九話 中二病、それを治すなんてとんでもない



【英雄志望800: う わ ぁ……(白目)】


【英雄志望801:これが伝説のヤームーチヤ視点……】


【英雄志望804:信じられるか? これ生身での戦闘なんだぜ?】


【英雄志望805:ま、まるで海の幸(隠語)の活き造り、その調理過程(意味深)を見ているみたいだぁ……】


【ニコちゃん(思考入力):突然ですがご協力をお願いします】


【英雄志望807: !? 】


【英雄志望808:ニコちゃん!? 今戦闘中なんじゃ!?】


【ニコちゃん(思考入力):戦闘中につきレスへの細かい反応はできませんので、その点に関しましては悪しからず。これ、大事なお願いです! 私の使ってる刀はデュランダーナですが、その名前、横文字だけじゃ味気ないと思いません? そこでデュランダーナに漢字での中二チックな名前を付けたいと思います。みなさんにはデュランダーナの名前を考えてもらいたいんです。下1から下8までで、よさげなのを採用します。よろしければお知恵をお貸しください!】


【英雄志望810:あ、コテハンのとこに思考入力ってある。流石に手打ちは無理か】


【英雄志望811:武器名の安価ぁ!? って安価じゃねぇのね】


【英雄志望812:くっ、ニコちゃんの頼みとあっては無下にもできん、か! 唸れおれのコスモ……だめだ思いつかん!!】


【英雄志望813:急な安価に慣れてるおれでも流石に今回のはキツイ。一瞬で思いつけとか無理無理カタツムリ】


【英雄志望814:拙者、童心を忘れぬ爺の鏡。『黒聖刀』で。黒い刀を使う聖女的な? 安直ですまぬでござる……】


【英雄志望815:かぐや姫の難題並みにムズい。『死ノ神モ屠ル堅キ剣』】


【英雄志望816:『無相極理の鋼〈デュランダーナ〉』……真面目に考えると顔真っ赤になった】


【英雄志望817:おれの黒歴史を供養する時が来たようだな……『人熱心厚の剣』】


【英雄志望818:背中がムズムズすりゅのぉぉおお!!『鉄王剣』】


【英雄志望819:( ´,_ゝ`)プッ】


【英雄志望820:( ゚∀゚)・∵.カハッ!!】


【英雄志望821:中二……それは思春期の暗黒面……】


【ニコちゃん(思考入力):》》816 おまえがなんばーわんだ】


【英雄志望823:(´;ω;`)う、嬉しいけど嬉しくない……】


【ニコちゃん(思考入力):無相は仏教用語ですね。たしか姿や形が差別的現象世界を離れた、仏教における究極的状態を表現するとか。極理は究極の道理でしたっけ? そこに鋼の文字を名前に入れる。いい中二センスです。それ、いただきます】


【英雄志望825:おっ、ニコちゃん博識ぃ!】


【英雄志望826:ゆーてもニコちゃんリアル年齢15歳やからな。去年ぐらい調べまくったんやろ】


【英雄志望827:あー……】


【英雄志望828:想像したらなんか可愛い】


【英雄志望829:ニコちゃんリアルやと性別オスやからね?】


【英雄志望830:それがいいんじゃないか!!】


【英雄志望831:キモいこと言うな】


【英雄志望832:ってか戦闘中によそごと考えられてるニコちゃんっていったい……】


【英雄志望833:イッチってスゴイ。僕は改めてそう思った】




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 神話とはとかく血なまぐさいものだ。数多くの英雄の逸話には必ずと言っていいほど流血が伴い、資料には個人規模の戦闘から国家間の戦争、果ては世界の存亡を懸けた大戦争の模様も記されている。

 凄惨なものである場合が多い神話における戦闘、戦争のジャンルは基本的にファンタジーとしか捉えられない人も多いと思う。だがもし仮に、私の主観を元にして大真面目にカテゴライズするなら、神話のバトルは『スタイリッシュアクションコメディー』となる。アホらしいほど荒唐無稽で、派手さと華々しさを過剰に盛った結果の惨状は、十代半ばの私からしても苦笑を誘われるものだからだ。


