第212話 壊れない鎧を造ろう!①


 窓の外は薄雲の隙間から陽光が差している。風もさほど強くはなく、前日に続いて屋外でも過ごしやすい天候に恵まれた。

 今日は別棟の裏庭でやることがあるからと、服装は動きやすいものにして、髪も後ろでひとつにまとめてもらった。さほど体を動かす作業ではないけれど、袖はすっきりしていたほうがやりやすい。

 できれば座って集中したいと思っていたところに、屋外でも使える敷物を持ってきていると聞いたので、ついでにそれも用意してもらう。日用品や服だけでなく、ずいぶん色んな物をイバニェスの屋敷から持ってきたようだ。

 昨日の買い物でいくらか増えた荷物は、まとめて別室に置かれている。ここへブエナペントゥラから貰った品も加わるとなると、帰りはだいぶ積み荷が増えてしまいそうだ。


 いつも自分が『街』へ出ると何かしら事件が起きていたため、昨日は朝からそれなりに警戒を抱いていた。

 アルトにも周辺の探査を命じ、いつ何が起きても対応できるよう気を張っていたのだが、特に何事もなく無事に買い物は終わった。少々拍子抜けではあるけれど、平穏無事に済んだならそれが一番。


 最たる目的のひとつだったトマサへの土産物は、彼女になら実用品が喜ばれるだろうというフェリバとエーヴィの助言に従い、小物屋で櫛を選んだ。貝の破片で花の飾りが入っているなかなかに瀟洒な品。素材は木で出来ているらしいが、一見した材質は石のようにも見える。

 フェリバの私服も無事に買えたし、新しいリボンや髪飾りを入手できたと当人も満足そうだった。もっと自分の物で喜べば良いのにと思いはすれど、その明るい笑顔を見ているとどうでも良くなる。

 一方、張り切っていたカステルヘルミのほうは、あまり琴線にふれる品が見つからなかったようだ。真剣な眼差しで吟味していた既製の服は、リリアーナの目から見る限りいずれも仕立ての良いものだったが、彼女の好みからすると派手さが物足りなかったのだろう。結局服も化粧品も買わず、自費で春物の生地だけを購入していた。イバニェスに帰ってから仕立てに出すらしい。



「リリアーナ様、お靴は履き替えなくて大丈夫ですかー?」


「ああ、どうせそこの庭に出るだけだ。敷布に上がるなら脱ぐことになるし、このままでいい」


 扉のそばで梱包を剥がすのに苦戦するキンケードを横目に、廊下へ出る。

 荷物の受け取りや中身の確認で意外な時間を食ってしまった。冬の季も半ばに差し掛かり、太陽の位置は低いままだがもう昼時も近い。庭での作業は途中で切り上げて、昼食のために戻ってくることになるだろう。

 窓の外へ視線を向けると、下は薄い色の芝生、その向こうは常緑樹の雑木林が広がっている。そこから頭を突き出しているように見える岩山は、かつては採掘場だったとキンケードが教えてくれた。今は何にも使われていないのだろうか。林の小路の途中には、物置らしき小屋もいくつか見える。


「……ん?」


 何とはなしに眺めていた視界の端に動くものがあり、そちらへ目をやると、庭の片隅にひとりの男がいた。

 石造りの東屋のそばに軽装で陣取り、地面に両手をつけて屈伸運動をしているようだ。一定のペースで続く腕立て伏せには全く淀みがなく、中断する気配もない。

 この位置からでは黒い後頭部しか見えないが、露出した腕や背中を見る限りまだ歳若い。大したものだと思いながら観察していると、腕を伸ばした状態で一度止まり、そこから片足ずつ垂直に持ち上がった。


「おお……」


「庭に何か見えますか、リリアーナお嬢様」


 少し距離を取った位置から同じように窓の外を見ようとするテオドゥロへ、庭で逆立ちになった男を指でさし示す。


「お前、あれできるか?」


「え? ……うっわ、すごい、逆立ちのまま腕の曲げ伸ばししてる! 俺はできるかなぁ、どうかな、壁際なら何とかいけるかな?」


 テオドゥロはそう呟きながら、子どものように窓へ両手をついて首をかしげる。

 こんな場所から見られているなんて知る由もない庭の男は、壁の支えもなく逆立ちを維持して肘の屈伸を繰り返す。上腕筋の発達はもとより、体幹がしっかりしておりバランス感覚もいい。普段からの鍛錬の積み重ねがうかがえる。

 自分だったらどうだろう、生前の体であれば同じことができただろうか。……たぶんできる。できるはずだ。だって『魔王』なんだから。


「おい、テオドゥロ、さぼってないでそっち持ち上げてくれ」


「あ、はーい!」


 キンケードの開梱作業に呼ばれたテオドゥロが窓から離れたのと同時に、逆立ちしていた男が地面へ足を下ろした。

 東屋の縁にかけていたタオルを取って汗を拭い、ふと顔を上げた拍子に、二階から見ているこちらと目が合う。

 距離が離れているから気づかれるとは思っていなかった。男はしばし動作を止め、軽く会釈をするとそのまま去って行った。

 サーレンバー邸の護衛か、それとも領兵だろうか。こんな裏手でひとり体を動かしていたのだから、隠れての特訓か何かかもしれない。盗み見るような真似をして何だか悪いことをしてしまった。


