第12話 バーリンゲン空襲

 ハンナは雲海の上を飛んでいた。レムルスや他の星々の光を受けて雲の上には4つの影ができている。ところどころの雲の切れ間からは漆黒の闇が覗いていた。前線の影響でバーリンゲン周辺では雲が多く本来であれば攻撃には向いていない。雲が標的を遮ってしまい高高度からの爆撃が行えないためだ。


 元より高高度からの爆撃では精密さなど求めようもないが、今回の標的はバカでかい城なので問題はなかった。敵の空中戦艦が到達できない高度から一方的に爆弾を投下して帰投できるならそれに越したことは無い。ただ諸事情により攻撃を早めるように要請があって本日の出撃となった。


「雲は600バーグぐらいの高度だそうだ。厚みは100バーグ程だが方向感を失わないように気を付けろよ」

 雲の中を飛行するのは厄介だった。スポット的に激しい気流が上下の動きを発生させており一気に機体を持っていかれてしまう。さらに雷が発生したりすると最悪だった。視界が利かないので方向感も失いやすい。


 アリエッタの指示でハンナ達は雲の海の中に機体を沈みこませ始める。たちまちのうちに視界を奪われてハンナの心臓は激しく鼓動を始めた。深呼吸をしながらゆっくりと数字を数える。10数えると雲が薄くなり始め視界が利き始める。どうやら気象部はいい仕事をしたらしい。


「やば。待ち伏せされてるよ」

 珍しく切迫した声をシーリアがあげ、それに被せるように砲声が響き渡った。本来ならば真っ暗闇のはずなのに、いたるところから空に向かって光の矢が伸びている。鏡を使った索敵灯の明かりが昼間のように照らし出していた。


 シュッフェン宮殿を守るように空中戦艦が3隻も浮かんで守りを固め、羽ばたき機がバタバタと騒音をたてて飛んでいる。

「上昇して撤退しろ!」

 アリエッタの指示にハンナは反応するが、雲で遮られる前に見えたのはジェーンのタイタンが激しく応射しながら城に向かって突っ込んでいく姿だった。


「ジェーン。無理をするな」

「隊長。タイタンなら平気ですって。やります」

「指示に従え。くそっ」

 雲の上の機影は3機分しかない。時折、雲を突き抜けて弾が飛んでくる。


「ハンナ。雲の上に抜けてきた弾筋を狙って爆弾を投下しろ。全弾落とせ」

「了解」

 ハンナは一旦上昇すると指示通り発射抗から次々と投下を開始する。回転しながら落ちていくカプセルは雲間に消えて見えなくなった。


「ハンナ。大したもんだ。空中戦艦が1隻落ちてくよ。ははっ。城の端の方に落ちて城ごと吹き飛んでやがる」

 雲の下の方から微かな爆発音が聞こえてきた。

「もう満足しただろう。ジェーン離脱しろ」

「ご命令に従いところですが、被弾したせいで出力が出ません。とてもそこまで上がれそうにはないです」


「各機、ワイヤー準備。再突入してタイタンを引き上げるぞ」

「隊長。やめてください。もう間に合いません。それじゃあ、先に逝きます。叱責は……」

「おい。ジェーン。応答しろ」


 水晶体からの返事はなく沈黙がその場を支配する。数瞬の後にアリエッタの声が告げた。

「第3飛行隊。帰投するぞ」

 標的を中心に円を描くように飛行していた3機は高度を上げて進路を東に向ける。


 ***


 アウールト基地を見下ろす小高い丘にハンナ達は居た。目の前には真新しい墓標。真っ黒な石の表面にはジェーン・ブラック1189-1206と白く象嵌されている。すぐ横には小さな黒石があり、大烏ヨーの文字。周囲にはいくつか似たような墓石が並んでいた。抜けるような青空の彼方に薄くロムルスがぼんやりと光っている。


 ハンナ達は持って来た花を無言で墓石の上に捧げた。もうジェーンの為に流す涙は枯れている。アリエッタは帰投後3日ほど自室に閉じこもって出てこなかった。ハンナもシーリアも心にぽっかりと穴が開いたような日を過ごしたが、アリエッタよりは回復が早かった。


 アリエッタは自分の判断がジェーンに死をもたらしたと自責の念を募らせる。自分がこの命令を拒絶していれば、自分がもうちょっと注意深く、先にシーリアを先行させておけば……。アリエッタの落ち込みの原因の一つにはピッチェルの影響もあった。顔を合わせればしょっちゅうヨーと口汚く罵り合うピッチェルは、その相手が居なくなって明らかに意気消沈している。


 そのアリエッタも今日は表面上は平穏を取り戻したように見えた。花を置いて下がると他の隊のメンバーもそれに倣って首を垂れる。全員が別れを告げると祭壇の上に置かれていたジェーンの私物の箒に火がつけられた。ゆっくりと箒全体に火が回り、箒は燃え落ちる。


 一陣の強風が起こり、燃え落ちた灰を空中に巻き上げる。ほんの一瞬、灰が箒の形を取って空高く消えていった。それを見て魔女たちはほっとした表情になる。ジェーンが箒に乗って空に還っていったことが分かったからだった。これからは何に縛られることなく自由に空を飛ぶことができる。そう考えられることは、残された者達に何よりも安寧をもたらした。

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