第385話 臨時団員②


 今朝ノーアと話した際に、指摘されたこと。

 サルメンハーラの町に入ってから起きた様々な出来事……いや、その前にここへ来る原因となったアダルベルトの誘拐事件も含めて、本当に全てが偶然によるものだったのか?

 個々には関連性がないせいで、たまたま立て続けに厄介事や意外な再会が相次いだものとばかり思っていた。

 だが、もしも偶然でないとしたら。

 それは誰のどういった意図によるものか、どのように事件を起こし、一体何が狙いなのか?

 ひとりではいくら考えても思い当たるものはなかったけれど、今こうしてサルメンハーラの町で再会することのできた面々が揃っている。いずれも企みを抱くような者ではなく、自分が信頼に足ると判断した相手ばかりだから、ここ数日に起きた様々な件についての関連性を相談してみることにしたのだ。


 そうしてアダルベルト、八朔、アイゼン、トマサ、それぞれの視点から起きたことや行動などを話してもらったけれど、結局繋がりと言えるようなものは出てくることなく、これまで聞いた話の補足に終わった。

 ただの杞憂なら、別にそれで良い。

 そう話を締めようとしたところで、長兄が眉間のしわを深めながら、ためらいがちに口を開いた。


「ひとつだけ、あくまで仮定の域は出ないけれど、気になることはある」


「何だ? 何でも言ってみてくれ」


 何か迷いがあるのか、なおも言いにくそうにするアダルベルトを促すと、長兄はテーブルへ落していた視線を上げてこちらを真っ直ぐに見る。


「全てを繋げようとするから無理が出るのであって、もしかしたらいくつかは本当に偶然で、それ以外が狙って引き起こされた出来事、という線なら有り得るんじゃないか?」


「確かに、それもそうだな」


「それに、もし仮に何者かの恣意的な操作があるのだとしたら。それは……リリアーナを対象としたものなんじゃないかと思うんだ」


「え?」


「個々の出来事に関連がないと感じるのは、俺と八朔君とか、アイゼンとか、面識のない同士がいるせいだ。だが今回の関係者の中で、リリアーナだけは全員と知り合いなのだろう?」


「あ……」


 そう言われてみればたしかに、ここで会ったのは以前からの顔見知りや血縁者ばかりだ。

 それだけではない。もし八朔やエトとの再会までもが『恣意的な何か』に含まれるのだとしたら、それを操作した誰かはリリアーナじぶんの中身を知っているということになる。

 心臓を強く握られたような心地がして呼吸が詰まる。

 一度そう考えると、もうそれ以外は有り得ないような気がした。

 アダルベルト、エト、八朔、金歌、アイゼン、マグナレア、それにエルシオン。……全員と関わりがあるのは、自分だけ。



 それから少しひとりで考えたくて、読書を言い訳に隣のテーブルへと移動した。

 以降悶々と頭を悩ませてはいるものの、杳として答えは見つかれない。誰の企みなのか全く分からず、そもそも自分を狙っているとして、一体何がしたかったのか。

 サルメンハーラへ来させることが目的だったならもっと他に手段はあるだろう、アダルベルトを連れ去ったエトの行動は長兄の望みを叶えたものだと言うし、エルシオンの同行はサーレンバー領での事件が元だし、八朔は自発的に脱獄して、アイゼンはレオカディオの指示でこの町に潜伏していて、マグナレアは新設された聖堂の駐在で……


 そうして答えの出ない悩みを抱えたままエトの目覚めを迎え、自警団員に扮したエルシオンが窓から頭を出した。

 この男になら生前の関係者のことも含め、今回の件をもっと深いところまで相談できるかもしれない。答えが出ないままサルメンハーラを離れるのは何だか危ない気がするし、できれば懸念を全て晴らして帰りたい。

 これまでの考えを一周させながら、窓枠に腕をつく男を見る。するとエルシオンは両手を口元にあてて片目を閉じた。


「うふ、そんなに熱く見つめられるとオレ照れちゃう♡」


 ……このにやけた軽薄な顔を目にしていると、蓄積した悩み事がまるまる鬱憤に変換されて意味のわからない怒りが湧いてくる。八つ当たりだと分かっていてもなお苛ついて仕方ない。


