新しい出会い
それは前触れもなく朝食の場で父様から告げられた。
「アーシャに会わせたい子がいるんだ」
「え?」
私に会わせたい子?
それは、一体どういう意味で?
父様の言葉に首をかしげて見つめ返すが、それ以上言葉は返ってこない。
隣に座る母様を見ても、ふわりとした微笑みを向けられるだけで答えてくれる気は無さそうだ。
兄様なら何か知っているかと思ったが、残念な事にこういう時に色々と父様に聞いてくれる頼りになる兄様は朝早くから城へと出掛けてしまっている。
だけど両親の様子を見る限り、私に悪い話ではないのだろうと思う。そもそも親馬鹿な両親が会わせたいと言うくらいだから、何か問題があるわけでもないのだろうとも。
それでもこんな事は今まで初めてで、大事に育てられたと自覚のある私としては思っていたよりも早かったなぁというのが正直な感想だ。
多分、婚約者候補なんだろうな。
会わせたい子というのは。
そうであれば、シスコンの兄様がこの場にいないのも納得出来る。
兄様が聞けばまだ早い!とか言って騒ぐのが目に見えてるもの。
だから朝早くから城に行かせているのだろうな、と推測出来る。
そういう話を父様たちがいつからそれを考えていたのかは分からないけど、私の要望は伝えてあるのでそれを無視することはしないだろう。
そもそも会ってみなければ何も分からないしね。
だから今日屋敷に来るのだと言う父様の声にわかりました、と相槌を打ちながらどんな子が来るのだろうかと、想像を膨らませた。
見た目は8歳児であるが、中身はいい歳をしたおばさんとしては歳下よりも歳上のほうが、そういう関係になるのなら話しやすくていいなぁと思うのだけど、どうだろうか。
婿養子としてきてもらうのだから、田舎暮らしも苦ではないのんびりとした雰囲気の優しい子がいいなぁ、なんて昔から恋愛ごとに興味のなかった私はどこか他人事のように思いながら、父様に呼ばれるまでいつも通り過ごした。
「お嬢様、旦那様がお呼びです」
「わかったわ」
新しい絵本の下絵を描いていた手を止めて、リリアとジャンヌの手によって身支度を整えられた私は、父様たちが待つティールームへと向かった。
「父様、アイリーンです」
「あぁ、待ってたよ」
入りなさい、という声とともに中に足を踏み入れば両親の他に、見慣れない顔が二つ。
・・・・・・なるほど、彼が私の婚約者候補か。
両親の向かい側の席に座る相手を眺めていれば、父様に挨拶を、と促された。
「初めまして。ベッドフォード侯爵の娘、アイリーン・ベッドフォードです」
よろしくお願いします、とマナー講師から叩き込まれ淑女の礼をとれば、よく出来ましたとばかりに両親に微笑まれたので、一先ず私の挨拶は合格点を頂けたようだ。
同じ貴族の人に会うことがほとんどなかったので、どうだろうかと少し緊張していたのだけど、爽やかな笑顔を浮かべる男性とその息子だろう相手の姿から嫌な感じはしなかったのでほっとする。
まぁ父様が会わせたいというくらいだから、そこまで心配はしていなかったのだけど。
「アーシャ、こちらは私の古くからの知人でね、コーデン男爵とその息子のリヒトだよ」
リヒトはアーシャの二つ年上だと紹介され、その子の対面にある椅子に腰かけた。
「初めまして。お会い出来て光栄ですベッドフォード家のお姫様。私はロバート・コーデンと申します。あなたのお父様とは古くから友人としてお付き合いをさせていただいております。そしてこの子は我が家の三男坊でして、ほらリヒト挨拶を」
「・・・・・・はじめまして。リヒト・コーデンと申します」
父親の男爵に促され、ぺこり、と頭を下げるその子は私に似たチョコレート色の髪をしていて、とても親近感が湧いた。ただ長い前髪で顔を隠していて、瞳が見られないことがとても残念だ。
「コーデン男爵はとても優秀な騎士なのよ」
「騎士?兄様と同じ?」
「えぇ、王家直属の護衛騎士団長で、リヒト様のお兄様たちも騎士なのよね」
ねぇ?と同意を得るようにコーデン男爵に微笑みかける母様に、男爵は謙遜するように頬をかく。
「いやぁ、体力が取り柄なだけですから」
「お前は昔から現場主義だからな」
少しはこっちも手伝えばいいものを、なんて文句を言う父様にも笑顔で受け流しているコーデン男爵は爽やかな外見とは裏腹に意外と強かなのかもしれない。
ただその隣で黙ってじっとしているリヒトのことが少々気にかかる。
・・・・・・どうしてお兄様って単語が出た時反応したのかしら。
なにかそこに顔を隠す理由でもあるのだろうか。
