第3話 アンコール

「矢島空さん。出番です」

 私は立ち上がった。行ってこい、という海音くんの声に押されて私は控室を出た。そして、ピアノの前に立った。拍手がやむ。私はお辞儀をする。再び拍手が起こる。ところどころで「空ー!」「空ちゃーん!」「矢島ー!」という声も聞こえてくる。でも、私はこの観衆を間近にして、私は震えることはなかった。知っている顔が多いことや、知っている声が飛び交うのも手助けになっているのだろうけど、やっぱり海音くんに教えられたことが全部活きているって感じる。私はピアノの前に座った。ここからは私の舞台だ。

―――美しく咲いてこい!

 私は、今から咲くよ。海音くん。

 初めの和音を鳴らす。


 そして、最後の和音を鳴らした。立ち上がると、拍手が巻き起こる。この瞬間が一番緊張する。私は彼に表彰されるだけならまだまし、みたいなことを言ったけど、私はやっぱりこういうのも苦手だな。

「ありがとうござ……おや、これはアンコールですかね」

「えっ、アンコール?」

 気づくと辺りの拍手が一つの音となって、一定のリズムを刻んでいる。

「演奏はこれで終わりですし、もう一曲何かないですか?」

「そんなこと言われても……あるにはありますけど」

「じゃあその曲お願いします!」

 こんな時、場の空気に押されてまんざらでもない顔をしてアンコールにこたえるのは昔と変わってないな。私は再び席に着いた。そして、私は自分で作った曲を演奏し始めた。

「おい、何だあの曲」

「聞いたことないけど、いい曲だな」

 そんな声が序盤の弱奏の裏にかすかに聞こえる。

 この曲は今日のために書き下ろした曲だ。海音くんと協力して、歌詞までつけようとした曲だ。ある程度の所まで作って、あとは個人の作業だと言って一週間会わないでいたが、私は全部の音符は書き下ろせたけど練習不足でまだ完璧に弾けず、彼も歌詞を最後まで完成させることができなかった。

 私はまたここで失敗するのか。結局途中で逃げた天罰はいつも付きまとうのかな。

 そんなことを思っていた時、観客がざわついた。私は思わず演奏の手を止める。

「海音……くん?」

 彼がマイクとギターを持って舞台に上がってきたのだ。そして、スタッフさんの用意したパイプ椅子に腰かけ、マイクをスタンドに刺した。

「やってくれると思ってた」

「どしたの……そのギター」

「ああ、うちの学校って軽音強いじゃん。だから一週間いろいろ教わってきた。まあ空の腕前からしては素人がかっこつけているように見えるかもしれないが、それでも俺はやるぞ。準備はいいか」

「……うん!」

 私は再び、弱奏部分を引き始めた。少し落とし気味で、彼とのセッションを楽しもう。そう思って私は二人の舞台を始めた。

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