新しい出会い2

「こんにちは、アイリーン」

「こんにちは、リヒト」

温室にようこそ、と笑いかければすぐに笑顔を見せてくれる。

前髪で遮ることのなくなったリヒトの顔は、以前よりも表情がわかりやすくなったと思う。


あれからリヒトは我が家を頻繁に訪れるようになった。

最初の頃は婚約者候補として、親しくなるために親同士が結託しているのかと思っていたが、そうではないと知ったのはすぐのことだった。

むしろその時にはじめて私と両親の間で認識のズレがあることに気づいたのだけど。

「・・・・・・まさかリヒトが私の護衛騎士だなんてねぇ」

ぼそっと呟いた声に、どうかした?と言いたげな視線を向けてくるリヒトなんでもないと誤魔化して、私は彼の為に増やしたカップを手に取った。


そもそも何も教えてくれなかった父様が原因なのだけど、もっとそういうことはきちんと話して欲しい。


会わせたい相手がいるというから、そういう話だと思うだろう、普通は。

しかし実際はそうではなく、リヒトは私の護衛騎士として、また従者候補として連れてこられたのだと。

そもそも護衛って・・・・・・と思うのだが過保護な両親は星の守り人なんていう少々変わった体質を持った娘を護るために、色々と考えていたらしい。

そして友人でもあるコーデン男爵に誰かいないかと相談した結果、リヒトに白羽の矢が立ったのだ。

「俺は元々そのつもりでしたよ?父からもそう言われてましたし」

むしろ知らなかったんですか?とリヒトには聞かれてしまったが、初対面の相手に対してそう思う方が稀ではないかと言いたい。


護衛騎士なんてものは、所詮高位貴族、もしくは王族につくもので私なんかにそんな話が出てくるなんて考えたことがなかったのだから。


それに専属の護衛騎士を雇うにしても、まだリヒトは若い。男爵家の三男で跡継ぎではないにしても、彼を欲しがるところはきっとたくさんあるはずだ。

それに彼にだって夢や将来の展望があるかもしれないのだから、一方的に決めるのではなく自分の意思でしっかりと考えて欲しい。

だからこそ私なんかの護衛騎士になることを今すぐに決めるのは酷ではないか、と思い両親に考え直すことを伝えた結果、しばらくは見習いとして研修期間を設けることになった。


その間にリヒトにもしっかり考えてもらおう。きっと私なんかの護衛よりも、もっとやりたいことがあるはずだから。


しかしリヒトはすでに私の専属になる事を決めてしまったようで、私がいくらもっと考えた方がいいと言っても返事は同じだった。

そのせいか敬語で話そうとするので、二人でいる時くらいやめて欲しいと言って納得させるのが大変だった。

「俺は騎士ですよ?」

「リヒトはリヒトはでしょ?」

まだ正式には決まっていないもの。

それにリヒトは歳が近いこともあって、護衛騎士と言うよりは友人のような感覚で私は接しているから、彼にもそうして欲しいのだ。

敬語で話すなんて、なんか距離があって寂しいし。

「だって、やっと出来たお友達なのよ?リヒトは」

「・・・・・・友達、なんですか俺は」

「えぇ、そうよ。・・・・・・え、そうじゃないの?」

婚約者では無いと聞いてから、そう思ってたのに違うの?と逆に問いかければ、なぜかリヒトに頭を撫でられた。

え、何、なんなのその反応??

「お嬢様は気にしないでください」

「またお嬢様って言う」

「失礼、アイリーン」

そんなやり取りも当たり前になり、リヒトは私にとって大切なお友達になった。

そしてこれはあとから両親に聞いた話なのだが、リヒトのお父様コーデン男爵は母親を亡くし以前より塞ぎ込むようになった息子を心配して、少しでも気分転換になればと彼なりに息子のことを案じた結果私の騎士をすることを勧め、連れてきたそうだ。

勿論騎士に選ばれたらいいとは思っていたが、それがダメでも少し前向きになれたら、というのが一番の思いだったのだと。だから笑い合う私とリヒトを見て心底安堵したそうだ。

「あいつはそういうの不器用で本人には言えない奴なんだ。だから、私が話したことは内緒だよ?」

「うん!!」

それを聞かされた時、コーデン男爵はコーデン男爵にリヒトのことを気にかけているのだとわかり、よかったと安心した。


きちんとリヒトのことを思う人がいると知れて。


それからリヒトと過ごす時間はどんどん増えていった。

もちろん、リヒトが我が家に来る理由はただ遊びに来る為ではなく、私の身の回りのことを知る為でもあり、我が家で必要な知識を学ぶ為でもある。

私が将来領地にひっこみのんびり田舎暮らしをするつもりだから騎士は不要になる、それに私と一緒にいれば田舎生活をあなたも送ることになるのだから考え直すべきと諭せば


「それなら余計に俺が頑張らないとですね」


なんてにこやか笑顔で言われてしまい、今では我が家の領地のことまで学んでいる。


いや、そうじゃなくて・・・・・・。


こんなイケメンを領地に引っ込めてしまえば、王都に住む令嬢たちから顰蹙を買うのではないかと思うが、楽しそうなリヒトを見るとダメとは言えない。

もちろん私だってきちんと勉強しているし、将来の領地代行として知識で負けるつもりは無いのだけど。

それにリヒトと過ごす時間は、私も楽しい。

ジャンヌを混じえて、三人で私が作った絵本を読むこともあるし、二人から感想を聞いて私では気づかなかった事を教えてくれるので、とても助かっている。

「リヒトは勉強も出来るのね」

「一人ですることもなかったので」

スラスラと外国語もマスターするリヒトに感心すれば、鍛錬の時間以外はひたすら部屋に篭もり勉強をしていたのだと、本人は悲しかった事を気にした様子もなく話すので彼の中で何か吹っ切れたのだろう。

