引きこもりのお姫様
「大丈夫?顔色が悪いようだけど・・・」
「だ、大丈夫です」
挨拶の後、王子様に心配されてしまったが、その理由は貴方ですとは言えず、引き攣りそうになる頬を必死で笑みに変えるしかない。
分かってはいたけど、こうもあからさまな視線を向けられるとは・・・・・・。
ここに来るまでのことを思い出して、更に表情が固くなりそうになるのを何とか耐えながら、内心ため息を吐く。
やはりと言うべきか、普段から王子の側近として城を出入りする兄様と違い、見覚えのない令嬢が兄様と親しげに一緒にいる姿に、あれは誰だ、どこの娘だ、と言う声があちらこちらから聞こえた。更には値踏みするような好奇心を隠さない視線に、疲れない方がおかしい。
「・・・・・・うるさい、虫がいるな」
「兄様、誰が聞いてるか分かりませんよ」
「放っておけばいい、どうせ邪魔にしかならない害虫どもだ」
「兄様・・・・・・」
だけどそれ以上に、隣を歩く兄様の纏う空気が次第に不穏なものになるので、それが私の緊張感を高めた原因だ。
いつ爆発するのではないか分からない兄様の機嫌と私に向けられる囁き声に、王子の元に辿り次ぐ前にはかなり気力が消費していた。
「・・・・・・着いたぞ」
「ここ、ですか?」
「あぁ」
今にも魔法を発動させてしまいそうな兄様を落ち着かせながら、兄様にエスコートされて城の中を進み案内されたのは、どうやらカノン王子の執務室のようで、私も入ってもいいのかと思ったが、慣れている兄様は問題ないとあっさりと扉を開いてしまった。
「入ります、王子」
「に、兄様っ」
心の準備が整う間もなく王子の前に放り出されてしまい、緊張でガチガチになってしまったのだか、前に会った時と変わらない態度で接してくれる王子の心の広さに感謝するしかない。
そこから一先ず座って欲しい、といつの間にか整えられていたお茶の席に案内された。すると直ぐに控えていた侍女が完璧な所作でお茶を入れてくれるので、流石は王家の侍女だなと感心する。
「ありがとうございます」
ふわりと香る慣れた匂いにほっとしながら、カップへと手を伸ばせばどこか驚いた視線を向ける侍女に何か間違ってしまっただろうか?と内心首を傾げたが、すぐににこりと微笑まれたので何かしてしまったわけではないらしい。念の為に兄様にも視線を向けたがら気にするな、というように頷かれたので大丈夫なのだろう。
そうして出されたお茶を飲みふーー・・・と息を吐き出せば、ようやく少し体から力が抜けた。
「少し落ち着いたかな?」
「す、すみません・・・・・・色々と慣れていないもので・・・・・・」
「気にしないで。私も急な頼みをしてしまったから」
ここには自分たちしかいないので楽にして欲しいと言われたが、王族の前でそれはなかなか難しいと思います・・・・・・。
そう思いながらも、本題に入ろうと私は王子に視線を向けた。
「あの、それでエリザベート様は・・・・・・」
元々姫様に会いに来て欲しい、というお願いだったのでエリザベート様もカノン王子と一緒にいるのだと思っていたのだが、通された部屋には姿がない。
後から来るのだろうかと思い待っていたが、私と兄様、カノン王子の護衛なのだろうアルベール様しか部屋を見渡しても見つけられないので、今日の目的である姫様はどこにいらっしゃるのかと思う。
そんな私にカップを置いたカノン王子が申し訳なさそうな顔をする。
「カノン王子・・・?」
「姫様は、相変わらずか」
「うん、何度か呼んでみたんだけどね」
「ずーーっと黙りだ」
私を置いて交わされる会話にどういう事なのかと疑問符を飛ばしていれば、こちらだとアルベール様を先頭に別の部屋へと案内された。
まだ姫様に会っていないのに、どこに行くのだろうかと困惑しながらもついて行けば、不安そうな顔をしていたのか兄様がそっと寄り添ってくれた。
「あの、兄様・・・・・・」
