いざ、お城の中へ
「ようこそ、アイリーン」
「本日はお招きありがとうございます、カノン王子」
この数年でしっかり身に馴染んだ淑女の礼をとれば、目の前に座る王子はゆったりと微笑みを浮かべて迎え入れてくれた。
正式な場ではなく、非公式だから楽にしてください、と言われたが緊張で頬が引き攣るのは見逃してほしい。
城へ行くと決まってから、すぐに両親に報告をして王子とのやり取りを伝えれば、父様は笑顔で固まり、母様はあらあら、と何故か嬉しそうに瞳を輝かせていた。
「ど、どうしてアーシャとカノン王子が・・・?」
「先日お茶会に参加していただいた時に、少しお話を」
「お茶会?!話?!」
「まぁまぁ、貴方落ち着いて」
「これが落ち着いていられるか?!エドワード!エドワードはどこだ?!」
「兄様ならお城ですよ」
めずらしく声を荒らげる父様を母様がまぁまぁと宥めるのを聞きながら、兄様は何も悪くないのだから怒らないでくださいね、と伝えておく。
今回の事だって、兄様に落ち度はないし、城に行くと決めたのは私の意思なのだから。
そう言えば父様は少し落ち着いたのか、難しい顔をしていたが何とか納得してくれた。
「・・・・・・本当に、本当にアーシャの意思なんだね?」
「はい。カノン王子から招待は受けましたが、あくまでもお願いですから。それに私も姫様に一度くらいはお会いしてみたいですし」
なんなら城の中を見てみたいというのが、本音だ。絵本の資料になるかもしれないしね。
「・・・・・・・・・・・・そうか。それなら私は止めはしない」
「うふふ、カノン王子は見る目があるわねぇ」
何色のドレスがいいかしら?なんて既にウキウキとしている母様には悪いが、今回会いに行くのはそういう目的ではないし、そんな気は私にはありません。あくまで今回は姫様に会うのが目的なのだから。
詳しい話をしようと父様から言われたが、兄様は私からの返事を伝えるために留守にしていたので、それからのことは兄様が帰ってきてから話そうなり、一先ずこの話は終わった。
そして一人になった私は城へ行くための準備に取り掛かっていた。
「ねぇ、リリア」
「はい」
「リリアはお城へ行ったことはある?」
「私はお嬢様付きですので・・・・・・」
「・・・・・・そう」
リリアなら城のことを知っているかと思ったが、私付ということは私が行っていなければ知らないも同然だということをなぜ直ぐに思い付かなかったのか。
他の侍女も同じだろうし、これでは何を用意しどう振る舞えばいいのか分からない。
これならもう少し社交をしっかり学んでおけばよかった、と思ったがもう遅い。
せいぜい失礼がないように振る舞うのが限界だろう。優雅さや余裕なんてものは程遠い。
それなら私が出来ることなんて限られている。
「この前のお茶会、カノン王子は何を好まれていたかしら・・・・・・」
うーん、とこの前の様子を思い出してみるがどれも美味しそうに召し上がっていて、これといったものはなさそうだったし、ハッキリとした好みが分からない。
準備、といっても私がする事は持って行くお菓子を用意するくらいなのだが姫様の好みはまだ知らないので、何がいいかと悩んでしまう。
「お嬢様の好きな物を作ってはどうですか?」
「私の好きな物?」
「はい。お嬢様のお菓子はどれも美味しいですが、お嬢様が一番だと思うものを作れば間違いないかと思います」
それにそちらの方が、喜ばれると思いますよ。
そうリリアに言われたので、それならと私の好きなドーナッツにしようと決めて料理長にお願いしに向かった。
「見た目も可愛くしたいのだけど、出来るかしら?」
「はい、新しい食材も入りましたので問題ないと思います」
料理長とも相談してドーナッツは少し改良し、見た目も可愛らしくピンクや白のチョコレートやお花の砂糖着けや果物などで飾り付けてみた。
「まぁ、とても素敵ですね」
「わぁ、かわいいです・・・っ!」
「大きさも少し小さくしてみたのよ」
試作品をリリアとジャンヌに見せれば頬を赤くして可愛いと褒めてくれたので、見た目は大丈夫だろう。
