第二話 フェアリーサークル
2-1
学校。いつもの
五年三組の教室内はまだ賑やかだった。掃除が終わって、まだ下校していない生徒達がたむろしている。
みんなでぐるりと輪を描き談笑している。その時輪の中心にいたのは狩夫だった。
「今度の連休中、ボクのうちじゃあハワイに海外旅行なんだよ。毎年行っているからもう飽きちゃってさ。困るよ。ハハハ!」
狩夫は鼻高々に自慢話を始める。それは彼のいつもの姿だ。
周囲の生徒達は「狩夫君凄い!」とか「うらやましい!」とか囃し立てている。
話を聞いていた智浩も狩夫が羨ましかったが、自慢がミエミエだったので乗るのはシャクだから黙っていた。
そんな駆け引きに気が付かない狩夫ではなかった。自尊心の塊の自惚れ屋は、自らを讃えない不穏分子を目ざとく見つける。
「そういや、智浩のうちではどこに行くんだ? ヨーロッパ辺りか?」
狩夫は智浩のうちが海外旅行などしないとたかをくくっている。そのうえでこのように智浩に尋ねたのだ。いや、どこにも行かないよと返答させて、ハワイ旅行する自分の対比と引き立て役として恥をかかせようとしているのだ。
「えっ、僕の家? そりゃあ誰も行ったことの無いようなすごい場所へ旅行に行くのさ!」
智浩は直感でバカにされると気が付き、咄嗟に見栄を張った。
狩夫も智浩の意外な答えには驚いたが、狩夫は見栄を張る名人でもある。狩夫は智浩の虚勢にすぐに気が付いた。
「へぇ、智浩のうちでも旅行するのか。いいぜ。休み明けに旅行先の写真を持ち寄って、どちらの旅行先が凄いか競争だ!」
狩夫は智浩により大きな恥をかかせるべく策を展開してきた。あくまですごい自分とみすぼらしい智浩という対立構造で自分が輝こうとしている。
狩夫はナルシストな上に他人を見下すことに喜びを見出す性格だった。比較対象が無様であれば無様であるほどに自分が優れていると錯覚できるので、何かにつけて醜態を晒しやすい智浩をやり玉に上げる。特にある出来事があって以降は特にその傾向が強い。
「えっ、写真? ほら、僕は写真とかとらないし…」
智浩は流石にまずいと感じ逃げ道を作ろうとする。狩夫はそんな逃げ出す獲物に敏感だった。
「おいおいおい。珍しい場所の風景を皆と共有しようとは思わないわけ? え、お前ってそういうやつ?」
狩夫はあたかも智浩に問題がある風に装った。別に旅行先の写真の有無など大した問題でもないが、どんな形にせよ智浩を悪者にして終わろうと言う狩夫の魂胆だった。
なかなかに腐った性格の小学生である。そんなだから、そんなだからであるならば、そんなだからであるからこそ、智浩は狩夫の引き立て役なんかにだけはなりたくなかった。
「イイよ? 写真くらい。みんながあっと驚くような風景を見せてあげるよ!」
これは智浩の意地だった。普段は狩夫に勝てないと意識しているが、大勢の目の前、女の子も居て、ましてや大好きな春野バンディエッタちゃんもいるときに限っては劣等感よりも対抗意識の方が勝るのだ。
だが、そんなちっぽけな意地も、我が家では国内旅行すらしないと言う現実の前には風前の灯火のような、吹けば飛んで消え入りそうなものだった。
「いいぜ。どちらが素晴らしい旅行をしてきたか競争だ。後で吠えづらかくなよ、智浩!」
狩夫はいつもの勝利パターンだと確信していた。とくに、智浩が春野バンディエッタを好きなことが周知の事実になってからは、トが彼女の前でだと良い格好をしようとする傾向があることに気づいているのだ。
「狩夫、見てろよ!ギャフンと言わせてやる!」
「ハハハ! ボクの楽しみが増えたよ。智浩がどんな旅行をしてくるのか、ね。じゃあな。諸君。アデュー!」
狩夫は後ろ手に皆に手を振り、格好をつけながら去っていった。
「智浩も旅行に行くのか。いいなー」「私も海外旅行とか行ってみたーい!」とか、周囲の生徒達が談笑を再開した。
春野バンディエッタが智浩の横に来た。
「智浩さんも旅行に行くんだ? イイなー!」
と、バンディエッタが智浩に話しかけた。智浩はついのぼせ上がってしまった。好きな子と話をするだけで嬉しいのだ。
「えっ、エヘヘ。そうなんだ。とっておきの旅行先でね。バンディエッタちゃんにお土産を買ってくるよ!」
張った見栄をさらに上乗せしてしまった。智浩は土産物くらいなら、『海外からの輸入店で何か珍しいものでも買って渡せば良いや』くらいに考えていたようだ。せめて好きな子とのやり取りくらいは誠実さを心掛けて頂きたいものである。
バンディエッタの表情がぱっと輝き、微笑んだ。
「えっ、本当? じゃあ、ワタシ楽しみにしているね!」
智浩は嬉しそうなバンディエッタの表情に、見栄を重ねて嘘を付いたことに対し、チクリと胸が痛む思いを感じた。
「うん。楽しみにしていてね!」
智浩はそんな痛みを誤魔化すように、勢いだけで返事をした。
そのうち皆解散し、下校を始める。その頃には智浩も正気に、もとい冷静になり憂鬱な気分に浸っていた。
出来もしない話をし、勝敗が明確な勝負が待ち受け、好きな子に嘘をついてしまったという三段重ねの憂鬱。
このまま連休に入ったところで、最悪な休みになることは間違いなかった。
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