第213話 壊れない鎧を造ろう!②
自然物生成ゴーレムの上を行く性能と強度。……結構すごいことだと思うのだが、人造物に戦いを任せることが気に食わないのだろうか。もしくは、さすがに魔法の腕が良くてもそんなことは不可能だ、とでも思っているのかもしれない。
確かに、ここはリリアーナの『領地』ではないため、キンケードの剣のように地中深くを窯として合金化する強化工程は、イバニェス領へ帰ってからになる。だが、それ以外の加工ならすぐにでも可能なのだ。
幼い頃から
とはいえ、さすがに今の体では少し手間取りそうだから、座って作業をするための準備もしてきたわけだ。
「あのー、すいません、俺にはお嬢様が何を言ってるのかサッパリなんですが……」
それまでキンケードの隣で黙っていたテオドゥロが、遠慮がちな挙手をしながら口を開く。
任務外で重い荷物を運ばせた手前、もう帰れとは言えずに放っていたのだが、キンケードが同席を許している以上「この場にいても問題ない」という人材なのだろう。キンケードのことは信頼しているため、その判断も信じられる。
「テオドゥロ、よーく覚えとけ。今後、嬢ちゃんと一緒にいて、もし自分の目と正気を疑うようなことが起きたらなぁ……世の中そういうこともあるもんだって念じれば、わりと何とかなる」
「な、何ですか急に」
「そうそう、リリアーナお嬢様だから仕方ないって心の中で唱えれば、目の前で何が起きてもサクッと諦めがつきますわ、サクッと」
「こら、お前たち。純真な若者におかしなことを吹き込むな。まるでわたしが奇行を繰り返しているようではないか」
このふたりは自分が魔法を扱えることを知っているし、大精霊パストディーアーの姿も直に目にしている。それがなくとも元から変に肝が据わっているところがあるせいで、今では何を言っても大抵受け入れられてしまう。
揃ってテオドゥロへ訳知り顔の助言をくれてやるのは良いけれど、だからってあんまりな言い草だ。
「なんもおかしかねぇだろ。お前さんと付き合うにあたっての、心構えとか聞き流し方の話だぜ」
「聞き流すでない。まったく、最近の若い者はゴーレムや
ウーゴやその息子なんて、魔王城の護りにと配備した合成岩ゴーレムたちを前に、飛び跳ねて喜びを見せたものだが。
ゴーレム作成素材に関する工夫や、コアに書き込む構成の取捨選択とか各種耐性の編み方とか、色んな細工を施すのも結構楽しいのに。……と、誰に聞かせるでもない独り言をぷちぷち呟きながら、リリアーナはバスケットから布包みを取り出す。
エーヴィが置いて行った大きな籐編みの籠には、温かいお茶を入れたポットとカップ、毛織のひざ掛け、それと昨日買ってきた強化用の素材などが詰まっている。
本当はもっと間近でじっくり検分したかったが、通りでは馬車から出てはいけないという約束のため、キンケードに指示して露店に出ていたそれらを買ってきてもらった。材質に関してはアルトの探査で確認済みであり、必要量は十分。単に、自分で眺めて選びたかったなーという、気分の問題だ。
「ちょっとそこの兜を取ってくれるか」
指さしてそう頼むと、デオドゥロが横たわった甲冑から兜を持ち上げてこちらに差し出した。受け取った兜は両手にずしりと重い。膝の上に置こうとして、不意に息が詰まり、目眩がする。
「……っ」
座り込んだ格好。
膝の上に持つ重み。
ひとのあたま。
それらに一瞬、かつて見た酷い悪夢が、――切断されたフェリバの頭部が重なり、きつく目を閉じる。
大丈夫、あれはただの夢だ。手の中にあるのは硬くて冷たい、金属の兜。誰も死んでないし、血で濡れてもいない。夢は夢。あんなこと、絶対に現実にさせはしない。
閉じていた目を薄く開くと、不安げな表情のテオドゥロが顔をのぞき込んできた。
「お嬢様すいません、重かったですか?」
「……いや、何でもない、平気だ」
受け取った兜を膝に乗せるのはやめて、敷布の外の芝生に置いた。もう目眩はおさまっている、大丈夫。
フェイスガードの留め具が緩いのか、動かすたびに格子状のパーツがぐらぐらと揺れる。どうせ中身は空っぽで顔を出すこともないのだから、後で固定してしまおう。
<さすが領主殿からの贈り物だけあって、造りも材質も粗悪品ではないのですが。やはりいくらかの不純物が混じっておりますね。鋳造の技術レベル的にこればかりは致し方ないのでしょう>
「知っている素材なら、分離くらいはどうとでもなる。どの道、合金化して強度を増すにも不純物や汚れは全て取り除いておく必要があるからな」
置いた兜の組成を今一度確認し、分離の構成を編んで鉄鋼以外の混じり物を除外する。浮かべた光円が地面に落ちきる頃には、酸化してくすんでいた表面も銀色の輝きを取り戻した。
兜を持ち上げ、軽く上下に振って中に溜まった煤状の不純物を落としてしまう。
「うわ、急にピカピカになった、すごいな。俺、魔法って縁がないからサッパリで。これも魔法師の先生に教わったことなんですか?」
敷布の横に屈んで作業を見ていたテオドゥロが、目を輝かせながらそんなことを訊いてくる。ちらりと隣のカステルヘルミと顔を見合わせ、同時にうなずいた。
「そのようなものだな」
「そんな感じですわ」
どちらが教師役かはともかくとして、その調子で魔法の授業の延長だとでも思ってくれれば良い。仕上がった兜を検分し、問題がないようなのでテオドゥロに返すと、嬉しそうに元の位置へと戻した。
汚れを落としたことで輝きは増すけれど、まだまだ足りない。イバニェスへ帰って『領地』で材質の強化を施したら、改めて表面を鏡のように研磨するつもりでいる。
それこそが、岩や土から成るゴーレムではなく、金属製の甲冑に目をつけた最たる理由!
