第114話 馬車内談話②


 さて、話題を切り替えたところで、何について話そうかと思案する。

 今日立ち寄る場所についてか、買い物の目当てとしているアダルベルトの誕生日プレゼントについてか。

 そういえば行きたい場所と目的についてはいくらか打ち明けているが、詳細についてはまだ伝えていなかった。外出が叶ったとはいえ「連れて行ってもらう」身の上なのだ、自分の希望通りの場所へ行けるのか確認もしておくべきだろう。

 前回は護衛にキンケード、付き添いにトマサという顔ぶれで街へ向かった。

 初めての街歩きということで露店通りなどを案内してもらい、様々な話をしながら商店の並びを端まで歩いた。今でも鮮明に思い起こせる大事な思い出だ。その途中で小物店に入り、ブニェロスを食べ、馬車で店を開いていた行商人と出会った。

 だがレオカディオへの贈り物を探していたあの時とは異なり、すでに明確な目的地がある。

 自分としては、いくつかの要件さえ済ませることができれば後はお任せでも構わないのだが。軽く伝えてある行先の他に、カミロの側でも何か予定を用意しているのかもしれない。

 それと顔ぶれは変わったが、また以前のように親子連れを装い、このふたりの娘という設定で過ごすのだろうか。そう考えてカミロとエーヴィの顔を見比べる。


「今日はこの三人で街を歩くのか?」


「いえ、エーヴィは馬車を預ける場所まで同行しますが、街の中では別行動となります」


「別行動?」


 てっきり一緒に歩くのだとばかり思っていた。エーヴィに視線を戻すと、侍女はそれに応えるように小さくうなずいた。


「私は少し離れた場所から護衛としてお伴いたします。リリアーナ様に安全にお買い物を楽しんで頂けるよう、常に見守っておりますのでご安心ください」


「お前が護衛? それなら一緒でも構わないだろう、なぜ離れる必要がある?」


「リリアーナ様を見ている者や近づこうとする者がいないか、距離を取っていたほうがわかりやすいのです。姿をお見せすることはないと思いますから、私はいないものと思ってどうぞお気になさらず」


「エーヴィ以外にも街中では護衛の者たちが見ておりますが、彼らもリリアーナ様のお目に留まることはありません。防備は万端でも物々しい雰囲気は極力抑えますので、気を楽にしてお買い物をお楽しみください」


 エーヴィとカミロが続けてそう言うため、外出時の護衛態勢としてはそういうものなのかと首肯を返した。

 そういえば前回はキンケードに抱き上げられて街中を移動したのだった。歩く対象を護衛する通常の態勢を取るには、自分は幼すぎたのかもしれない。

 ……それとも、気がつかなかっただけで、あの時も離れた場所から護衛の者が見ていたのだろうか?

 そう思い、さりげなく肩から下げたポシェットを指先で叩く。


<前回は私の知覚する限り、追従する者などはおりませんでした。最近色々あったので警戒態勢が強まったのでしょう>


 知りたい答えがきちんと返ってきたことに満足する。体への負担を考えて自分からの念話は使わないことにしているが、そんなものがなくともアルトとの意思疎通は十分だ。


「そうか。視線を感じて気になるよりは、先にそうして教えてもらえるほうが助かる。では今回の連れはお前だけなんだな、カミロ」


「はい。本日のご案内を務めさせて頂きます」


 胸元に手をあてて形ばかりの礼を見せる。相変わらず杖をついて歩く男だが、それについてはもう気にしないという約束だ。急ぐような予定は何もないし、のんびり歩けばいい。

 ……歩幅が違うから、杖をついていてもカミロの歩みのほうが速いことくらいは知っている。


「リリアーナ様、本日のご予定についてですが。ご休憩を兼ねた昼食は、旦那様も懇意にされている店でとることになっております」


「そうなのか。父上が利用する店なら味も確かなのだろうが……」


「ええ、それはもちろん。ですが、本日は屋台や焼き菓子の店へも寄られるのですよね。もしリリアーナ様さえよろしければ、そちらの店では休憩と軽食に留めて、昼食時には屋台のほうへ参りましょう」


