カモミールとライラック_1

 カムは時折、追手が来てはいなかと、後ろを確かめながら進んでいた。しばらく歩いていると、道の先でこちらへ向かってくる人影に気づいた。

 彼の警戒心が高まった。まだ、その姿は遠くにあって、詳しいことはわからないが三人いるのは見てとれた。

「まさか追手じゃあるまい…」思わずつぶやいた。「方向が逆だからな。いや、もしかすると先回りされたのかもしれない」

 可能性は低いと思ったが、彼は用心することにした。今一度後ろも確認してから、周囲をうかがった。程よい高さに茂った灌木をみつけると、構わず飛び込んで身をひそめた。

 息をひそめて、待ち構えていると人影はすぐ近くまでやってきた。

 どうやら二人組の賊と、そいつらに追い回されている奴といった感じに見受けられた。追われてるらしいその人物はどうにも疲労困憊の感が顔にあらわれていた。

 ちょうどカムの潜んでいる灌木の近くで、追われてる人物は向き直って賊と対峙した。

「なんだよ、お前ら!どこまでついてくるつもりだ!」

 カムはその声を聞いて、追われている人物が女であることに初めて気が付いた。

「金銭が目的なら、ほら」

 彼女はそれから、数枚の銀貨を彼らの足元に投げつけた。

 突然の、自暴自棄とも思えるような行動に、賊の方も少々驚いた様子だった。

「まあ、金目のモノだけでもいいかと思ったがな」

「あんたが女だと分かったから、みすみす逃がすのももたいねぇと思ってね」

 二人組の賊はいやらしい笑みを浮かべていた。一方の女の方は、ひきつった表情を見せていた。

 そうしているうちに賊は湾曲した山刀、もう一人は小型だが大口径の単発銃を取り出してみせた。

「抵抗しなきゃ、殺しはしねぇさ」

 成り行きを観察していたカムは「ははぁ、これは、ほっとくわけにはいかなさそうだな」と、思わず小さい声でつぶやいた。

 彼は仕事に関わらずいくつかの信条を持っていた。窮地にいる人がいたら手を差し伸べること。それが女性ならなおさらというものだった。見方によっては女に弱いとも言うのかもしれなかった。もちろん全ての場合にというわけではなかったが、目の前の状況には出ていくべきだという考えの方が強かった。

 ホルスターから素早くリボルバーを取り出し、茂みから飛び出すと、賊と女の間に割って入った。

「お二人さん、そんな口説き文句じゃあ、このお嬢さんはがっかりさせられるだろうね」

 二人の賊は唐突なことに飛びのいた。

「なんだ!き、貴様何者だ!」

「そんなことより、あんた方はその首に賞金がかかってるか?それとも出し惜しみされるくらいの雑魚か?」

 カムは銃を向けたまま、わざと挑発するような言い方をした。

「なんだと!この野郎」

 山刀を持っている方は振り回して向かったが、次の瞬間には刀を取り落とした。手から血を流してうめき声をあげた。カムの手にしていたリボルバーからは硝煙が漂っていた。もう一人は慌てながら銃を狙って構えた。が、銃を構えた賊の手は少々震えていて狙いが定まらぬ様子だった。それに、一つ一つの動作もカムと比べて圧倒的遅さだった。次の一撃で賊の拳銃も弾き飛ばされていた。

「次は頭か?それとも腹がいいか?」

 カムはそう言ってリボルバーの再び撃鉄を起こし、狙いを定めた。

 彼女は目の前の一瞬の出来事に戸惑っていた。ただ、黙って成り行きを見ているだけだった。

 手を挙げて賊は情けないような声を出した。「わ、わかった、女はくれてやる。頼む、命は、命だけは勘弁してくれ」

「じゃあ、とっとと失せな!」

 賊は怪我した腕を抱えながら、一目散に逃げて行った。

「あ、ありがとう」彼女はいまだに目の前の状況に呆然としている感じだった。

「なんてことはないさ」

「でも、なにもあんな怪我までさせなくても…」

 だが、カムは肩をすくめて、しょうがないだろう?といった表情をした。そして、淡々とした口調で答えた。「まあ、このくらいのことなら覚悟の上だろう。そもそも都市の外は無法地帯、気を付けないと命だって危ない。君だって、危険な目に会うのはこれが最初じゃないだろう?」

「私はいつも回避してきた」

「回避?」

 カムはその言葉の意味をすぐに理解しかねた。

「女だからってバカにしないでよ!」

「いや、そういうつもりじゃないんだが」

「ごめんなさい。ちょっと強く言いすぎちゃった」

 そこで彼女は大きくため息をついた。

「こっちだってため息つきたいねぇ。おっと忘れものだ」

 賊が落としていった銃を拾って確かめた。

「いいね。まだ使えそうだ」

 銃を検分するとそのままカバンにしまった。

「くすねる気なの?」

「売れば金になるのさ」

「やだ、盗人みたいなことして」

「ちょっと金にシビアなだけさ」それからカムはまた、しゃがみこむと何か拾い上げた。「これは君のだろ」

 先ほどライラックが賊に投げつけた銀貨だった。

「あ、ありがと」

「さてさて、どっかで少し休憩でもしたいとこだ」

「そうね」

 二人はゆっくり歩きだした。

「俺の名はカモミール。みんなしてカムって呼んでる。君は?なんて名前だい」

「私はライラック、たいていはララって呼ぶわ」

「素敵な名前だな。これで、出会いがどこか都市の街角だったらよかったに」

「変なこと聞くんだけど、もしかして、あなたも能力者?あんな早撃ち、人間業と思えないわ」ライラックは唐突に彼に聞いた。

「ノウリョクシャ?なんだそれは?」カムは一瞬考え込んだ。「ああ、あれか、聞いたことはある。石がどうとかで超能力かなんか持ってる人がいるってやつだろ。俺は違うよ。早撃ちと射撃の腕なら実力者だ」

 彼はちょっとしたジョークを言ったつもりだったが、彼女は聞いていない様子だった。

「なんだ、違うのね」

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