カモミールとライラック_2

 カムは彼女はずっとこちらの顔を気にしながら話をしていると思った。いや、違うな。俺の口元を見てる。それから試しに、口元を手で隠してしゃべってみた。それで、彼女はどうもすこし戸惑っている様子だった。

「どうだ?おーい。分らないか」

 一つ試してみることにした。

「この、××ったれ」

 思いきって罵りの言葉を口にしてみたが、彼女は変わらぬ様子だった。

「ちょっと、どうしたのよ、口に手を当てたりして」彼女は口元の彼の手をつかもうとした。

 カムは仕方がないく、手をどけて「もしかして耳、聞こえないのか?」と言ってやった。

 その一言に彼女はギクッとした表情をした。

「なんなの?それがどうしたっていうの、あ、あなたかまかけたわね!」

「べつに。でも、すごいじゃないか。口の動きだけで分るの?」カムは自分の口元を指さした。

「ま、まあそうね。でも昔はちゃんと聞こえてたわ。この石のせいよ」

 彼女はわざわざ取り出して見せた。

「じゃあ、君はほんとに能力者ってわけなのかい?」

「そうよ。でも細かいことはどーでもよくて」

 彼女はどうもカムのやり方に拗ねてしまったようだ。

「それより、ライラック、君はこっちの方向でいいのかい?」

「なにが?」

「いや、来た道を戻ってるからさ」

「いいのよ、さっきの二人組のせいで進みたい方向と逆に歩いてたから」

「そう、」

 カムの頭の中にちょっとした警告が表れた。この女、刺客ではなかろうか?それでも、片手で数えられるほどとはいえ、都市で賞金を懸けられているのだ。身の安全を考える必要があった。おおよそ、都市の中での話ではあるが。都市の外では誰であっても危険の多い場所だ。刺客だって、たいていは都市の中か、近くで仕事を片付けようとするのが普通だった。ただ、職業柄恨まれることも多々あるわけで。事実、過去には都市の外で狙われたこともあった。それに能力者だと自ら明かした。ほんとかどうかは別として、どんな能力を持ってるかわかったものじゃない。彼はそんなんことを思った。

 彼はこういったとき、人を試す一つの方法を持っていた。手持ちの食糧や飲み物を共有するのである。刺客なら相当警戒するはずだった。そして、それを試すにはちょうどいいものを持っていた。

 カムは思案しながらカバンを漁った。それは、ある遊牧民から買った代物で、名前は忘れた。なんでもヤクだか羊だかから搾った乳から作るものらしい。平たく言えば、一口大の乾燥させたチーズといった代物だった。だが一つ特徴を上げるとすると、恐ろしく固いことだ。無理に噛めば歯が割れそうだった。それに小一時間口に含んで転がしていても、溶ける気配がない。旅の道中、ひたすら歩いているとき、空腹を紛らわすにはちょうどいいおやつだった。それと、どうも人を選ぶ味らしかった。それに見た目もお世辞にはいいとはいえない。これまで何人かに勧めてみたが、たいがいはそれとなく遠慮された。ちなみにカム自身は気に入ってた。だからこうして、大事に持ち歩いていた。

「これ、食ってみるか?」

「なにこれ?」

 彼女は差し出されたものを受け取った。

「まあ、平たく言うと乾燥チーズだな。固いから無理に噛むなよ」

 彼が言ってる間にも、彼女は口に放り込んでいた。あまりの行動の早さにあっけにとられていたが、直後に彼女は「うぇっ!」と言って口から出した。「なにこれ!?こんな味のものよく食べれるわね」

 あまりのリアクションにカムは笑い出してしまった。

「あんた私のことバカにしてるの!さすがに怒るわよ」

「すまんすまん、これを人に勧めて、そんな風に言われるのは初めてだったから」

「どこで手に入れたのこんなもの」

「ある遊牧民から買ったんだ。俺はこの味を気に入ってるんだけどな。でも人に勧めて、ためらうことなく口に入れたのは君が初めてだ」

「あら、そうなの?じゃあ、次からは気を付けることにするわ」それから彼女はそっぽを向いたかと思うと、来た方向の景色をジッとにらんだ。「それより、もしかして、あなたのこと誰か追いかけてるのかしら?」

「は?」

 緩んだ彼の警戒心が再び高まった。彼女と一歩間を広げると無意識にリボルバーに手をかけた。

「なんで知ってる」

「私の能力よ。あなたの名前を口にしてる人が近づいてるイメージが見えたの」

「なんだって!」ライラックが刺客かどうかなんてどうでもいい。追手が来ているとしたら一大事だった。

 カムはライラックに聞き返した。

「どんな顔かわかるか?」

「そ、そんなこと言われても…男よ。馬に乗ってる」

「そうか」

 カムはカバンから紙切れと鉛筆を取り出すとなにやら描き始めた。「こんな顔か?」そう言って紙切れを突き出した。

「そうね、そっくり。あなた絵が上手ね」

「のんきなこと言ってる場合じゃない。つまり、そいつは裏切り者ってわけだ」

「どういうこと?」

 ライラックは、状況がよくわからないといった感じだった。

「俺は賞金稼ぎだからね。場所によっちゃ俺が賞金首だぜ」

「何言ってるの?」

「俺はそいつに殺されるかも」

 彼はリボルバーをホルスターから抜いた。「さっきの貸しを返してもらえるかな」

「何をする気?」

「さっき相手は馬に乗っているといったな」

「ええ」

「じゃあ、逃げるのはまず無理だ。待ち伏せするんだ。ライラック、君はそのまま歩いて行って、やつが追いついたら気を引くんだ」

「どうやって?」

「なんだっていい、困ってる顔でも見せてやれ。そうして、奴が馬から降りたら俺が背後に忍び寄る」

「それから?」

「場合によっちゃ、ズドン!」銃を持っていない方の手でジェスチャーをしてみせた。「一発かますだけだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る