「そうしてくれ、うん、それがいい」


 ファラムンドが懇意にしているという店の料理も気になるけれど、アマダ以上の腕前を持つ料理人などおそらくこの街にはいない。それよりも様々な食べ物を売っている屋台の物色や、フェリバが好んでいる焼き菓子店、前回食べたブニェロスなどを堪能するほうが余程楽しそうだ。

 また街に来る機会はあるのだろうし、店での食事はその時でもいい。次の楽しみと思えば今日のところは軽食だけでも十分。


「……あ、いや、父上が利用する店よりも露店を重視しているわけではないのだが。今日は久しぶりにブニェロスを食べられると楽しみにしてきたんだ。せっかく街に行くなら、屋敷では口にできないようなものを食べたいと思ってな」


「本日はリリアーナ様のご希望を叶えるための外出ですから、お食事もご自由になさって結構ですよ。出来得る限り、ご要望に沿えるよう差配させて頂きます」


「そうか、それなら良かった。カミロもブニェロスを食べたことはあるか?」


「ええ、何度か。前回リリアーナ様がお召し上がりになられた屋台も存じ上げております。店主は長くあの場所に店を出している方で、下ごしらえから全てご自身の手で調理されているため信頼もできます」


 そういえばカミロはフェリバが持ち込んだ硬いビスケットも、それを売る店のことも知っていた。領主邸で侍従長を任されているような男だが、中々庶民の味にも精通しているようだ。

 少し意外なようでもあり、何でも知っているのが当然のようにも思える。

 ファラムンドの祖父に拾われたというようなことを前に中庭で話していたけれど、一体どういった経緯で屋敷へ来たのだろう。曽祖父が存命の頃から屋敷で働いていたなら相当な古株だ。

 ファラムンドやキンケードとは親しいようだし、幼い時分からの付き合いだとしたらその頃から従者をしていたのだろうか。

 普段から何かと世話になっているし最近では会話も増えたが、改めて考えてみるとカミロ自身のことはほとんど知らない。


「前回お買い物をされた骨董の小物店については、キンケードから伺っております。他に行かれたい店などはございますか?」


「ん? あぁ、そうだな、」


 思考に沈みそうになったところで、かけられた言葉に顔を上げる。そしてポシェットの裏側から一枚の紙を取り出し、カミロへ差し出した。


「バレンティン夫人から紹介された店に行きたい。ここがその場所なんだが、わかるか?」


「夫人から?」


 ここでその名が出ることは意外だったのだろう。驚いたような顔をして便箋を受け取り、書かれている内容へ視線を落とす。その目が左から右へと動き、僅かばかり細められた。


「……なるほど。こちらでしたら馬車を預ける前に、そのまま向かったほうがよろしいですね。リリアーナ様は装飾品をお求めで?」


「いや、わたしが自分で身に着けるものではない。カステルヘルミ先生の私物と、アダルベルト兄上への贈り物を見繕いたいと思ってな。どちらも素材は用意してあるから、職人に加工だけ依頼したいのだが……その辺の相場などがわからないから、金銭のやり取りに関しては助けてもらえるか?」


「それは勿論。加工のみの手間賃でしたらそうかからないでしょうし、十分な額を預かってきておりますからご心配なく。リリアーナ様ご自身でも、何か気に入るものが見つかりましたらお求めになられて構いませんよ」


 カミロはそう言うが、悩むこともなく首を振る。守護の効果が刻まれた護符の類ならばともかく、ただの装飾品なんていう邪魔なものを身に着ける趣味はない。


「わたしはいいんだ、……これもあるしな」


 そう言って、外套の下に着けている小さなペンダントを引っ張り上げて見せる。

 華奢な銀の鎖に、竜と百合らしき彫刻のなされた小指の爪ほどのトップ。中に精白石と通達の構成が込められた小さな護符は、五歳記の折にカミロから渡されたものだ。

 外出する際は身に着けようと思っていたのに、その外出自体が久しくなかったせいで部屋から持ち出すのは三年振りになってしまった。

 ちゃんと着けているぞというアピールのために見せたのだが、何やらカミロは眉を寄せておかしな顔をする。


「身の安全のために着けて頂けるのは有難いのですが、装飾品としては地味な代物です、いえ、決して粗悪品をお渡ししたわけではないのですが……、鞄やコートのポケットへ入れておくだけでも構いませんよ?」