小さくしたのは、私よりも二つ下の姫様が食べやすいようにと配慮してだ。私なら人前でなければかぶっとかぶりつく事も気にしないが、本物のお姫様ならそんな真似も出来ないだろうから。普段どんなお菓子を食べているのかは分からないが、色鮮やかなこれならきっと姫様も喜んでく食べてくれるのではないかと信じて私はそれを一つ口に運んだ。
「残りはみんなで食べてね」
「ありがとうございます、お嬢様!」
そして残ったドーナッツは綺麗に侍女たちのおやつとしてお腹の中へと消えた。
渡した瞬間凄い喜ばれたので、私としても嬉しかった。
そして返事を持って帰ってきた兄様と両親を混じえて話をして、三日後に登城することが決まった。その時も出掛けた時と同じように兄様は不機嫌な顔をしていたけど。
「これも素敵ねぇ、でもやはりこちらの方がいいかしら?」
「奥様、こちらはどうでしょうか?」
「そうね、それもアーシャに似合うわね!」
「そのドレスですと髪飾りはこちらがお似合いかと」
「髪型はどうします?お嬢様」
「・・・・・・任せるわ」
城に向かうまで母様はずっとニコニコとご機嫌で私の着るドレスを選んでいたし、それはリリアやジャンヌも同じで、私はずっと着せ替え人形状態だった。代わりに父様と兄様の機嫌がどんどん下がっていたので、その後始末をするクロイツには申し訳なかった。
「本当に可愛いわぁ、お姫様みたいよアーシャ」
「はい、奥様の言う通り本当に可愛らしいですお嬢様!」
「よくお似合いです!」
「・・・・・・ありがとう」
色々とあれやこれやと着せ替えられた結果、選ばれたのはラベンダー色のドレスだった。胸元と裾には銀糸で刺繍があしらわれ、ふんわりと広がった姫袖には重ねられたフリルが見え隠れし、初めてそれを見た時にはお姫様が着るに相応しいドレスに私なんには不釣り合いな気がしたが、母様たちに絶対似合う!と言われたら大人しく袖を通すしかない。ドレスと同色のリボンでハーフアップした髪を飾れば準備は完成だ。
姿見で自分の格好を確認して、いつもより派手な装いに顔が浮いてないかと心配になるが、城に行くのだからあまり地味過ぎてもダメだろうと、自分を納得させて用意しておいたカゴを手に取った。中には新しい絵本やお菓子を詰めており、姫様たちに渡す予定だ。
部屋の外で待っていてくれた兄様に声を掛ければ、すぐに中に入ってくる。
「兄様、どうでしょう?」
「・・・・・・・・・・・・」
「兄様?」
私を見たまま反応のない兄様に、どうでしょうか?ともう一度問いかければ、溜めに溜めた声が聞こえる。
「よっっく似合ってる・・・っ!!」
「おかしくないですか?」
「全然!むしろこのまま部屋から出したくないほどだ!!」
力説する兄様はシスコン全開の発言だが、それはやはり兄様の贔屓目だろう。
一人で真剣に悩む兄様の姿に苦笑しながら、そろそろ行かなければ約束の時間に遅れてしまうので母様たちに挨拶をして部屋を出た。
「いいか、アイリーン。誰かに嫌なことを言われたらすぐに報告するんだぞ!」
「大丈夫ですよ、兄様」
「知らない人にはついて行かないこと。知っているやつに誘われてもダメだからな!絶対俺から離れないこと!!」
「わかってます」
お城に向かう馬車の中で何度も繰り返す兄様に頷くが、兄様の顔はまだ納得していない様子だった。
城が近づくにつれて、少しずつ緊張する自分を落ち着かせるように大きく深呼吸したが、あまり意味は無くて王子様にお会いするまで倒れないかと変な心配が浮かび上がった。
「アイリーン、大丈夫か?無理なら帰ってもいいんだぞ?」
「だ、大丈夫です・・・」
きっと傍目にも顔色が悪いのだろう私を心配する兄様に、大丈夫だからと返して差し出された手をそっととった。
そうして兄様にエスコートされ向かった王城で、私は改めてカノン王子と対面していた。
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