「少しでも期待をした自身が愚かしい。お前をあてにするのは最終手段だ、顔を見るだけで腹が立つ。目障りだからさっさと消えろ」


「え、なに、突然の罵倒、興奮しちゃう……って、違った、そんなことを言いに来たんじゃなかった」


「?」


 はたと気づいたように手を下ろしたエルシオンは窓枠から身を乗り出し、おもむろに室内を見渡す。


「どうかしたのか?」


「店に入った全員揃ってるよね。急で悪いんだけど、早く出たほうがいいと思う」


「この店に何かあると?」


「いや、店じゃなくて町を出てほしい、できれば今すぐ」


 突然告げられた要請に、隣にいた長兄と顔を見合わせる。

 襟口からエトが顔をのぞかせ、警戒するように喉を鳴らした。周囲をきょろきょろと見回しているから、エト自身も何に対し構えているのかは分かっていないのかもしれない。

 その頭を撫でながらアダルベルトが窓に近づく。


「シオ、どういうことだ。ここで何かあると?」


「何かって訊かれると困るんだけど、なーんかイヤな感じがする、オレの勘は悪い方向にはよく当たるんだ。ココにいると危ないと思う、なるべく急いで離れたほうがいい」


「急げと言われてもな、この店で弟たちを待たなくてはならないし、馬車も荷造り中だ。本当に何らかの危険が迫っているとしても、もう少し具体的に分からないと予定の変更は難しい」


「まぁ、そうだよねぇ……」


 エルシオンが言うような、具体性のない嫌な感じは自分も感じていた。だが、それが何なのかは未だ漠然としたまま。

 ただの勘だけで領主家の予定を変えることは難しいと、本人も分かっているのだろう。エルシオンは歯噛みして黙り込み、訴えかけるようにこちらへ視線を向けた。

 この男がこれほど避難を促すなら、危険が迫っているのは本当かもしれない。だが理由がなければ助勢も難しい。身振りだけで空を見るよう伝えてみたが、空を仰いだ男はそのままぐるりと頭を巡らし、「やっぱりわからない」と言うように軽く肩を竦めて見せた。


「ご歓談中に失礼しやす、旦那、ちょっといいですかい?」


 そこへ荷物を抱えたコバックが顔を出した。後ろに少し年若い地人族ホービンを連れており、ふたりは知己らしいアイゼンと軽い挨拶を交わす。


「何かありやしたかね?」


「いいや、大丈夫だ。そちらが先ほど言っていた職人の?」


「ええ、せがれのトバックです。さっきのお話を伝えたら珍しく自分から工房を出てきやしてね、ほら、挨拶せい!」


 背中を押された小柄な地人族ホービンが不慣れな様子で頭を下げ、挨拶もそこそこに持ち込んだ荷物を開けて小声で話しはじめた。

 二階で何やら相談をしていた、硝子の砂時計に関することだろう。八朔やアイゼンの注意もそちらへ向いていることを確認し、そっとエルシオンへ声をかける。


「北の空の様子がおかしいようなのだが、お前の眼にも何も映らないか?」


「うん、妙な曇り方をしているなーとは思ってた。でもわかんない、ごめん。こんな時に相方がいれば一発なのになぁ……」


「相方?」


 そういえばサーレンバーでもそんな話をしていた覚えがある。かつての旅の同行者かと問えば、男は勢いよく首を横に振った。


「今は関係ないから気にしないで! それよりリリィちゃんも変だと思ってるなら、何とかお兄ちゃんたちを促して早めに発つことできない?」


「カミロと次兄さえ戻れば、わたしから出立を急かすことくらいは可能だろうが……」


 開けた窓から冷たい外気に混じり、どこか生温いような風が入り込む。

 寒さを感じるわけでもないのに自分の両腕をさすり、身震いする。

 不可解な感覚に疑問を覚えながら目の前の顔へ視線を戻すと、エルシオンは粘性すら感じるでろりとした笑みを浮かべていた。


「しおらしいリリィちゃんも可愛い~」


「馬鹿なことを言っている場合か。そんな暇があったら周囲を探って危機感の正体でも確かめてこい」


「それもそうなんだけど、今はリリィちゃんのそばを離れない方がいい気がするし、せっかく護衛役になれたんだからもうピッタリみっちりくっついて片時も離れずおはようからおやすみまで何なら添い寝もし て、」


 突如、その顔が凍り付く。

 そしてふたり同時に肩を震わせた。

 とてつもない寒気に襲われ、呼吸も忘れる。

 両腕を抱き締めたまま身をすくめ、膝から崩れ落ちそうになるのを耐える。

 顔色を悪くしたエルシオンが腕を伸ばそうとしたのを途中で止め、引っ込めるのが見えた。同じような感覚に襲われているのだろう、無理に笑う顔は引きつり、窓枠を掴む手にも力が込められる。


「なっ、何だろこれ、すんごいゾワゾワする、魔王城の大広間の扉を開け放った時のこと思い出すなぁ~」


 それを言うならこちらは、コンティエラの街でこの男と再会した時に覚えた悪寒とそっくりだ。

 ともかく、ろくでもないことが起きようとしているのは確か。

 窓側の異変に気づいたらしく、テーブルでの会話が止まって部屋にいる皆がこちらを振り返った。


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