「渡した当人が何を言うか。首から下げる用途の物なのだからこれで構うまい。シンプルな形も図柄もわたしは気に入っている」


「リリアーナ様がお気に召しておられるのでしたら……ええ、何も申し上げることは」


 何かごちゃごちゃと言う男に銀の飾りを指先で揺らしてみせてから、また衣服の中へと戻した。

 もっとも用意した本人の言う通り、見た目も構成も簡素な品だ。貰い物だからと手をつけないでいたが、そのうちカミロに許可を得てもう少し効果を足してみようかと考えている。できれば中に込めている石も精白石ではなく、ちゃんとに替えてしまいたいし。


 それに、ここしばらく頭を悩ませていたアダルベルトへの贈り物については、このペンダントとカステルヘルミの首飾りが良い着想をくれたのだ。明確に用意したいものが浮かんだお陰で、無暗に店を渡り歩く必要もなくなった。

 品を見ながら選ぶ時間がいらなくなった分、食べ歩きのほうに費やせそうで何より。

 あとは店に着いてから、ふたりに似合うものをちゃんと見繕うことができるかどうかだが、……その辺もカミロがいるなら何とかなるだろう。興味がない分野について自分の感性は信用ができないから、同伴してもらえて助かった。


「ところで、アダルベルト様への贈り物はわかるのですが、魔法師様の私物というのは一体?」


「あぁ、少し前に彼女の首飾りが……壊れて? しまってな。小さな銀の塊にしてあるから、これに石を合わせて加工し直してもらいたいんだ。本人も誘ったが遠慮すると言うから、とりあえず形の希望だけ聞き出してきた」


 出来合いのものを購入するのではなく、加工してもらうなら本人の希望を直接伝えるのが一番だと思い、一応今回の外出にはカステルヘルミのことも誘ってはいたのだ。

 だが同伴者について伝えるなり、「お邪魔虫になるわけには」とか「馬に蹴られるので」とか意味不明なことをあれこれ並べて断られてしまった。知らない所でカミロと何かあったのだろうか。

 苦手としているなら無理に連れ出すものではないし、双方とも人格的には悪い者ではないから、自分が仲立ちなどしなくてもそのうち和解できるだろう。

 気にはなるが、その点についてはひとまず様子を見ることにした。


 そうして街での行程についてカミロとあれこれ相談しているうちに、御者から「もうじき到着いたします」と声がかかる。

 話し込んでいたらあっという間だ。窓から外を覗くと、コンティエラの街の南門が緩やかな道の向こうに見えていた。

 三年振りの街。前回来た時とは季節も異なるし、露店の様子なども変わっているだろうか。

 新しいもの、まだ見たことのないもの、知らないものとの邂逅に思いを馳せて胸が躍る。それからおいしい食べ物との出会いにも。

 御者側にある小窓を開けて、カミロが行き先を告げている。まずはこのままバレンティン夫人から紹介された装飾品店に向かって要件を片付け、あとの時間はゆっくり街の中を見てみよう。

 馬車で直接向かえるのは楽で良いし、一番の目的は最初に済ませておけば、途中で何かイレギュラーな事態に遭遇しても安心して対処ができる。

 前回は散策が終わった後にとんでもない事件が起きたものだが、まぁさすがに今回は何もないだろう。護衛態勢は十分だし、ファラムンドに外出の予定はなく、目の届く範囲にこうしてカミロもいる。


 久しぶりの買い物と街での食事に浮き立つ思いを隠し切れないまま、リリアーナは窓から南門の様子を眺めていた。


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