「姫様は、人と会うのが苦手なんだ」
「えっ、と、つまり私と同じ・・・・・・?」
「いや・・・・・・そうではない」
そこで初めて兄様がエリザベート様について話してくれた。
元々人見知りの大人しい人だったのだが、少し前に行われたお茶会でそれが更に顕著になってきたらしい。
「妹は、私とは少し違う容姿をしていてね。本人もそれを気にしているんだ」
以前カノン王子が言われていたように、姫様も自分の容姿を気にされているそうで、その事をお茶会の時に言った令嬢がいたそうだ。それにより更に人と会うのが嫌になり、最近ではほとんどの時間を部屋で過ごしている、と。
そんな姫様を心配してカノン王子は私にお願いをしてきたのだと理解した。私ならほかの令嬢とも関わりがないし、王子がよく知るエドワードの妹であり、カノン王子の見た目にも特に反応が無かったので大丈夫だろうという判断らしい。
「どんな方なんですか?」
「優しく、穏やかな方だ。ただ人の気持ちを少々敏感に察し過ぎるところがあるが」
そのせいで余計に傷ついているのだと兄様は言う。きっと私のような引きこもりの妹を持つ兄様も、同じ兄として姫様のことを心配しているのだろう。
「着いたぞ」
そうして辿り着いたのは、姫様の部屋の前だ。
護衛の兵を下がらせた王子は、コンコンと扉を叩き中へと呼びかけている。
「エリー、お客様を連れて来たよ」
「この前話した、絵本を作った子だよ」
「エリーも食べたいと言っていたお菓子も持ってきてくれたんだよ」
「私たちと一緒に食べないかい?」
そう何度も王子は話し掛けているが、中から反応はない。
色々と懸命に話しかける王子は姫様が興味を持って扉を開けてくれるのを待っているのが分かるが、その言葉が届いているはずなのに開く気配はない。
全く反応がない扉に、次第に王子の声の勢いが無くなってくるのが分かり、気付いたら口を開いていた。
多分しゅんと少しずつ小さくなっていく背中に、庇護欲が湧いてしまったからだろう。
「あのっ!エリザベート様は甘いものはお好きですか?!」
「アイリーン・・・」
「私っ、お菓子を作るのが好きなんです!それで、そのっ、エリザベート様にも私の作ったお菓子を食べて欲しいと思いまして・・・!」
持ってきたカゴから、姫様に渡す予定のドーナッツを取り出して扉の前に立つ。
横から驚いた視線が向けられるのを感じるが、今は姫様の方が優先だろう。
「エリザベート様は、どんなお菓子が好きですか」
「今日持ってきたお菓子は、まだ市井には出回っていない新しいお菓子なんですよ」
「油で揚げたふわふわの生地に、甘いチョコレートをたっぷりと纏わして、果物を飾っているんです」
「最近手に入った食べられるお花も使っていて見た目もとても可愛いんですよ」
「まだカノン王子も食べたことの無いお菓子なので、エリザベート様と一緒に食べたいと思いましてお持ちしました」
「新しい絵本もお持ちしましたので、よければ一緒にお話しませんか?」
出来る限り穏やかな口調で、扉の向こうで私の声を聞いている姫様が緊張しないように配慮しながら語り掛ける。
そうしてひと通り語り掛けて反応を待ったのだが、シーン・・・と静まり返った廊下にダメだったことを悟り肩を落とせば、王子が申し訳なさそうな顔を向けるのが分かる。
「アイリーン、すまない今日は・・・」
これ以上待っても姫様は出てこないだろうと諦めの空気が漂い始めた時、小さな音が耳に入る。
それに視線を向ければ、先程まで固く閉ざされていた扉が少し開けられていた。
「・・・・・・それは、どんなおかしですか・・・?」
おずおずと開いた扉の先。私よりも小さな白い手が見えたかと思うと、そっと顔を表したのは、真っ白な雪うさぎのような女の子だった。
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