ネモフィラとアルメリア_4

 ネモフィラは再び隣の都市にやってきた。広場に集まっていた避難民の姿は、もうほとんどいなかった。

 明るいときに来ると、見慣れた景色という感じがしていた。彼女はこの街にはよく訪れることがあった。薬を買ってくれるお客のところへ、たびたび届けに行っていたからだった。彼女にとっては自分の住む都市と、この隣の都市が彼女にとって世界の全てだった。これかからどうしたらよいものか、考えが浮かばなかった。が、無意識にある所へ向かっていた。薬をよく届けていたところで、気さくな老夫婦の住んでいる家だった。そこは町医者の診察所でもあった。

 彼女が訪れると、彼らは快く迎えてくれた。それから彼女が訳を話すと、夜は泊っていきなさいと言ってくれた。

 その晩もネモは一向に寝付けないでいた。そう言えば、避難していたときも寝ていなかった。かといって眠気があるわけでもなく、慣れない環境のせいかと思っていた。ただ、身体の方はすっかり歩き疲れていた。ベッドの上で横になったまま、一晩中考えていた。これからどうしようか。何故かはわからないが、旅に出ようという考えが浮かんだ。それでどうなるのか、どこへ向かうのか?はっきりとあるわけではなかった。

 空が明るくなりはじめるころには決意を固めていた。


「しばらく、ここで過ごしても、私たちは構わないんだよ」

 ネモフィラは朝食のときに話をすると、老夫婦はそう言葉をかけてくれた。

「ありがとう。でも、なんだか旅に出た方が良いような、そんな気がするんです」

 彼女はそれだけ答えた。

「そうか、何かあればいつでもここへ戻ってくるといいよ」

 そして、ネモは荷物をまとめると出発した。

 彼女は、旅を始めて早々にぞっとするような光景に出くわすとは思ってもみなかった。道端に人が二人、倒れていた。一人は仰向けに倒れていて、胸と口から血を流していた。息をしていないのは彼女でも分った。もう一人は腕を抱えてうずくまっていて、こちらはまだ息をしている様子だった。そのとき彼女は知る由もないが、この二人は刺客にやられたヒヤシンスとアルメリアだった。

 まだ、生きていると気づいて、彼女は傍に近寄った。

 彼女は思わずハッとした。その顔は図書館で出会った青年に似ていると思ったのだ。しかし今は、怪我の手当てをしてあげなければという思いの方が強かった。

「あんたは?」

 ネモが傍にいることに気づいたはアルは、弱々しく言った。

「通りがかっただけよ」

 それから相手の怪我の具合を見ようとした。だが、彼女は薬屋の娘であって、医者の娘というわけではなかった。それでも、なにか自分にできることがあるのではないかと、彼女は考えたのだった。

 まさかと思った。ネモが相手の腕に触れたときだった。相手はもちろんのこと、彼女自身も驚いた。手を触れただけで、怪我が治ってしまったのだ。もっとも、傷跡は残っていたが。

 そして、彼女はこれがきっとお爺様から渡された石の力ではないかというを、おぼろげながら感じていた。

「君は、魔法でも使えるのか?」

「いいえ、違うわ」彼女はぎこちなく答えた。

 アルはすこし目眩を感じながらも、やっと起き上がった。「それじゃ、石の力かな?」

「なんで分かるの?」

「いや、こういう芸当をできるのは、異能者の石を持ってる人じゃないかと思ってね」

「異能の石のことを知ってるの?」

「まあ、そういうのがあるってことくらいは」

 そして、アルの方も、目の前の女性が見覚えのある少女だということに気が付いた。

 ともかく彼女は、自分自身の行なった目の前のことに戸惑っている。ということが、アルには読み取れた。とはいえ、彼女の表情を見れば、心が読めなくても想像は容易だった。

 それから、彼は倒れているヤンのところに向かった。ヤンは仰向けに倒れて、目は見開いて空を見ていた。その目に生気は感じられなった。アルは傍にひざまずくと、一言声をかけて肩をゆすってみた。まったく反応はなかった。

「彼は、死んでるの?」後ろから恐る恐るネモが近づいた。

「ああ、そうみたいだ」

 ヤンの身体のぬくもりは失われつつあるのがわかった。

「なあ?」アルは振り向いて彼女に尋ねた。「死者を生き返らせることができるか、やってみてくれよ」

 彼女はなにも言わず、恐る恐る近づいて倒れたままのヤンの胸に触れてみた。しかし、何も起きなかった。

「だめみたい」

 アルはなにも言わず、ただ小さく肩をすくめてみせるだけだった。

 しばらく二人は、倒れたままのヤンを呆然と眺めていたが、アルの方から言いだした。

「道の真ん中に放っておくのもあれだ」

 それから彼は、ヤンの亡骸を道の端へ引っ張って移動させた。道具でもあれば、穴を掘って埋めてやりたいとこだと考えたが、さすがにそこまでの義理は感じていなかった。それでも、道の横へ移動させたあと、上着を脱がせて亡骸の上に被せてやった。せめてもの死者への弔いのつもりだった。

 一方の彼女は、それを目の前に手を合わせて短く祈った。

「何をしてるんだ?」

「彼の魂に神の救いがあるように」

 アルはそれを聞いて鼻で笑った。「神はとっくの昔に俺たちを見限ったんだぜ」

「そうかしら」彼女は静かな口調だった。「神話ではそういうことになってるけど、いずれ戻ってくると思うわ。そう思う人たちも多いし。だから教会が存在するのよ」

 アルメリアとして宮殿にいたときはもちろん、慣習的な行いはこなしていたが、懐疑的な思いは幼いときあったのだった。

「そういうふうに思っておきたい。って、だけだろう?」

「分からないわ」

「まあ、いいさ」

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