そう思うと、それが気になってしまい両親たちの話す声がまともに耳に入らなくなってくる。それに話を振られても「はい」としか言わない子供らしくない姿に、これは二人だけで話した方がいいと判断した。
きっと大人の前では言えないのともあるだろうから。
「父様、母様、リヒト様と一緒に温室に行ってもいい?」
父様にたちも大人同士の話があるでしょう?とあくまで不自然ではないように、きゅるん、とめいっぱい甘えたように上目遣いで父様にお願いすれば、でろでろとした顔ですぐにもちろん、と了承してくれた。
「あぁ、構わないよ。リヒトもいいかい?」
「・・・・・・はい」
「お嬢様のことをしっかり守るんだぞ、リヒト」
いや、屋敷の中で守るも何もないと思うんですけど、と内心思いながらコクン、と頷いた相手に行きましょう、と笑いかければ素直に着いてきてくれる。
隣に並べば、私よりも頭一つ高いリヒトを見上げる姿勢になるので、前髪の隙間から覗く瞳がとても綺麗な金色なのだと知った。
ただその瞳は私がよく知るお月様のような瞳とは違い、おひさまのようだと思った。
おひさまのように力強く咲く、あの花のような色だと。
「きれいね」
「え?」
私の声に反応して、不思議そうな視線を彼が向けてくる。それに笑って手を伸ばせば、びくっと少し驚いた様子を見せたけど拒絶はされなかった。
「あなたの瞳、おひさまみたい」
さらり、と指通りのいい前髪を横へ除ければ想像していたよりもずっと綺麗な瞳が私を映す。
まるで鼈甲飴みたいな瞳に、笑うときっともっと綺麗なのだろうなと、無表情な彼の顔を眺めながらそれを想像していればなぜか鼈甲飴から雫がこぼれた。
え?!なんで?!褒めたのに?!
何かいけなかったのだろうか、やはり勝手に前髪をどかしたのがダメだったのだろうか、馴れ馴れしくし過ぎた?!とおろおろとしていれば、小さな声が届いた。
「え?」
「……違う、違うんです。ただ、少し・・・思い出しただけで」
「え、と……怒って、ないの?」
「怒ってませんよ」
怒る必要がないですよ、という彼はどこか懐かしむ顔で私を見ていた。
どうしてそんな顔で私を見るのか、理由は分からないが怒ってない、と聞いて一先ずほっとする。
それと気付いたのだが、前髪が顔を隠すことをしなくなった今、リヒトはとてもイケメンだった。
すっと通った鼻筋に兄様とは種類の違う整った顔を見上げて、出会った時感じた親近感が嘘のように薄れていくのを感じた。
あぁ~~これは絶対女子にもてるやつ……。
兄様は正統派王子様美形としたら、リヒトは爽やか系イケメンだ。将来は清涼飲料水のCMがよく似合いそうな顔立ちですね。
「お嬢様?」
「……お嬢様じゃなくて、名前で呼んで」
だからと言って顔で差別なんてするつもりも、今更態度を変える気もない。そもそも私たちは対等な関係のはずだ。敬語で話す必要もない。
しかしそんな私の態度にリヒトは困惑した表情を浮べる。
「あの・・・しかし・・」
「私の名前はアイリーンよ」
リヒトは従者ではないのだし、お互いのことを知るためにも、まずはきちんと名前を呼ぶことから始めるべきだろう。お嬢様なんて、他人行儀な呼び名はやめて欲しい。
だから名前で呼んで、とじっと見上げれば彼は驚いたように目を少し見開いた後、何故かおかしそうに目を細めてはい、と頷いた。
その顔にようやく本当の彼の素顔を見れた気がしていた。
それから温室に移動して、お茶をしながらさっきの涙の訳を聞けば、なんでも同じセリフを母親に言われたらしく、それを思い出したのだと。
「リヒトの、お母様?」
「はい、俺は後妻の息子なんです」
兄とは腹違いの兄弟であり、歳も離れている為、昔から関わりが薄く同じ家にいながら顔を合わせる事も少なかったそうだ。
それを聞いてなんとなくだが、リヒトの家での立場を察してしまった。
「兄は二人とも前妻との子で、俺だけ母親が違うんです。それに俺の母親は貴族といっても、ほぼ平民と変わりない名だけの家で……その為俺は生まれた時から兄二人とは違う扱いを受けてきました」
平民の子だと、男爵家に相応しくない血だと囁かれ、少しでも認めて欲しくて騎士になる為に努力してきたが、兄二人と常に比べられ才能が無いと陰口をたたかれてきたのだと。
その様を想像して、私は眉を顰めた。
まだこれからいくらでも成長出来る子供に向かってなんてことを言うのだ。そんな子供の夢を摘むような発言を仕えるべに屋敷の人間が言うなんて、一体どんな教育をしてきたのだと言いたいし怒っている。
「つらく、なかったの?」
私だったらきっと耐えきれず引きこもるか、逃げ出しているだろう。
