第一話 すべての始まりの日

1-1

 僕は智浩。小学五年生。勉強は苦手だし、運動もそれほど得意ではない。漫画とアニメとゲームが好きで、いつも空想ばかりしていた。

 ある嵐の日。台風が来ていて学校が休みになった日。僕のテンションは高かった。昼間からゲームをやって過ごしていた。台風様々だ。

 一人黙々とRPGにのめり込む。僕はファンタジーが好きだった。剣と魔法。ゲームの中でなら、僕はいつだって勇者になれる。特別な自分。レベル上げさえすれば強くなれる。努力すれば報われる世界だったから、だからこそ僕はゲームの世界が好きだった。

 荘厳なグラフィックと豪華なBGMで盛り上がっていた。

 コン。コン。

 何か窓を叩くような音が聴こえた。自分の家は高層マンションだった。外に人がいるわけもない。

 風に煽られた音だろう。僕はそう考えて再びゲームに意識を戻した。

 コン。コン。

 また何かが窓を叩く音。

 と、いきなり電気が消えて暗くなり、テレビの電源が落ちて静かになった。

 停電だ。

 僕はゲームの苦労が水の泡となったことに落胆した。

 コンコンコン!

 さっきより勢い良く窓を叩く音が聞こえた。窓にはカーテンをしていたので、外の様子はわからない。

「なんの音だよ!」

 僕は一人悪態をついて立ち上がる。

 シャッ、とカーテンを開けた。

 雨がざぁざぁと降りしきる中、人形くらいの背の高さの、白い羽の生えた女の子がずぶ濡れで窓の外にいた。

 一瞬、僕は何を見たのかわからなかった。

 女の子が片手を上げて挨拶しようとしている。傘などは持って…いたようだが、強風によって壊れていたようだった。

「HELLO!」

 女の子はずぶ濡れのまま、無理して笑顔を作ろうとしていた。

「なにこれ!?」

 僕は思わず声を上げていた。

「こんな嵐の日に訪問してゴメンね。私はベルナデット。神様の使いでやってきました」

 窓の外から女の子は挨拶してきた。

「…宗教勧誘はお断りでーす!!」

 僕はそう言うとカーテンを一気に閉めた。親から宗教勧誘は断れと教わっていた。それが役に立つ日が来たようだ。

「What happen!?」

 外では女の子が何やら叫んでいた。

 ゴンゴン。

 必死に窓を叩くような音が聞こえてきた。

「うわっ、なんかしつこい! 何の用だよ!」

 僕は再びカーテンを開けた。

「私は宗教勧誘じゃないよぅ…。あれ、勧誘には当たるのかな?」

「ごきげんよう、さようなら!」

 僕は再びカーテンを閉ざした。

「待って!違うんだ!そうぢゃないよう!合ってるかもだけど、やっぱり違うよう!」

 ゴンゴンゴン!

 ベルナデットと名乗った子がそう叫びながら窓を叩いている。話は聞かないほうが良さそうだ。

「お引き取りください!」

 僕は招かれざる客を追い返す時に親がよく言っている言葉を真似した。

「トモヒロ、トモヒロ。待ってくれよう!」

 女の子は僕の名前を呼んでいた。

「なんで僕の名前を知っているんだ!」

「神様のお告げで、トモヒロのもとに遣わされたんだYo!」

 先程以上に受け入れてはいけない相手のように思えた。

「なんだか知らないが帰ってくれ!」

「ダメなんだよ。このままぢゃあトモヒロは大変な事になるんだヨ!話を聞いてくれよぉ…」

 ゴンゴンゴン。

 窓を叩く音が続く。

 ピカッ、ゴロゴロゴロ…。

 雷が鳴った。こんな天気の日にやってくる神の使いなど、まともなやつはいないだろう。

「くしゅん!」

 窓の外から可愛らしいくしゃみが聞こえてきた。ずぶ濡れだったのだから、風邪でも引きかけているのだろう。…人形みたいな背丈で、背中に白い羽が生えた女の子。人間ではないのだけは確かだ。…僕は好奇心に負けた。好奇心は人を殺すと、読んでいた小説に書かれていたのを忘れていた。つまらない日常から外れた超常の存在。僕が気にしないはずがなかった。

 カーテンを開けた。雨に打たれる女の子はまだいた。

 窓を開ける。

「晴れるまでなら中に居ていいぞ。その間くらいは話を聞いてやる!」

「Oh! Thank You!」

 女の子は上機嫌で部屋へ入ってきた。思えばこれが過ちの始まりだった。ここで追い返せば今後のいらぬ苦労など無かった事だろう。

 ポタ、ポタ。ベルナデットから雨が滴る音だった。タオルを貸してやる。

「なんでこんな日にわざわざやって来るんだよ!」

「天界を出立してから地上に着いたのが今日なんだ。善は急げと訪れたのさ! …くしゅん!」

 ずぶ濡れの神の使いとやらに、ありがたそうな雰囲気など感じられなかった。

 ベルナデットは全身をタオルで乾かした。

「トモヒロ。トモヒロは神に選ばれたんだ!」

「なんの神様?」

「天地の創造主。全能の父なる神」

「それって、どれだけすごいの?」

「光あれ! の一言で世界が生まれちゃうくらいにすごい存在なんだヨ!」

「へー、スゴーイ」

 僕の言葉に感情など無かった。ただ何となくそう返しただけだった。

「トモヒロ、さては信じていないな?」

「信じないといえば、さっき僕が大変なことになると言っていたよな。あれってどういう事?」

「それは…」

 ベルナデットは言い澱んだ。

 カッ!ゴロゴロゴロ…。

 先程より近い場所から雷鳴が聴こえた。

 それは不吉さを感じさせるには十分だった。

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