あなたと私
あれから目が覚めた女の子は、私が声をかけると何故かいきなり泣き出してしまい私の方が驚いてしまった。
どこか痛かったのか、苦しかったのか、と慌ててしまったがすぐに眠ってしまった様子に医者の言葉を思い出した。
栄養失調と言っていたから、もしかしたら泣いて疲れてしまったのかな・・・・・・?
すやすやと安心したように眠る姿に苦痛は見られないから、一先ずほっとして彼女の頭をそっと撫でた。
きっと起きてもすぐには動くのは難しいだろうし、話す体力もないだろう。
とりあえず起きたら話をする前に食事をしっかり食べさせよう。
栄養のある暖かくて心が落ち着く食べやすいものを料理長に作ってもらって、話はそれからだな、と思いながらそっと彼女を横に寝かし乱れた布団をかけ直した。
これまで彼女がどんな生活をしていたのか想像するしかないが、身なりからしてもまともな生活は送ってなかったのだろう。
ボロボロの薄汚れた薄い布一枚しか身につけてない格好に、櫛を入れたことがなさそうな艶のない髪。きっと本来であれば金色の髪は稲穂のように輝いていたのだろうが、今は落ち葉のようにパサパサで生気のない瞳から零れ落ちる涙が痛々しかった。
同じ歳頃なのにカサカサの肌に、枯れ木のように痩せ細った体。見える肌にはたくさんの痣がある。
「大丈夫、ここにはあなたを苦しめるものは何も無いよ」
彼女の苦しみを私は知らない。だけど、少しでも、少しでもその苦しみや悲しみが和らいであげることができればと思う。
そしていつか、ここが彼女にとって心を許せる落ち着ける場所になれば、と。
とりあえず今はしっかりと休んでもらい、それからゆっくりと話をしようと思いながら、そっと彼女の頭を撫でた。
「起きたら、たくさん話をしましょうね」
そう言えば、彼女の頬が少しだけ緩んだ気がした。
「す、すみません・・・・・・」
「大丈夫よ、そんなに気にしないで」
「で、でも・・・っ」
「ほら、ゆっくりでいいから」
再び目が覚めた女の子は、頻りに謝ってばかりだった。
私が熱を測ろうと伸ばした手に驚き、ひとまず食事を食べさせようとすれば、 ろくに腕を動かせないのに一人で大丈夫と言うので言い聞かせるのに苦労した。
それでもあなたは病人なのだから大人しくしていて、と強く言い聞かせれば恐縮した様子ではあったが素直に従った。
それから食事を取らせ、リリアにお願いして汚れた服を着替えさせたのだが、その間も彼女はずっと謝ってばかりだった。
「こ、こんなきれいな服私には・・・っ。それに私なんかが着たら汚してしまいます!!」
「そんなこと気にしないで。それよりも早く着替えないと風邪をひいてしまうわよ」
「だけど、私なんかにっ」
「私なんか、じゃないわ」
服は汚れたら洗えばいい。それにそんなに自分を卑下して欲しくない。
私が勝手に連れてきたのだから、彼女が謝る必要は無いのに・・・・・・。
彼女の事情も考えず、一方的な感情で動いたのは私なのだから。
もしかしたら帰る場所があったのかもしれない、行きたい所に向かっていたのかもしれない。それなのに勝手に屋敷に連れ帰ったのは私だ。彼女が謝る必要なんて何も無い。
そう言い聞かせながら、縮こまる彼女に気持ちが落ち着くようにと、お茶を煎れながらどうしてあんなところで倒れていたのかと聞けば、お腹がすいて動けなくなっていたのだと、予想していた答えが返ってきた。
「あの、ありがとうございます・・・・・・」
「?どうしたの」
「・・・・・・私なんかを、たすけてくれて」
また私なんか、と言う彼女に気にしないでと言う代わりにお茶を置きながら彼女の様子を伺った。
どうしたらいいのか分からないというように、不安げにゆらゆらと揺れる瞳は彼女の感情を表すように曇り空のような灰色だった。
きっと笑えばとても可愛いのにな、と思いながら彼女の整った顔立ちを見つめる。