だけどリヒトはそんな悲しみを隠した大人びた顔で大丈夫ですよ、と笑いかけてくる。
子供らしくないそれが、その顔を見るのが、私にはとても辛い。
「辛いこともありましたが、母がいてくれましたので。……その母も半年前に病で他界しましたが」
「……そう」
「だから俺だけ瞳の色が家族とは違うんです。昔は母と同じこの色が好きだったんですが、自分だけ違う色を持つのを見るたびに母を思い出して苦しくて……」
だから前髪で瞳を隠し、見えないようにしたのだと。
それなのに勝手に瞳を見てしまった事に今更ながらに罪悪感が湧いて、嫌なことをしてしまったと謝罪すれば気にしないで欲しいと逆に頭を撫でられ慰められてしまった。
「でも・・・・・・」
「ただ懐かしかっただけなので。母も、よく俺の瞳を見て同じことを言っていたから」
ただそれだけなのだと。
そう言って笑いかけてくれる顔はやはり寂しそうで、そんな顔をさせてしまったことが申し訳なくなった。
「アイリーン、俺は本当に大丈夫なんですよ」
それなのに私のことを気遣うリヒトに唇を噛んだ。
だって本当なら周囲の顔色なんて気にせず、もっとわがままを言っても許される歳なのに・・・・・・言っていいはずなのに、彼の現状がそれを許してはくれない。
だからリヒトは自然と甘い考えを捨て、本音を胸の奥に押し込めるしか無かった。
その結果が今のリヒトの表情なのだ。
・・・・・・本当は、寂しかったはずなのに。
大好きな母を亡くして、悲しくて、苦しくて、それなのに甘えることの出来る相手がいない屋敷に、常に気をはらなければならない状態。
本音を言える相手もおらず、自分の話を聞いてくれる相手もいない。
そんな毎日に、彼は何を思いながら過ごしていたのだろうかと考えると胸が苦しくなる。
それに彼は瞳を見れば母を思い出すからと言ったが、それだけではないように思えた。
見えないように隠すということは、自分以外にも他人にも見せたくなかったということだ。
家族の中で自分だけが違うその瞳の色を。
きっとそれだけで何も知らない周囲が好き勝手に言う口実になったのだろう。
悪意の声というのはどこにでもあるから。
母の可憐な美しさも、父の整った造りも何一つ受け継がなかった娘の私には、それは痛いほどわかる。
『両親に全然似ていないのね』
幼いから分からないと思ったのか、名も知らない人から告げられたその声は、相手の顔を忘れた今も頭に残響として残り続けている。
例えそれに悪意がなくとも、何気なく発せられた言葉だったとしても、深く傷つくこともあるのだ。それを知っているらこそ、リヒトにはそんな思いをして欲しくなかった。
大切なお母さんとの繋がりを、思い出を、嫌な言葉で上書きして忘れて欲しくなかった。
「私はリヒトの瞳好きよ」
だからこそ口を出た言葉に、彼の目が僅かにだが見開かれたのがわかる。
その瞳を覗き込むように見つめて、私はゆっくりと語りかける。
私の言葉が、彼にきちんと届くように願って。
「おひさまの光みたいに優しい色で、大好きよ」
「っ!」
隠すなんて勿体ないくらい、とてもきれいな色で優しくて暖かくて、それでいて力強さのあるおひさまみたいな瞳。
きっと彼のお母様も、同じくらい優しい色をしていたに違いない。
だからこそ嫌いになって欲しくない。隠そうとしないで欲しい。
他人の言葉なんかに惑わされないで、思い出して。
お母様との思い出を。
私の言葉を。
「私は好きよ」
たくさん嫌なことがあったかもしれない。言われたかもしれない。だけどそれだけではなかったことを忘れないで。
何か言う人がいるのなら、私が沢山それ以上に好きだって伝えるから。
きっとお母様だって、隠さないで前を向いて笑って欲しいって望んでいるはずだから。
「だから私にはたくさん見せて。あなたの瞳を、表情を。私はあなたのことが知りたいから」
無理に笑わなくてもいいの。
悲しいならその気持ちを教えて、寂しいなら私がそばにいるから。泣きたい時は頼りないかもしれないけど、肩を貸すから。
そしてどうか、少しでも彼が自分の瞳を嫌いにならないように、隠さなくてもいいと思えるようになって欲しい。
ここには私とあなたしかいないのだから。
そう伝えれば彼の目が優しく細められた。
「・・・・・・ありが、とう・・・アイリーン」
その瞳が、水分を多く含んでいるように見えたけど私は気付かないふりをして笑いかけた。
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