未来を夢見て

アカサ・ターナー

未来を夢見て

 博士は未来を夢見て研究を続けていた。その成果が今成就しようとしていた。


「ようやく完成したぞ! これで長年の夢が叶う」

「おめでとうございます博士。本当に長い道程でしたね」

「だがこれで私は、いや人類は未来に希望を持てるようになるぞ」


 小躍りせんばかりに博士ははしゃぎ、装置を愛おしそうに撫でた。

 その装置は長方形で一見すると棺のように見える。実際棺のように人間が入る装置なのだ。

 かつて不可能と言われていたコールドスリープ装置、それこそが博士の完成させた発明である。助手は興奮を抑えきれないとばかりに博士に迫った。


「博士! 早速装置を使いましょう」


 逸る助手を苦笑しつつ博士は宥めた。


「まあ待ちたまえ。その前にやらなければならない事がある」

「一体何でしょうか? 実証実験も危険性がない事も確認済みで問題ないはずです」

「うむ。実はこの装置を誰にでも使えるようにしたいのだ」

「まさかこの発明を世界中に無償で広めるつもりですか?」

「そうだ。世界中の人々が何の引け目もなく使えるようにしたい」

「うーむ、正直勿体無い気はしますが博士がそうおっしゃるのだ。そのようにしましょう」


 善は急げと言わんばかりに博士と助手は全世界に装置の完成を発表し、同時に無料開放を打ち上げた。

 世界中から発明と研究の成果を讃え、また博士達の人徳に感銘を受けた声が上がった。初めこそ後遺症の有無や効果に疑問を持つ者達はいたが、博士の丁寧な説明と実証でそれもなくなった。



 やがて世界中から装置を利用したいと願う者が現れた。

 真っ先に名乗りを上げたのは難病を患っている者達だ。現代では治療困難と告げられ絶望していた彼らは、未来に希望を託すため自ら眠りに就きたいと名乗り出たのだ。

 また単純に未来の世界を夢見る者や現代のしがらみから逃れたい者達も次々と殺到し始めた。各国の政治家達はあまりの希望者の多さに審査を設けたが、やがて博士が公開した設計図から次々と装置が量産され民間で設置されている事を知ると匙を投げてしまった。

 世界各地にコールドスリープが設置されていく。初めは地上に設置されていたが場所が足らなくなるとやがて地下に設置するための空間を掘り進め装置を放り込んでいく。あるいは既存の建物を壊して装置を収容するためだけの建物を建築していく。

 人々が眠りに就く中、博士と助手も自ら装置に入る事にした。


「ひとまず100年後に目覚める事としよう。未来がどうなっているか、実に楽しみだ」

「ええ。それでは博士、100年後にまたお会いしましょう」


 こうして未来を夢見て博士は装置に入り眠った。



 耳障りな音が響き博士は手探りで音源を探した。音はやがて鳴り止んだが、すっかり目が冴えてしまった博士はゆっくりと目蓋を開ける。

 見慣れない物が目の前にあり、一体何事かと驚いたがすぐに意識が覚醒し自分が何をしていたか思い出した。


「うーむ、もう100年経過したのか。何だか身体のあちこちが痛いだけで良い気分ではないな」


 内側から開けて装置をもう少し寝心地良く改良したいと考えつつ、周囲を見渡した博士はぎょっと目を見開いた。

 自分が眠りに就いた場所は研究所の一室であった。あらかじめロボット達に定期的な掃除を頼んでいたはずだが、部屋は荒れ果てていた。清掃用のロボットも微動だにせず埃を被っている。

 慌てて博士は隣の部屋で眠っている助手を起こした。


「おはようございます博士。何を慌てているんですか?」

「まだ寝ぼけているのかね? ここは100年後の世界だよ」

「あぁ……ああ、そういえば。どうです博士、未来はどうなっていますか?」

「うーむ、どうも怪しい感じだ。外を見て回ろう」


 寝ぼけ眼の助手を連れて外を出ると、辺りは木々に覆われ雑多な動物達が我が物顔で歩いている。研究所は町から少しばかり離れていたが、ここまで自然豊かな場所ではなかった。助手もようやく異変に気付いて顔が真っ青になった。


「博士、これは一体?」

「ロボットも動いていなかった。装置には電気が届いていたから発電所は動いているはずだが」


 町に向かっていくとそこには信じ難い光景が広がっていた。かつて存在した住宅は全て消えており、代わりに簡素な四角い建物だけが存在していた。中を覗いてみるとかなり密集した形で装置が設置されている。階段が地下へと続いていてその先にも装置が埋め尽くしている。

 建物全体の様子と装置の形から思わず霊廟に迷い込んだように錯覚してしまう。

 覚束ない足取りで外に出て博士は呻いた。よく見ればあちこちに似たような施設がある。


「これはとんでもない事になってしまったかもしれん」

「何が起きたというのですか?」

「私達と同じだよ。みんな同じ事を考えてしまったのだ」

「同じ事って、そんな馬鹿な」

「そうだ、みんな未来を夢見て――」


 博士はそれ以上言葉が出なかった。助手もただただ立ち尽くすばかりだ。

 太陽が照りつける中、聞こえてくるのは風と動物の声だけだった。

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