「よし、これで手分けすりゃふたりで運べるか。嬢ちゃん、もう準備はい……お嬢様、運搬の準備が整いました」


「別に誰も聞いていないのだから、いつも通りで構わん。手間をかけたな」


「あぁ、過剰梱包もいいとこだぜまったく。ひとまず剥けるだけ剥いたから、あとは庭に出てからもっかい組み立てだな。オレはこっちの上半身運ぶから、テオドゥロは下半身持ってこい」


「ちょっと副長ー、兜も持って行ってくださいよ、頭も上半身のうちですよ!」


 甲冑の腰から上を軽々持ち上げるキンケードの後ろを、両手で脚部を抱えたテオドゥロが追いかける。

 あまりパーツの多くないものをと注文した通り、届いた甲冑は無駄な装飾のないシンプルな外見をしていた。お陰でふたつに分ければ難なく運べるらしい。その過剰梱包っぷりだけはさすがに想定外だったが。


 先日、ブエナペントゥラから「何でも欲しいものを言え」と我が侭をせがまれ、それならばと頼んだのがこの全身甲冑フルプレートアーマーだった。

 クストディアの部屋で目にして以来、ちょっと思いついた用途があり気になっていたのだ。とはいえ全身を覆うほどの甲冑となればそれなりに値も張るだろうし、日用品と違って軽々にねだれる物ではないから、正直あの申し出は有難かった。

 素直に欲しいものを告げた際の、ブエナペントゥラの顔と心情はこの際脇へ置いておこう。

 手分けして甲冑を運ぶふたりの後ろには、クッションをふたつ抱えたカステルヘルミと、丸めた敷物やバスケットを携えたエーヴィが続く。今日はフェリバが部屋で留守番だ。



 裏手の庭に出ると、二階よりも少しだけ風が強く感じた。外套はちゃんと着ているし、昼を回れば気温も上がってくるだろう。

 適当な位置を見定めて地面に甲冑を下ろし、そのそばに敷布を広げてもらう。靴を脱いで足を下ろすと、布越しの芝生は絨毯とも床とも異なる不思議な感触がした。

 必要なものを並べ終えるなり、エーヴィは一礼して別棟の出入り口付近まで下がる。今日も朝からファラムンドとレオカディオはそれぞれの用事に外出しており、こちら側の庭に来るような者はいないが、あそこで見ていればサーレンバー邸の使用人が近づくのを防いでくれるだろう。

 準備が整ったのを確認し、甲冑の横にカステルヘルミから受け取ったクッションを置いてその上に座り込む。


「それで、お嬢様。今日は一体、何をなさるおつもりなんですの?」


「うむ。実は以前よりイバニェスの屋敷の防衛力増強の一環として、前庭に自動迎撃装置かゴーレム部隊を置きたいと思っていたんだが、」


「ちょ、ま、ちょっと待ってくださいまし。あの、……いえ、何でもありませんわ……どうぞ続けてくださいな……」


 話を中断しようとしたカステルヘルミはなぜか途中で諦め、同じように敷布へクッションを置いて自分のそばに腰を下ろした。

 運搬以外の作業はひとりでもできるため、別に呼んだわけではないのだが、ついて来たいと言うので好きにさせている。この作業中はいつも通り、構成を描く訓練でもしているつもりなのだろう。たまには外でやるのも気分転換になって良いと思う。

 手の動作で「どうぞ」と促され、中断した話を続ける。


「センサー付きの自動迎撃装置は一から作るのが難しいからひとまず保留として、ゴーレムなら現場の岩や土を使えば作成におけるコストはかからない。だが、岩などを素材にするとその重量のためどうしても動きが鈍くなる。格下ならばこけ脅しにも使えるが、明らかな強者には通用しない上、あれは土なら水、岩なら衝撃という明確な弱点もある」


「一体何と戦われるおつもりなのでしょう……」


 カステルヘルミの呟きは無視して、指を一本立てる。


「そこでだ。先日、クストディアの部屋に甲冑が並んでいるのを見て、ゴーレムの代わりに全身甲冑フルプレートアーマーを動かしたらどうかと思いついてな。中身が空洞だから、素材に強化を施せば岩より軽い上に頑丈、二足歩行で動きも俊敏、何かあっても命を失うことはない、立派な防衛役ができ上がるという寸法だ」


 ブエナペントゥラに甲冑を頼む際、こちらからつけた要望は「人体を隙間なく覆う全身鎧であること」「できるだけシンプルな構造であること」「留め具やベルト以外は単一の素材で鋳造された物」の三点。自ら大抵の物なら用意できると請け負った通り、見事に全ての要望を満たした鎧を用意してくれた。

 パーツに欠けがあっては自律歩行が困難になるし、ごてごてしていると加工が面倒な上、破損した際の修復にも手間取る。そして材質がばらけていると、後の合金化という補強がしにくくなってしまう。

 要は、キンケードの剣を強化した要領で、鎧も強化しようというわけだ。

 衝撃にも斬撃にも強く、高熱や凍結などの温度変化に耐え、軽度の破損は自動修復し、憎き光熱線をも弾く。


「というわけで、壊れない鎧を作ろうと思う!」


「また何かトンデモなことを言い出しましたわー……」


「オレはまぁ、いい加減慣れてきたけどなー……」


 せっかく真面目に解説をしてやったというのに、カステルヘルミとキンケードは中空を見つめたまま、何やら気のない様子でそう呟いた。


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