第55話 間章・つよい魔王さまは臣下が欲しい。②
キヴィランタは年間を通して降雨が少なく、ベチチゴの森から離れて東側へ行くほど土地が乾いていく。大きな地下水脈はあれど、地表を流れる河川がほとんどないため、森から東の大部分は荒涼としている。涸れた平野部には常であれば低木の類やまばらな草花が生えて、時にはそれを食む小動物の姿なども見られた。
だが今は、地表もうかがえないほど隙間なく黒い残骸に覆われている。
見渡す限り一面の黒は、地に伏したまま時折小さな金切り声をあげたり、折れ曲がった脚を痙攣させている者も多い。艶のある外殻がまだ高い位置にある陽光を反射して、暗澹とした色合いでありながら少し眩しいくらいだ、とデスタリオラは目を細めた。
目算で千五百は上回る、だが二千には届かない辺りだろうか。これが相手方の総戦力というわけでもないだろう、面倒な誤解が広まる前にさっさとこの場を収めたい。
不揃いな絨毯のように広がる黒色の中心、そこだけぽっかりと空いた地面に立った魔王は、杖を持たない方の手を挙げた。次は一体何が起こるのか、とどめを刺されるのかと身動きの取れない者たちに戦慄が走る。だがその手から恐ろしい魔法が放たれることはなく、辺りには良く通る男の声が響いた。
「この群れを率いる者、もしくはそれに相当する者がいたらここまで来い。我は再度の話し合いを求める」
金属を打ち鳴らす音にも似たざわめきが起きる。その数拍の後、大して離れてはいない場所から右側の脚が二本欠けた蟻が、仲間の躯を乗り越えながらデスタリオラに歩み寄って来た。
付近に大きな巣を構えているという情報のあった、
「お前がこの群れを率いる者か?」
<部隊長ヲ、務めておりマす。魔王様、話し合いト仰られましたガ、念話でノ対話でもよろしいカ>
「十分だ。最初からそう言っているのに、問答無用で襲いかかってきたのはお前たちの方だろう」
<警告:一度目はデスタリオラ様の慈悲である。再度刃向かえば、一族郎党命はないものと知れ>
<……失礼をしましタ。お詫びノしようもなイ。魔王様ガ自らこちらへ出向くなド、信じがたいこトでしたのデ、皆、外敵と見なしテしまっタようです>
魔王とはそんなにも外を出歩かないものなのだろうか。ここまで来る間にも狼人族の小隊や、巨大な角を生やしたボアーグルなどに襲いかかられた。返り討ちにして動けなくなるまでのしておいたが、魔王城の場所は知っているそうだから、そのうち気が向いたら城へ来るだろう。
改めて自分の格好を見下ろしてみる。
着の身着のままの黒いローブと、片手にはインベントリから引き出したアルトバンデゥスの杖。それ以外には特に身につけていない。襲いやすそうな外見をしている、もしくは一目で魔王とわからないほど威厳が不足しているのかもしれない。後で一考の余地ありだ。
「まぁいい。再度の名乗りとなるが、我は魔王デスタリオラだ。現在、我が城では働き手を募集している」
<働き手……?>
「うむ。城の補修とか改装とか、あとは庭の手入れや警備などもな。そういう仕事を手伝ってくれる者を広く求めている」
<はァ、……えぇト、我ら
「徴兵というより、雇用だな」
群れで行動していればたしかに
だが、一体一体は脆弱であっても、地中に広大な巣を造る蟻ならば城の改修作業にもってこいのはず。強靱な顎で壁を削り岩を運び、小さな力を集めて繋げて大を為す。力の要る作業だからといって力の強い者を雇うより、きっとこういった者たちの方が向いている。
荒野を一列に歩く
ひとまとめに吹き飛ばすごとにどこからともなく倍の数が現れ、また吹き飛ばすと援軍が倍になって襲ってくる。それを何度か繰り返していたら、いつの間にか周囲がすっかり黒くなってしまった。
部隊長を務めているという
よく見ると右の触角の下に小さな傷があった。今の戦闘でついたものではない古傷だ。観察のため上体を屈めたついでにと、欠けてしまった二本の脚を復元してやる。
<ハ……、えっ?>
「欠けたままでは歩きにくいだろう。あと、他の奴らもだな。アルトバンデゥス」
<応答:はい、増幅はお任せください>
手間を短縮するために杖を介し、掲げたアルトバンデゥスの先端で空へ大きく円を描く。命じるのは戦闘直前の状態までの修復。周囲一帯、目に入る範囲を一通り指定すれば、抉れた地面や抜けた草などもついでに元通りになるだろう。