 そんな神話が現実として存在する並列宇宙が、この『オリンポス』である。

 リアルが観測した神格はギリシア神話の神々が主で、他の神話体系の神格が極めて弱小であったことが名付けの由来だ。

 冗談で済ませておくべきの伝承が確固とした現実として存在し、『オリンポス』に私がログインしている以上は、苦笑いの一つでもして軽く流せるようなものではなくなっている。

 私、ニコマ・ソクオーチが安価によって定められたキャラクター像は、荒事全般を好んで行なうようなものではない。アヴァターラの性能的に、修練を重ねれば上位の実力者を目指せるかもとは思うが、安価がそれを許さないのだ。

 私がロールするキャラクターのジャンルは、断じてスタイリッシュアクションコメディーではない。目指しているのは紛うことなき聖女、物事を面白おかしくする愉快犯、自身の愉悦を優先する屑だ。ふわっふわな教団を設立し、この『オリンポス』で黒幕的存在となることこそ至上命題。

 だが――今はまだ自身のロールから逸れることを許そう。どんな組織の大物にだって下積みの時代はある。私にとっては今が下積みなのだ。ここで躓いたら安価によって定めた生き様を貫けなくなるどころか、そのための道へ歩き出すことすら叶わなくなる。


「あ――っははははは――ッ!」


 故に、だ。


 私は迸る哄笑の下品さを、今だけは許容する。


 頭蓋の内側で脳漿が沸騰しているかのように、ドパドパとアドレナリンが捻出されているのが分かる。原始の闘争に精神が煮え滾り、反比例して思考は数理の如く冷え切っていた。

 私という個が戦闘行為に対して最適化している感覚。明らかに戦闘への適正値、天賦の才が大幅に底上げされている。戦いという行為そのもののために心臓は鼓動し、一つの戦争機械として呼吸しているかのようだ。これが軍神アレイスの血が齎すものだというのなら、なるほど神は偉大だろう。権能によらずただその血を人に混ぜるだけで、こうまでも恩恵に与れるのだから。


 戦いの実感に狂奔し、しかしその理性は氷の如く冷徹に醒める。戦闘に際しての精神状態としては最高だった。

 振るう剣の軌道、敵対者の狙いを逸らす詭道、戦術を成すための機動、いずれも最適最善のものをなぞっていると確信する。


 私は断崖から飛び降り、剥き出しの岩礁を蹴って飛び出すと、勢いそのままに海面を疾走はしっていた。足が海に沈む前に反対の足を前に出し、その足が海に沈む前に更に反対の足を前に出す。疾走り、奔った。机上の空論としても下の下である暴論を押し立てて、私は一直線にマレハーダに接近する。

 ヘーラクレースという、世界一危険な異物に体内で暴れられ、地震に等しい暴威を撒き散らして悶える神罰の獣マレハーダに私を見る余裕はない。

 体内にいるヘーラクレースによって、ただでさえ言語を絶する激痛に襲われているのだ。体長100メートルに近い大化生が、その十分の一にも満たない蟻の如き人間の接近に気づけるわけもないだろう。


 しかし筆舌に尽くし難い激痛の海の中、悶え苦しみ暴れ狂うマレハーダが発生させる、小さな津波じみた大きな白波や、振り回される二本の尾、短いながらも鋭利な槍の如き爪は天災に等しい脅威だ。

 私はそれらを掻い潜り、海面を蹴って跳躍する。浅瀬にまで来ている為か、マレハーダの脚は膝の上まで海上に露出していた。マレハーダの胴まで一気に駆け上がると、デュランダーナを一閃する。斬り裂くのは爪を備える三指の一つ、それを指の付け根から切断した。

 黒い鱗に覆われた太い指が落ちる。白い鮮血が吹き出し、マレハーダが私に気づいた。


「野望の礎は私の剣で――!」


 素晴らしい切れ味だ。本物の刀を振り回したことはないが、かつて踏破したデスゲームの一つはリアルな武器を使用した白兵戦を主題に置いたもの。本物の武器を扱うのと同等のクオリティーだったと今になって知る。