『勇者』の扱う、あの光熱線の魔法への対策として、発射された光線を鏡面研磨した甲冑で弾くのだ!
盾としては心許ないし、表面が曲線を描いているためどこに反射するかわからないという欠点はある。だが、
熱線の魔法は一度この身で受け、目にしている。初撃さえ凌ぐことができれば、次弾装填までの隙を突いてカウンターを叩き込むことができるはず。鋼鉄製で中身がないから、奴の
だから実を言えば、温度変化や衝撃斬撃に強いなんていうのはほんのおまけに過ぎないわけだが、せっかく防備役を置くなら頑丈なほうが良いに決まっている。今の技術の粋を集めて、丈夫で立派なガーディアンを造ろう!
「不純物の除去は、この調子で全身やっていけば問題なさそうだな。稼働させるための仕掛けは午後に回すとして、一通り綺麗にしてしまおう」
<強化系の加工は全て、イバニェスへ戻ってからになりますか?>
「ん、先に端っこで鏡面研磨がどのくらいの仕上がりになるか試してみるつもりだが……。まぁ、それも午後だな」
不純物の分離は、分子の引き算というわりと単純な構成だから、体への負担も軽い。成人男性の身を覆うほどの甲冑でも、この調子で進めばすぐに終わりそうだ。
除去のたびに煤が浮き出るため、鎧の空洞の中にごみが溜まってしまう。胴体や腕も一度ばらしておいた方がいいだろう。力仕事にキンケードを呼ぼうと、背後を振り返る。
てっきりこちらを見ていると思っていた男は、腰に手を当てたままどこか反対の方向を見ていた。その目は別棟を越えた向こう側、木々の隙間にのぞく渡り廊下や本邸の方を注視しているようだ。この低い位置からでは、視線を追っても何を見ているのかはわからない。
「キンケード、どうした。何か見えるか?」
「いんや、大したことじゃねぇよ。何だ、手伝いがいるか?」
「ああ、この腕の部分を外して、胴体を持ち上げていてくれ。これくらいの高さで」
キンケードの周囲には、未だイバニェス邸の汎精霊たちがまとわりついたままだから、それらを働かせられるなら都合が良い。敷布を回り込んできたキンケードは仰臥していた甲冑を掴むなり、大した力を込めた様子もなく軽々と胴の部分を持ち上げて見せた。
「しっかりした造りのわりに軽いんだよなぁ、これ。サーレンバーの職人の技かね、大したもんだ。コイツが動くって?」
「ああ。実際の稼働はイバニェスに戻って強化を施してからだが、午後にテストしてみるつもりだ。ちゃんと二足歩行をするし、自律行動もするんだぞ、本当だぞ?」
「別になんも疑っちゃいねぇよ、ぬいぐるみが喋るんなら、鎧くらい動くだろ。……それで、コイツは何て名前なんだ?」
「名前?」
元々名称のあったアルトと違い、ブエナペントゥラに手配をしてもらった置物の甲冑だから個体名なんてついていない。だが確かに、これから扱うにあたり呼称は必要になるだろう。
「たしか、氏は鉄鋼領兵団配備甲冑第三式と言っていたかな。だいぶ古い型で、好事家が好むような歴史的価値と美観を備え、実際の着用にも耐える造りをした逸品だとかなんとか」
「鉄……兵、三しき? 長ぇな!」
「じゃあ、略してテッペイさんですわね!」
カステルヘルミがぽんと手を鳴らしながら、思い切った略称を口にした。
名称には特にこだわりもないし、呼びやすければ何でもいい。自警団員ふたりは微妙な顔をしているけれど、名付けの承諾にうなずきを返す。
テッペイさん。型式とも関連があり、響きが軽快だ。覚えやすくて良いのではないだろうか。
そうして、キンケードとテオドゥロの手を借りながら甲冑の全身から不純物と汚れを取り去り、銀に輝く甲冑を元通り組み立て終わった達成感から四人で拍手をしていると、エーヴィが昼食の時間だと言って呼びに来た。
ついでだからと無表情の侍女も巻き込んで拍手をさせる。さて、昼食を終えたらいよいよ動作テストだ。
少しずつ強くなってきた風に、肩へかけていたストールを無意識に手繰り寄せる。振り仰いだ空は、灰色の雲がかかり薄く陰っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます