶりたい年頃のおませな女の子には効果が抜群だったようだ。

 バンディエッタはとても上機嫌だ。


 しばらく智浩はクラスメイトから嘘つき扱いされることになる。

 しかし、喜ばせるべき相手が喜んでいるのならば、それはそれで良いのではなかろうか。

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