 内臓を掻き回すヘーラクレースによる痛みに比べれば、指の一本を奪われた程度は気にもならないらしい。小癪な蠅を払おうとでもするように豪腕を振ってくるのに合わせ、巨獣の太腕へ両手をつき前方転回した。

 上へ逃れた私の真下を、暴風を伴って豪腕が過ぎ去る。それを見もせずに、虚空で回転する勢いを乗せて大化生の胴へと黒刀を突き刺した。

 刀の切っ先を捩じ込むと素早く新体操の技、アドラー1回ひねり片逆手倒立の要領で体を上方へ運び、足を刀の柄に置いて足場にする。すかさず刀の柄頭の方へ体重と力を込め、てこの原理で黒鱗を剥ぐや黒刀を引き抜き、半端に剥がれた黒鱗を代わりの足場にして更に跳躍した。


 巨獣の体表を駆け巡り、刀を乱れ振るう。


 指を落とされたことを度外視すると、マレハーダにとっては虫に刺されたようなものだろう。リアルのギリシア神話だと、三日も生きたままヘーラクレースに内臓を掻き回されたというから、その生命力の強さは折り紙付きだ。

 歯向かってきた時点で生贄とは認めず、マレハーダは猛烈な痛みに耐えながら私を睨みつけた。


「歩む聖なる道を敵の血で――!」


 自身の体を駆け上がってくる虫を払わんと、巨獣は上体を大きく傾けて私を虚空に放り出す。そのまま尾を振って私を海面に叩きつけようとした。

 虚空に投げ出され様に空中で乱回転し、デュランダーナを迫りくる巨獣の尾に撃ち込む。デュランダーナは所有者の望む形状へ姿を変える――斬撃を放つ直前に刀身を伸ばし、それに比例する形で質量も累加させた。

 尾を充分に切断せしめられる長さを得た黒刀が、堅牢な鱗と強靭な筋肉を斬断してのける。神罰の獣が絶叫した。尾の片割れが半ばから切断されたのだ。痛いだろう、屈辱だろう。たかが人間如きにこうもやられては、海神の意を受けた化生としての誇りに傷がつくだろう。

 存分に怒るといい。その怒りはすぐに死への怯えへ変わる。

 半神化の影響に違いない、手にしている武器を如何にすれば十全に扱えるのかが手に取るように分かる。瞬間的にデュランダーナの刀身を五メートルにまで伸長させ、分厚い鉄塊に変じたものを軍神の血に由来する怪力で振り抜き、発生した慣性を利用して滑空すると巨獣へ接近する。


「築き上げ、穢し抜くッ――私の悦楽を彩る柘榴と成れ」


 あっははは! 嘲笑いながら巨獣の肩へと至り、刀を閃かせるやマレハーダの眼球を斬り裂いた。

 視界を半分奪われたマレハーダは、いよいよ遮二無二に暴れ狂う。私は全力でマレハーダの頭を蹴り天高く舞い上がると、大上段に振り上げた黒刀を振り下ろす。愛刀の銘を謳い上げながら。


無相極理ムソウゴクリハガネッ、〈デュランダーナ〉――!」


 黒刀は、刀から巨大な戦鎚に姿を変えていた。全長五十メートル、全重約二万トン。人の身で扱えるはずのないそれを、ありえないことに確実に操れると確信したまま、渾身の力で振り下ろす。

 頭部への直撃を受けたマレハーダがもんどり打って海面に沈む。強すぎる衝撃で一瞬気を失ったのだろう。だが恐るべきことに死んでいない、どころか頭部には僅かばかりの流血が見られるだけだ。とんでもない頑丈さとタフネスである。


 海面に倒れたマレハーダが残った尾を振り下ろし、空中の私を攻撃してくる。無相極理の鋼を元の黒刀へと回帰させ、私は物は試し・・・・とばかりに両腕を交差させると、敢えて攻撃を受けてみた。

