市場にて②
「ねぇ、マルゴット。今の私どのように見える?」
ただの田舎に住む素朴な少女と化したマルゴットにジルは恐る恐る問いかける。
「え……言いにくいのですけど。その辺で働く中年女性のようです」
「やっぱり!」
「どうします? 私は何でもいいですけど、ジル様がその服で歩き回りたくないなら、街へ行くのを断ってもいいと思います」
「そんな事ないわ。色んな事が重なって疲れてしまっているから、気晴らしに出掛けたいのよ」
「そうですか。なら連れて行ってもらいましょう」
「待って。変装は徹底的にやりましょう。この布は何に使う物なのかしら?」
「それは真ん中で折って頭に巻くのです。ちょっと貸してください」
ヤケクソになり、2人で三角巾を被ると、妙に楽しい気分になり、笑い合う。
準備を終え、2人で温室に戻ると、幌馬車を用意していたモリッツに、荷台に隠れるように指示される。こうして隠れてしまえば、御者台に乗るのがモリッツなだけに、簡単に離宮の敷地を抜け出せるという考えの様だ。
ゴトゴトと車輪を鳴らし、敷地内を走る馬車。
守衛の所を通る時、ジルは思わず笑い声を上げそうになり、口を抑えてこらえた。
モリッツの目論見通りスンナリと宮殿を抜け出す事が出来、ジルとマルゴットは手を叩いて喜んだ。
「やったわ! 何とかなるものね」
「凄いザルですよね。笑ってしまいそうでした」
「ホント!」
実は先日宮殿から徒歩で帰って来た2人は、衛兵から大目玉を食らっていた。バシリーに連れられて行かれたのに、帰りは送る者がおらず、ジルが逃亡しやすい状況になっていた事に焦ったらしい。
だがジルとマルゴットはちゃんと戻って来たのに怒られた事に腹が立っていて、愚痴り合っていたのだ。 だから今日出し抜けた事はなかなか痛快だった。
「市場で名物料理でも食べませんか?」
「いいわね! あ、でも私この国の通貨を持ってないわよ」
「大丈夫です。私の給料はこちらの通貨なので、奢らせていただきます」
「何か悪いわね。今度どうにか借りを返せたらいいのだけど」
「全然平気ですよ」
侍女に奢られるのはどうなんだろう? と思うものの、ジルは大人しく頷いておいた。
マルゴットが離宮のメイドから仕入れていた市場の情報を教えてもらいながら、荷台を楽しんでいると、あっという間に市場に到着した。
「到着しましたぜ! ご自分達で降りられますか?」
モリッツは馬車を止めると、荷台についた布を開けてくれた。
「大丈夫よ」
ジルとマルゴットは危なっかしくも荷台から飛び降りる。
「俺はちょいと修理に出していたスコップを取って来ますが、2人はどうします?」
「市場を覗いてみたいわ」
「じゃあ、あまり遠くに行かない様に見ててください。スコップを受け取ったら、苗を見に行きましょう」
「分かったわ。行ってらっしゃい」
モリッツが小路沿いに歩いて行くのを見送った後、ジルとマルゴットはノンビリと露天を眺め歩く。
リンゴ酒用の可愛らしい陶器ピッチャーや木工芸品等、普段目にする事がない品々が新鮮で、見ていてとても楽しい。
「ねぇ、マルゴット。これ見てちょうだい。この熊。とっても可愛いわ!」
モコモコの熊のヌイグルミを見つけ、ジルは大喜びでマルゴットを手招きする。
「確かにとても造りがしっかりしていて、中の綿を抜き取りにくそうです」
「抜き取らなくていいのよ!」
「いや、でも不完全の美しさってものも捨てがたく――」
「お前等何やってんだ?」
背後からかけられた呆れた声にジルはビクリとした。
無駄な美声に聞き覚えがありすぎる。
(え!? 何故ここにこの方が??)
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