第2話 車内
「うわあ、混んでる……」
「私人混み苦手なんだよね」
「あ、あそこの車両すいてる。急ごう!」
何とか僕たちは電車に飛び乗った。次の目的地のカフェはこの駅から五つ先の駅の近くにある。僕たちは他と比べたら空いた車両に乗ったけど、この車両も混んでいないわけではなく、席が埋まっているのはもちろん、握り棒やつり革はすべて先客がいた。
「やっぱり人混みは苦手だな。ちょっと息苦しくなる」
「ほんとに大丈夫!? 次の駅で休憩する?」
「ううん、そうじゃなくて」
花田さんは一瞬躊躇の色を見せたが、再び口を開いた。
「私は昔から、うるさいところに一人で入って行くのって、あんまり好きじゃなかったんだ。ずっと喫茶店の静かな環境で育ってきたからかな。カラオケも最近やっと克服したばかりでね。今苦手なのはライブとか満員電車とか、人がたくさんいるところだけ」
彼女は薄い水色のパーカーの裾をぎゅっと握って下を向いたままそう語った。
その瞬間、電車がガタンと揺れて彼女に子どもがぶつかった。彼女は少しよろけたが、何とか踏みとどまった。
僕はその時に手を差し伸べることもできなかった、その自分を少し恨めしく思った。
無言の時間が続いた。あと二駅というところで再び揺れたが、先ほどぶつかった子どもはすでに前の駅で降りており、車内は空いていた。座ろうか、という声も出せないまま、僕たちはドアの近くの手すりにつかまっていた。
「花田さん。大丈夫?」
「うん」
なぜか気まずい。僕は話題を見出すことができず、しばらくして列車が次の駅のホームに入った。
「あと一駅だね……って、これは……」
「どうしたの、倉田くん」
彼女はそう言って僕と同じ方を向いた。そこには溢れんばかりの人がたくさん詰めかけていた。進めば進むほど人は少なくなっているが、そこそこ人がいる場所で列車は止まった。人が来る。花田さんの顔は見えないが、おびえているのはその小さな背中から見て取れた。
「花田さん」
僕は意を決して、彼女の返事を待たないまま彼女を弱く抱き寄せた。
「えっ、倉田くん?」
「人来るから、詰めないとさっきみたいにぶつかる」
僕は自分でも驚くぐらいにぶっきらぼうな口調で返した。
「少しの間、我慢して」
「……うん」
扉が閉まった。案外人は乗ってこなかった。先ほどの人だかりのほとんどは、この駅で別路線に乗り換えて、僕らも行く予定だった人気のテーマパークに向かう電車を待っている人がほとんどであることが、乗り合わせてくる人々の話から理解した。
僕は手を離した。彼女はすぐに僕の握っている握り棒の下の方を両手でつかんだ。普段の大人びている彼女の身長が僕より低いことを再確認した。
「大丈夫だよ」
「えっ?」
「人が多くても、絶対見失わないから。心配しなくてもいから。安心して」
僕はとにかく彼女に元気を取り戻してもらおうと精一杯の声掛けをした。彼女はふふっ、と笑い、
「もう降りなきゃね」と言った。
「ありがとう。倉田くん」
「いえいえ」
僕は照れを隠すためにどこかよそよそしく、笑顔で返した。
「行こっか」
彼女は周りの人を気にするような素振りも見せず、列車を降りた。
僕はそれに続いて降りた。列車は後ろで次の目的地へ動き出した。
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