第56話「再会」

「カインさま!」

「坊ちゃま!」


 ジャッカルの自害を聞いて遺体を確認していたカインの下へ転がるようにゴライアスとジェフのふたりが飛び込んで来た。


「ご無事でなにより。それよりも此度の失敗、このゴライアス万死に値しやす。軍は弟に統率を任せて来ました。さあ、カインさま。大言壮語ばかりでロクな役にも立てなかったこの虫けらの首をスパッとお斬りくだせぇ」


「坊ちゃま。斬るならオラだけにしてくだせぇ。ゴライアスどんは腕も立つし頭も切れるんで。咄嗟に兵を集めて都城に圧をかけようと決断したのはゴライアスどんなんで……」


「おいジェフ公よ! 余計なことをいうな。それよりもカインさま。斬るならば俺だけにしてください。ジェフは俺と違って家柄もいいし若い。これからもきっとカインさまのお役に立ちます。罪は罪として、すべてこの俺にあるんでさ!」


「あのな、ふたりとも。落ち着け。私は若輩者にして世間知らずだ。今回だって多数の協力者がいなければとっくに首は泣き別れだ。それに誰に罪があるというのなら、それはジェフやゴライアスに許可を出した私にある。一事が万事、規律を無視しろともいわないが、今我が股肱の臣であるふたりを罰したら、次に賊徒が領内に跋扈したとき誰が討伐するというのだ?」


「けれどカインさま……」

「坊ちゃま……」


「私自身も幼く浅学で人格も固まっておらずあやまちだらけだ。今、おまえたちを罰したら私は本当の意味で暗君として完成してしまうではないか。ふたりとも、昨夜のことを罪と思うならば生きて恥を雪げ。他日ふたりが抜群の功を表せば昨夜の失敗など底の底に埋もれて誰も気にしなくなるはずだ」


 その場に伏したままゴライアスとジェフは男泣きに泣いた。ロックはカインの裁きをジッと見つめながら、全身を雷で打たれたようにその場で硬直していた。


(これが十になるかならないかの少年がいう言葉か……?)


 牡牛のように巨大で精悍な体躯を持つ大の男ふたりが、小さな少年の前に跪き、まるで子犬のように甘えるさまは、ロックに異様な感情をもたらした。


(通常ではありえないはずだが、面白い)


 リューイ公の屋敷を辞したのは家庭の事情もあったが、まだ血気盛んなロックにしてみれば酷くつまらない職場であった。


 確かに安定はしている。そのような見方が世間一般のものであったが、突如として巻き起こった戦乱のうずに呑み込まれれば、どのような対応手段を取ることもなく、敵方の情報将校ひとりにかき回された。


(カインさまであるならば、自分を使ってくれる。そう、おれの活躍場所を与えてくれるに相違ない)


 ロックは豪傑ふたりの手を取る少年の背に輝かしい光を感じ、否応なく飛び込む決断をその場で下した。






「とりあえずひと息というところか」


 カインはリューイ公の屋敷の一室を借り受け臨時の指揮所とした。


 城の内外にはパラデウム派から番兵を斬って逃げ出したゴライアスとジェフが集めた兵が駐屯しており、市内の治安は平穏が保たれている。


「カインさま。寝所の警備は万全ですゆえ、夜明けまでそれほどありませぬが、少しは身体をお安めくださいませ」


「うん。頼んだぞロック」


 リューイ公の直臣であったロックはカインの鑑定通りに賢才を持ち、なおかつフットワークが軽くゴライアスやジェフが不得意とした細々とした点によく気がつく得難い青年であった。


(リースの看病はライエに頼んである。城内はリューイ公が落ち着かせてくれているし、パラデウム派に願っていたカルリエ貴族たちもほぼ元鞘だ。あとのことは、少し寝てから考えるとしようか)


 ベッドに座ったところでカインは顔を歪めた。ジャッカルに切り刻まれた全身の傷が妙に熱いのだ。


 剣術の技量は隔絶していた。でなければ今このベッドに横たわろうとしているのはカインではなく、城中の美女を我が物顔で組み敷こうとするジャッカルであったに相違ない。


 そしてもっとも速やかに行わなければいけない懸案事項が脳裏をよぎる。


(リューイ公は、リン・グランデから退いてもらわなければならない)


 カインは血族であるリューイ公を無意識、いや意図的に排除することを脳裏に思い浮かべないようにしていた。


 だが、今回のパラデウム派の暗躍やカルリエ貴族の離反を招いたのも、カインが暗にリューイ公の存在を認める部分があったからだ。


(蛇の頭はふたついらない。リューイ公がリン・グランデに持つ権力は今日を限りに徹底的に消さなければなるまい)


 本来であるならばカイン自身もリン・グランデに本拠地を移して領内の政治を見るのが妥当ではあるが、下手に栄えた都城に居を移すと貴族や親族とのつきあいが増えてただでさえ少ない時間が削り取られ、にっちもさっちもいかなくなってしまう。


 そういった意味で祖父の隠居所であった屋敷はカインの執務にとって、虚礼を尊ぶ貴族たちと適度に距離が置けるバランスのよい場所であった。


 そこまで考えてカインは不意に小さなめまいを感じた。全身の節々が熱を持っており、身体は鉛のように重たく思考も上手くまとまらない。疲労がかなり溜まっていた証拠だ。


「さすがに眠いや」


 ふわぁ、とあくびを噛み殺しながらベッドに潜り込むと、数秒も経たずにカインは泥のような眠りに落ち込んだ。


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