「お嬢様、お嬢様。私も、私も出来ました」

「あら、本当。ジャンヌも前より文字が上手になったわね」

「お嬢様のおかげです」

「ここ、間違えてるけどね」

「っ!わかってます!!」

「ふふふっ、二人は仲良しねぇ」

更にリヒトがいてくれると、ジャンヌの向上心がアップするようなので、いい関係が築けている。

リヒトは教えるのも上手いしね。

「剣の鍛錬も、魔法も習っているのよね?」

「はい、お嬢様のそばにいるには必要なことですからね」

「またお嬢様って言ったわね」

「ごめん、アイリーン」

そんなに勉強や鍛錬ばかりで疲れないのかと心配になるが、リヒトは大丈夫ですよ、と笑うばかりだ。

父様や兄様にも、やり過ぎでは・・・とこっそり言ってみたが、同じような表情で流されるばかりだ。

「アイリーンが心配することではないよ」

「でも・・・・・・」

「それにアイツだって、アイツなりの意地があるから」

兄様の言葉の意味はわからなかったけど、それでもあまり私が気を使うのは余計リヒトに気を使わせてしまうから、私は私なりにリヒトを見守ろうと決めた。

リヒトが決めたことに、一々口を挟むのもよくないだろうし。

ただ時折鍛錬の相手をする兄様は、毎回口では文句を言いながらも本気でそう思っていないとわかるのでリヒトは相当強いらしい。


でも私からすれば、リヒトはにこやかな笑顔が似合う優しい子なんだよね。


向かいの席に座り、お茶の用意をしている私の手元を見つめているリヒトは全く強そうには見えない。むしろ動物と一緒に戯れてそうな爽やかな笑顔が似合うお兄さんだ。

「アイリーン、今日のお菓子はなんですか?」

「今日はドーナッツよ。それと敬語はやめて」

「ごめん、ごめん」

気を抜けばすぐに敬語で話しかけてくるリヒトに注意しながら、私はおやつに用意しておいたドーナッツを机に置いた。

昔ながらのたまごドーナッツは、見た目は地味だから母様か開く貴族のお茶会なんかに出すのには向かないだろうけど、私はお砂糖でコーティングされたシンプルなドーナッツが結構好きだ。


たまーに、このあまーいドーナッツが食べたくなる時があるのよね。


手でがぶっと食べるから、あまりお嬢様らしくないと思われるかもしれないけど・・・。

はしたないと思われるかな、と少し心配だったけどリヒトはそんな私の姿に気にした素振りはなくて、むしろ嬉しそうに齧り付いていたので、どうやらドーナッツはお気に召したらしい。

「・・・・・・美味しい?」

「うん、美味しいよ」


アイリーンが用意してくれるお菓子は見たことの無いものばかりだけど、どれもすごく美味しいよ。


「本当?」

「本当。俺がアイリーンに嘘ついたことないだろう?」

「・・・・・・うん」

そうやって私にとって嬉しいことを言ってくれるリヒトは眩しいくらいの笑顔を向けてくれるからなんだか気恥ずかしくなってくる。

うん、やっぱりイケメンの笑顔はなれないわ。

「アイリーン?」

「・・・・・・なんでもないわ。それよりももう1つどう?」

この後も訓練だからしっかり甘いものを食べてカロリーを補給しておくべきだ、とドーナッツを差し出せば笑顔が増したのでやっぱり甘いものは偉大だなと思った。


・・・・・・今度はクレープなんかどうかしら?


生地を焼いて、自分の好きな具材を巻くように果物とかクリーム、ジャムを用意すればきっとみんな喜んで食べてくれるはず。

それにクレープなら食べ歩きも出来るし、領地でも名物として広められるかも・・・・・・。

「アイリーン、アイリーン!」

「ふぁ?!」

「大丈夫?ぼうっとしてたけど」

「だ、大丈夫、大丈夫よ」

いけない、いけない、また私の悪い癖が出ちゃった・・・・・・。

考え事をすると、周りの音が聞こえなくなる癖は相変わらず治ってない。

「何か心配なことでも?」

「ううん、ただ新しいお菓子を考えてただけよ」

これは本当の事だから、そういえばリヒトはまだ少し疑っているようだったけど、一先ず納得してくれた。


・・・・・・リヒトも少し過保護なのよね。兄様程ではないけど。


私が躓いただけで直ぐに駆け寄ってくるリヒトの姿を思い出して、もう少し周りが見れるようになりたいなぁ、本当は私の方が歳上なのに・・・と思いながら、空いたカップに紅茶をいれた。

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