グラタン刑事の難事件ファイル 事件ファイル№1 【アラビアンナイト伝説女将殺人事件】

ごま忍

第1話 敬礼の始まり

【1】

「よーしいいぞ、ほら、ご褒美だ」


ワン、ワン、


ここはM県S市のとある警察署。

入り口からは程遠い、奥の奥に入った先にある特別室通称「すみっこ暮らし」には、一人の刑事とその愛犬が所有している部屋がある。

刑事の名は倉田昌宏。40をすぎたばかりの中堅刑事である。


「倉田さんコーヒーいれましたよ。」

「いつもありがとね南ちゃん。」


刑事課所属 南 奈美

このように倉田が署内にいる時には、決まってコーヒーを淹れてくれる。

倉田とは一回り以上離れているのだが、その愛くるしい表情と気の利く性格、そして毒をも持ち合わせるミステリアスな雰囲気に、倉田は密かな恋心を感じていた。


「そしてっと、はい、ペヤングにはお骨よね。」

ワフー、ブルッ、ワフー、ブルッ。

「良かったなーペヤング!」


南が持ってきた骨にしゃぶりつく倉田の愛犬の名はペヤング、小型のブルドックである。とある理由で、この署内での自由を与えられている。


「このお骨、鑑識からちょろっと頂いてまいりました!てへぺろ!」


グルファー、ペッ、


いわゆる、どこの馬の骨かわからぬ骨のようで、それを察したペヤングはその骨を勢いよく吐き出した。



「おいおい、何やってくれてんだよー!」


そこに白衣を着たひげ面の男が飛び込んできた。



「げっ、ヒゲゴリラ!」

「またお前か南奈美!その骨はアラビアンナイト旅館で見つかった重要証拠だぞ!」



ヒゲゴリラと呼ばれるこの男。鑑識係の山田健一。倉田とは長年の付き合いである。


「おいおい、グラタンからもなんとか言ってくれよー。」

「ふっ、鼻で笑わせるぜ!」


倉田刑事のキメゼリフ。

ことあるごとに多用する。

意味はない。


ちなみに倉田は無類のグラタン好きであり、回りからグラタンとのアダ名で呼ばれていた。


ガブリ!


ペヤングは山田の尻を噛んだ!


「いてぇー!ブル公、離しやがれー!」


グルルルルー、ぺャングォ、ペヤングォ


「いいぞペヤング!いけいけペヤング!」


部屋は修羅場と化していた。

ただ、この署内においてはごくごく普通、いつものことであった。


【2】

「おはよう、相変わらず朝から賑やかだねぇ〜」

「あっ、課長おはようございます。」


奥の扉から入って来たのは、この課つまり倉田と南の上司大門圭介だ。


「あんまり問題起こさないでよ、定年まで静かに暮らしたいから。」


そういうと自分の席に座り、チョコベビーを食べ始めた。ペヤングは近づいていき、こぼれ落ちたカスを食べている。


「ところで山田君もサボってないで、自分の部署に帰りなさいよ。」

「でも、南が重要証拠を・・・」

「うっせー、ゴリラヒゲ!」

「なんだと!」


南と山田はにらみ合い、新たな殺人事件が起こりそうな雰囲気になっている。


「まあまあ、ところで倉田君。今日お客さん来るから対応してくれる。」

「またですか、いつもまともな事件なんて来ないじゃないですか。」

「まあ、それがこの部署なんだから仕方ないじゃないか。」

「わかりました、了解です。」


倉田は頭を掻きながら、面倒くさい様に読んでいた雑誌に目を戻した。


その日の午後


「失礼します、ご相談があるとのことでお客様をお連れしました。」


そう言う事務員の後ろに、着物を着た女性と小柄な老婆が立っていた。

ゆっくりと一礼し辺りを見渡してから老婆は険しい顔で叫んだ。


「なんだここは!散々たらい回しにしやがって最後にここかよ!」

「なんだと、てめぇ!」


南は身を乗り出し、老婆に駆け寄って行く。


「やんのかてめぇ!」

「上等だよ!ババァ、表出ろ!」


老婆と南がメンチを切りながら睨み合っている。そんな中


「ところでお嬢さん、要件は」


倉田が雑誌を読みながら女性に目もくれず話かける。


「まあまあ、お話はお座りになってお聞きしますから。まずチョコベビーでもいかがですか。」


大門の提案に老婆は舌打ちをし南を睨み付けて

「ワシはこの女には何もしゃべらん!」

「なんだと、ババァ!帰れ!」

二人を無視する様に女性はゆっくりとソファーに座った。


【3】

「はい、あのアラビアンナイトです。」


アラビアンナイト旅館の女将である、

月泣美心(つきな みここ)は神妙な面持ちで語りかけた。

応接室の洋物のソファーと妖艶な着物姿のコントラスト、そして次から次へと出てくる不可思議なワードに一同呆気にとられていた。

それを固唾を飲んで聞いていた南が神妙な面持ちで答えた。


「アラビアンナイト… 豆の木に登ると巨人が出てくる…」

「そりゃ、あんたジャックと豆の木だっしゃろ!」


それまで淡々と話していた女将の月泣が、間髪を入れず強めに突っ込んだ。

どうやらこの女将、感情の起伏が激しいのかもしれない。


「待ってください、それはトムとジェリーバージョンの豆の木のことですか?」


倉田はさらにとんちんかんな答えを被せてきた。


トントントン


「失礼するよ」


課長の大門だ。

大門は扉を半開きにし、身を半分だけ乗り出しこう言った。


「ミッキーのバージョンもあるよね。」


少しの間が空き、倉田は女将の月泣に語り出した。


「ところでその豆の木旅館のことですが…」

「アラビアンナイトだよ!」


女将の的確なツッコミが部屋中に響いた。


【4】

女将はそれだけ言うと部屋を出て行ってしまった。老婆は倉田に何かを話した後それに続いた。


「まあさ、とりあえず倉田君と南君。そのアラビアなんとか旅館に行って来てよ。」

「やめましょうよ、うちじゃ無理ですよ。」


倉田は面倒くさそうに頭を欠いていた。


「それがさ、さっき早月警視総監から電話あってさ。この案件頼まれちゃったんだよ。だから、頼むよ〜。」


大門は拝む様に何度も頭を下げる。


「わかりました、行きますよ。」

そういうと机に置いてあるコートを取ると足早に部屋を出て行った。



残った老婆、荒井イヨ(あらいいよ)が帰りがけに倉田に話した件とは


結婚し二年ぶりに月泣美心は、謎の信仰宗教アラビアンナイトの教祖として実家荒井旅館へ帰ってきた。災いが起こると予言し、旅館の壺が割れていたり、風呂のお湯が抜かれていたり、枕が臭かったりとありとあらゆる不幸が続き倒産寸前に追い込まれた。

そんな中、教団は荒井旅館を買い取り名前を変え月泣は女将に成り変わった。

そして月泣は新たな予言をしたのだ、旅館で人が死ぬという。

訳のわからないことを言う月泣の予言をどうにかしてほしかったが、本人を連れてきてはみたがあの通りなので頼んだと。


暇そうにペヤングの頬を両手で掴んで、遊んでいた南は

「倉田さんちょっと待って下さいよ。行くよペヤング。」

南は慌ててペヤングを頭に乗せて後へ付いて行った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る