「どこか行くところはあるの?」
何か宛があり歩いていたのかと聞けば、俯いてしまった。
ぎゅっと両手を握り締める様子に、あまり触れられたくないのだと感じたが、それでも今後のために聞かなければと思い話を続けた。ただ彼女を害する気持ちはないのだとわかって貰えるように、出来るだけゆっくりと話しかけた。
彼女が緊張しないように、怖がらせないように心がけながら。
「なにかしたい事は?会いたい人とかはいる?」
その問いにもただ力無く首を横に振る姿は、嘘を言っているようには見えないし、騙そうと演技をしているようにも感じない。
何より初めて彼女を見つけた時から、私は彼女に対して警戒心を抱かなかった。
子供だから、と言われるかもしれないがきっとこの私の勘は外れてはいない。
多分これは、運命だったのだと思う。
彼女に私が出会うことが。
だから私は躊躇することなく彼女に顔を近付けた。
それに彼女がビクリと驚いた様子で肩を震わせたが、気付かないふりをして微笑みかける。
「なら、私の元で働く気はない?」
「え・・・・・・?」
「あ、すぐにお給金を支払うのは難しいから最初は見習いとしてだけど、私付きの侍女にならないかしら?」
もちろんあなたがよかったら、なのだけど・・・・・・。
暗に断っても大丈夫なのだと告げれば、彼女は一瞬固まった様子を見せていたが、私の言ったことを理解したのか驚いた様子で見つめてくる。
「い、いいんですか・・・・・・?わたし、ここに、いて、も・・・・・・」
「むしろ私が勝手に連れてきたのだから、当然じゃないかしら?」
あなたをここに連れて来た時から、本当はそう思っていたのだけど、と続ければ彼女は大きく目を見開いた後、ぎゅっと唇を引き結んで力強く1度頷いた。
それを了承だと捉えて、もう1つ聞きたかったことを
問いかけた。
「それであなたの名前は?なんて呼べばいいかしら」
「あ、なまえ・・・・・・」
「そう。私はアイリーン。アイリーン・ベッドフォードよ」
アイリーンって呼んでね、と言えば彼女の戸惑った気配が伝わってくる。
それにどうしたのだろうか、と思いながらも返事を待った。
だって名前が分からなければ、これから一緒にいるのに彼女を呼ぶことも出来ないだろう。
そう思って聞いたのに何故か困った顔をして彼女は俯いてしまった。
私、なにかおかしなこと聞いたかな・・・・・・?
「どうしたの?」
「・・・・・・わたし、のなまえ・・・・・・」
言いたくないのかと思ったが、彼女の様子から何か違うように感じた。
言うのを躊躇している、と言うよりは言いたくても言えないような・・・・・・。
口を開いては閉じるを繰り返す姿に、本当の名前を言えないのだろうかと思い、気付いたら私の口は勝手に動いていた。
「ジャンヌ」
「え?」
「あなたの名前、これからジャンヌって呼んでもいいかしら?」
もし言いたくないのなら、新しい名前を与えれば良いと思った。彼女が過去を思い出したくないと、本当の名前を呼ばれることを拒絶しているのなら、違う名前で呼べば良いと。
だから彼女の見た目から、なんとなく頭に浮かんだ名前を付ければ彼女は大きく目を見開いたあと、くしゃりと顔を歪めた。
でもそれは嫌がっているとかではなくて、泣きたいのを我慢しているように見えたから、私は彼女の手を握った。
泣いても大丈夫だと、ここに貴女を害するものは何も無いと伝える為に。
「・・・っ、はい」
そうすれば顔をぐしゃぐしゃにしながらも、強く縋るように握り返してくれるから、何度も彼女の名前を呼んだ。
「ジャンヌ、ジャンヌ。あなたはこれからジャンヌよ」
これからよろしくね、ジャンヌ。
そう言えば、何度も大きく頷く彼女に私は微笑んだ。
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