夢への第一歩 2
「ケーキが4つ、クッキーが3つ、お皿にあるお菓子は全部でいくつ?」
「えーと、えーと」
「あ!わかったぁ!!」
「7つ!」
「7個だ!」
「正解」
よくできました、と言えばわぁーい!と嬉しそうな声が響く。
私の前には数人の子供たち。その全てはこの屋敷で働く使用人の子供だ。
屋敷の中庭で、円を描くように腰を下ろしたなかで私は集まった子供たちに向かって簡単な計算問題を出していた。
理解しやすいようにと、絵を使った問題集は今のところ好評で分かりやすいと言って貰えて内心とてもほっとしていた。
……これもリリアとジャンヌが協力してくれたおかげね。
あれから頭を捻りながら作り上げた計画表を持って、父様のところに向かった私は『青空教室』を提案した。
「あおぞらきょうしつ?」
「はい、簡単に言うと勉強を受けることの出来る学びの為の場所です」
「それを使用人にも貴族のような教育を受けさせるということかい?」
「もちろん受ける内容は全て私たちと同じではありませんが」
そう言った時の父様の反応は正直あまり良くなかったと思う。多分疑問符が頭の中に浮かんでいただろうし、なぜそんなことが必要なのか理解できなかったと思う。
「それは、必要なことかい?」
「はい、これから先必要になることだと私は思っています」
確かに今まで必要ではなかったからこそ、使用人に必要以上の教養を求めてこなかったのだろうけど。
だが教育がどれほどこの先必要な事なのか、使用人の質の向上、そしてベッドフォード家の評価、または利益に繋がるのかを続けて話した。
「父様の仕事は外交官ですよね?外の国の方ともお話することも沢山あると思います。その時に優秀な信頼出来る部下が身近に沢山いた方が安心ではないですか?」
父様の仕事ぶりを直接目にしたことはないが、部下らしき人が休みの日にまで訪ねてくることがあるのを見るとかなり優秀で仕事の出来る人なのだと思う。実際父様の執務室にはとても難しい本や、書類がたくさん運ばれていつも書類が溢れているから。
そしてそれを捌ける人は限られており、常に人手不足だということも察せられる。だからこそ、私の発した優秀で信頼できる部下、という単語に反応したのだろうから。
「……確かに、それはそうだが」
「クロイツはとても優秀ですが、クロイツだって人間です。何かあった時に仕事を任せられる補佐のような方がいてもいいと思います」
ただでさえ父様は多忙で、その補佐をするクロイツも同じだ。クロイツの補佐につく人間を探し雇うとなると、きちんとした教育を受けている相手ではないといけないので、それなりの家柄から探すことになりかなり大変な上に、時間も手間もかかる。
しかし、もしそれができる人を身近で補うことが出来たら?
外国語の通訳などは慣れた人でないと難しいだろうが、書類の仕分けくらいは文字の読める人間なら出来るだろう。
それこそ母様にしたって夜会やお茶会の準備などで忙しくしているのだから、手紙の整理や代筆出来る人が何人いたって困ることは無いはずだ。
私が目指すのは使用人たちが最低でも文字の読み書き、そして計算が出来るようになることだ。
そうすれば任せる仕事の幅も広がると同時に、個人で出来ることも増えるうえに、トラブルやミスも減るということを伝えた。
「例えば、使用人の間での連絡のやり取りも書類を使ってやれば伝達ミスは確実に減ると思いますし、文字に残す事により誰か何を伝えたかも明白に知ることが出来ます」
「ふむ……」
「それに子供の時から教えればより高度な教育を受けさせる事も出来ますので、信頼のできる優秀な人材の確保にもつながると思います」
最終的には領地でも教育を取り入れて、青空教室が拡がって欲しいと思っている。
優秀な人材を育てる事も、領主として必要なことでは?と言えば、父様は何かを考えるように黙った。
「・・・・・・優秀な人材の確保、か」
「はい、他所から探すよりも自らの手で育てる、もしくはその才能を発見する方が無駄がなくその分掛かる労力や手間なども他のことにまわせて有効活用出来ると思うのですが・・・・・・」
どうでしょうか?と問えば、父様の傍に控えていたクロイツも同意するかのように頷いた。
「お嬢様の言うことにも、一理ありますね」
「あぁ、だが領民に強制的に勉強をさせることは出来ないし反発するものも出てくるだろう」
「だからこそ、まずは使用人達から、というわけですね」
「はい」
新しいことを始めるのはかなり難しいことだ。だからこそ身近なところから少しずつ教育に対して興味を持たせることができたら、と思っている。
そしてもっと学びたいと思う人が増えれば、教育の大切さが分かれば、共感してくれる人も増えることだろう。
「……アーシャの言いたいことはわかったよ」
「父様!」
「ただ彼らにも彼らの考えがある。だからこそ強制は出来ないが、もし学びたいという者がいた時は融通しよう」
「!はいっ」
「使用人の子供にしても、そうだな……まずはお試し期間としてやってみてはどうだろうか?」
「いいんですか?!」
自分で言っておきながら、こんなに早く許可が出るとは思っていなかったので驚いた。だが父様はやってみなさい、とひとつ頷いた。
「あぁ、実際体感してみることも大事だろうからね」
「ありがとうございます!!」
「だかやるからには半端な事はせずに徹底的にやりなさい。必要なことは私も手を貸そう」
「私もお嬢様の為に助力させていただきます」
「ありがとうございます父様!クロイツ!」
そうしてお試し期間ではあるが、父様から許可を得た私は1週間に一回、屋敷に集まった子供たちに勉強を教えている。
最初、父様から話を聞いた屋敷の使用人達はあまり乗り気ではなかったそうだが、私の遊び相手として連れられてきた子供たちが文字を覚え読み書きをする姿に触発されたのか、我も我もと習うものが増えたらしい。多分親として、子供に情けない姿を見せたくなかったからだろう。今では大抵の人が読み書きをマスターしている。
そちらの教育係はクロイツが自ら引き受けてくれたので、かなりスパルタ教育が行われている、とは同じく勉強を教えて貰っているリリアの言葉だ。
子供たちも覚えが早く、その吸収の早さに将来が楽しみだ。
それに今まで、私の周りには歳上しかいなかったので私よりも年下の彼らと交流するのは楽しく、元気いっぱいで素直な子供たちが笑顔で自分を慕ってくれる姿に癒されている。
「アイリーンおねぇちゃん、つぎはー?」
「つぎはなにするのー?」
「わたし、えほんよんでほしい!」
「ぼくも!」
「あ、ずるいっ!わたしだって!!」
「ふふっ、なら絵本をみんなで読みましょうか」
そう言えばすぐにわぁーい!と喜んでくれた。
もちろんここで読む絵本は、私が作ったあの物語だ。
タイトルは『せいれいおうとカステラ』
出来るだけわかりやすく、簡単な単語と、頭に残る音をイメージして作った絵本は子供たちから面白い!!と太鼓判を押されるほど人気になっている。
「・・・・・・それは、とてもつきがきれいなよるでした・・・・・・」
私がゆっくりと絵本を読めばじっと集中しているのが分かるので、子供たちの頭の中に残るようにゆっくりと語り聞かせた。
もちろんこの日の青空教室の後のおやつは、カステラでした。
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