地に伏していた千数百匹の
精霊の燐光が落ち着いた頃には、周囲は金属を擦り合わせる音で満ちていた。蟻たちのざわめきは数が数だけに嵐の最中ようだ。
「うむ、これで移動にも問題はないな」
<あ、ア……、皆、生きテ……?>
「当然だ、無闇に殺したら働き手が減るだろう。全部生きてるぞ」
こちらの話をちゃんと聞いていたのだろうか、と首をかしげながらも先を続ける。
「とにかくそういう訳で、魔王城では働き手を求めている。まずは希望者を募る形でも構わないから、仲間内に声をかけてみてくれないか。部隊長のお前に決定権がないのなら、群れを指揮する者の所へ案内してくれ」
<ハ、はい、了解いたしましタ。魔王デスタリオラ様。我らの巣へご案内いたしマす>
部隊長のその決定と返答に、周囲で様子を伺っていた蟻たちも一同に頭を垂れた。決定権を持つ者へ従う側の意識がしっかりしている。それを眺めていたデスタリオラは感心した。これだ、こういうのが欲しい。
大群で行動する
すぐそこという雰囲気の口調で案内された
普段から長距離の移動をしている蟻たちには大したことではないのだろう。体の疲労を感じることのないデスタリオラにとっても、周囲を見物しながら歩いていたので半ば散歩のようなものだ。
そうして着いた
<他種族のノ方ヲ巣へ招くことハ、滅多にありませン。すデに先触れを出しテ、女王に許可を得ておりマすが、少々お待ちくださイ>
「うん、急がないから大丈夫だ。それにしても洞窟を巣にしているのは少し意外だったな、地面に大きな穴が空いている様を想像していた」
<我々ハ、地中から地上へ出ル時が一番無防備となりますかラ。それト、風雨ヲ避けるのにモ都合が良いのデす>
「なるほど、合理的だ」
そうしてしばらく待つと、洞窟から二匹の蟻が出てきた。部隊長よりもやや小柄な体躯は戦闘職ではない故だろう。案内役の二匹と部隊長に先導され、暗がりへと足を踏み入れる。灯りがついていなくとも、暗視ができるため特に視界に問題はない。
歩きながらアルトバンデゥスに壁面を鑑定させてみると、掘った穴を押し固めただけではなく、吐き出す粘液で補強もなされていると言う。時折柱のような岩も埋め込まれているし、深く掘り進めても崩れないよう工夫がされているのだろう。
いくつも分かれ道のある通路は代わり映えがなく、たとえ外敵が忍び込んだとしても女王の元へ着くことはおろか、ここからでは入口まで戻ることも難しい。マッピングは完璧だとでも言うように、杖の宝玉がちらりと光った。万が一ひとりで脱出することになったら頼らせてもらおう。
そのまま坂を降りたり曲がったりしながらしばらく進むと、ひらけた小部屋のような空間に出た。
<魔王様、こちらノお部屋へどうゾ>
「うむ。まだだいぶ浅い階層だと思うが、女王はこんな所にいるのか?」
<こちらノすぐ下が、女王ノ房室トなっておりマす。我らの女王ハ、念話でノ会談ヲ希望されておりマす>
「あぁ、話さえできれば面と向かわずとも構わない」
<魔王様ノ、ご寛大なル配慮へ感謝ヲ>
地中深くでありながら、空気はさほど淀んでいない。どこかに上手く通風口を作ってあるのだろう。気温は地表よりやや低い程度だ。
さて、下と言われるとどの方向を向いて話せばいいのか困る。談話室ということならどこかへ座っておくべきだろうと思い、壁面の程良い段差へ腰掛けた。
「息苦しさも湿り気も感じないし、地下も意外と居心地の良いものだな」
<提案:魔王城は地下にも様々な施設や部屋がございます。落ち着かれた頃に、そちらをご覧になられるのもよろしいかと>
「あの城、地下室なんてあったのか。それはいいな、戻ったら見に行ってみよう」
<補足:地下にはこれまで勇者たちが入ったことはないため、地上部分ほど荒れてはいないようです>
それならわざわざ荒れた部屋を五日かけて片付けずとも、地下を仮の居室にすれば良かったのではないか。
そんなデスタリオラの胸中を察したのか、それとも同時に同じことを考えたのか、アルトバンデゥスの杖は「地下にはご休憩に適した部屋はないようです」と、どこか慌てたように付け加えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます