褒美として与えられた自由⑤

「ライ麦だ? 確かにオラ達の村では作っているが……それと魔女の何が関係あるだ!? 皇族だか貴族だかしらねーが、馬鹿みてーな事ばっか言うと追い出すぞ!」


 村長は赤ら顔をさらに赤く染め、怒鳴り散らす。


「お前の村で作られたライ麦を食った事で、我が国の兵が身体に異常をきたし、弱体化した可能性がある。ハーターシュタイン公国との戦争を停戦させざるをえなかった責任をどうとるつもりだ?」


 ハイネが厳しい表情で村長を見据える。彼はこの村で作られたライ麦が原因となり、停戦を余儀なくされ、皇帝からの評価を下げてしまったのかもしれない。だからこの件が解決しなければ、村を去るつもりはないだろう。


「停戦!? ハーターシュタインとの戦争って……最近フリュセンであった? ライ麦が原因って……どういう……? っていうか、ウチのライ麦が原因だとしても。それは魔女が呪いをかけた物かもしれねーだろ!?」


 村長は動揺したように唇をわななかせた。戦争の妨害行為を起こした場合の処罰がどんなものであるのかジルは知らないが、村長の様子を見るに、相当なものだと想像出来る。


「魔女がいるとしても、見境も無く害を振りまく程の暇人揃いだとは思いませんわ。というか、人為的に引き起こされたのかどうか考えるのとは別に、何が原因となって害がもたらされたか? これも並行して考えるべきなのではなくて? 何故考えが一方向だけにしか向かないのですの?」


 自分の考えに固執しようとする村長に、ジルはつい厳しい言葉を投げかけてしまう。だけど、魔女が……という言葉が出るたびに、マルゴットの事を思い、黙っていられなかった。

 村長は目をしきりに動かし、「修道士、悪魔……」等とブツブツ呟く。

 それらのせいでなければ、許されない事をした自覚が無意識下にあるのかもしれない。


「あの、取りあえず、今ライ麦を保管している場所に連れて行ってもらえませんか? それらを見せてもらってから――」


「うるさい! 出ていけ!」


「きゃあ!!」


 話を切り替えようとしたが、村長が近くにあった椅子をジルに対して振り上げたため、驚いて尻もちをついてしまう。椅子が叩きつけられる痛みを覚悟したのに、何故かいつになっても衝撃がやってこない。恐る恐る目を上げてみると、ハイネが村長が振り下ろした椅子を、手に持つ剣で防いでくれていた。


「ハイネ様!」


「ふざけるなよ、お前」


 ハイネは村長から椅子を奪い取り、部屋の奥に投げ捨てた。


「ヒッ……」


 抜刀した剣を村長の喉にヒタリと当てる彼の表情は見た事もないほどに、冷たく恐ろしい。


「ハイネ様! いけませんわ! 民間人を殺すなんて!」


「アンタは一度家から出てくれ。オイゲン、連れて行け」


 ジルを見下ろすハイネの目が、怖い。村長をどうするつもりなのだろうか?


「で、でも……」


「ジル様、怪我はないですか? ここはハイネ様と先輩に任せて一度外に出ましょう」


「オイゲンさん……」


 オイゲンは優しい表情でジルに手を差し出してくれる。その手に捕まり、立ち上がると、そのまま強く引かれ、外に連れ出される。


「あの……本当に大丈夫なのかしら? 止めなかったらハイネ様が殺人をするのではないですの?」


「ハイネ様は、この国で2番目に権力をお持ちの方です。その方が出ていけと言うなら、従うしかないでしょう。しかし、たぶん命までは取らない様な気がします……。おそらく……」


 村長の家の室内を再び確認しようとすると、バシリーがちょうど戸口まで来ていて、「散歩して来てください。それまでに村長を屋根の上に吊るしておきますから」と楽しそうに笑ってドアを閉めてしまった。ハイネを止める気ゼロなのではないだろうか?


「……」


「先輩は冗談が好きなんです。全部間に受けない方がいいですよ。ちゃんと止めると思います。たぶん……」


 絶句するジルに、オイゲンは気の毒そうに声をかけてくれた。

 彼等はそれぞれの行動を推測出来るかもしれない。でもジルは言葉通りに受け取ってしまうから、気持ちの整理が大変なのだ。


「大丈夫です。先輩が言う様に散歩にでも行きましょう」


 オイゲンが自分を危険の無い所に連れて行きたいのは分かるのだが、中が気になり、動けない。

 2人で途方に暮れていると、村長の家の裏側からドアが閉まる様な音がし、ジルとオイゲンは顔を見合わせた。そしてこちらに向かってくるような足音。一体誰なのか?

 少し待ってみると、ここまで案内してくれた女性が現れた。

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