 普通は即死する。ミンチになる。しかし私には死なない・・・・という確信があった。

 超質量の尾の一撃を食らい、私の体がゴミのように吹き飛ばされる。元いた断崖絶壁、その更に向こうまで。無数の木々を薙ぎ倒し、ようやく止まった頃に私は苦笑する。


「あらぁ……私の両腕が腫れただけ・・・・・、ですか。死にはしないと思って受けてみましたけど、まさか折れさえしないなんて……半神化、やっぱりチートですね」


 ぼやきにも似た声音で呟きながら砂埃を払い、すたすたと何事もなかったように歩く。断崖の上に戻ると、口からウォータージェットの如き高圧水流を吐き出していた。それで体内のヘーラクレースを体外へ追い出そうとでもしているのかもしれない。しかしヘーラクレースが出てくる気配はなかった。時折りこちらにも向けられる高圧水流を横っ飛びに躱しつつ、外からは見えない死闘を眺める。


「……あー……」


 ハッ、とした。そのせいでふと、冷静になった。

 いや元から冷静ではあったが、テンションが戻ったというか、血の滾りが鎮まったというか。

 そのせいで私の顔が、急激に熱くなってくる。

 羞恥によって。


『野望の礎は私の剣で――! 歩む聖なる道を敵の血で――!

 築き上げ、穢し抜くッ――私の悦楽を彩る柘榴と成れ。

 無相極理の鋼ッ、〈デュランダーナ〉――!』


「うわぁ……なにこれ、なんですかあれ。え? あれ私? 私あんなこと言うキャラじゃないですよ? ぅ、ぅう、穴があったら入りたい……」


 猛烈に背中が痒い。顔が熱い。

 なんてこと。中二病まんまの武器の名前を募集して、カッコイイと思えた名前を貰えたからと、ちょっとサービスしてカッコつけロールしてみようと思ってしまうなんて……! これが魔が差した、という奴なのか。

 コンソールを開いてスレを覗く勇気が出ない。なんて言われているか容易に想像がつく。きっと間違いなく囃し立てられてる。というか時間を置いてもネタにされるのが目に見えてる。

 羞恥心を刺激される未来が確定した。むず痒い気持ちで、キッ、とマレハーダを睨む。そうだ、全部コイツが悪いのだ……! そもそもコイツが現れなければ戦闘に至る必然性はなかった!


「入れる穴がないなら、空けてしまえばいいじゃない」


 デュランダーナの切っ先を、崖上から八つ当たり全開で巨獣に向ける。

 接近戦をすればテンションが上がり過ぎ、またぞろ妙なことを口走りそうな気がしたから、こうして固定砲台として役目を全うすることにした。

 一瞬にしてデュランダーナの刀身を百メートル近く伸ばす。その速度は大気の壁を突き破り、瞬時にマレハーダに突き立った。

 デュランダーナの刀身を縮小する。そしてまたすぐに伸長する。縮小と伸長を幾度となく繰り返せば、その場から動くことなく巨獣を傷だらけにしてしまえた。最初からこうしていれば良かったと私、猛省。


【グギァァアアアァァアアアッッッ!!】


 神罰の獣の断末魔。

 私はそれを、蟻の巣に水を流し込む子供のような笑顔で見物した。

 矛先を向けられ、何度も何度も高圧水流を放たれてくるも、全てひらりと躱しながら思う。

 今、私はとてもいい笑顔をしている。その自覚がある。これも軍神の血のせい?

 きっとそうだ。けど、理不尽と不条理が手を取り合ってダンスしているような神話の世界だと、これぐらい残酷な心がないとたぶん生きていけない――生きてる意味が見つからない。


「疲労は――無し。腫れてる腕も動かせないほどじゃない。飢餓感も喉の乾きも無し。眠気も同じ。うん……リアルの神話だと、ヘーラクレースは三日掛けてマレハーダを殺したようだけど……私のいる『オリンポス』だと、半日ぐらいで済みそうかな?」


 デタラメに強い巨獣の生命力と、ヘーラクレースの暴れ具合。私が遠くからチマチマと与える外傷の度合い。それらを総括して計算するに、半日ほどでマレハーダが息絶えるだろうと思った。

 後はもう見せ場はない。語って聞かせるような華もない。

 順当に、順調に、マレハーダの解体は進んでいった。


 ――神罰の獣マレハーダが息絶えたのは、それから十一時間後の事である。







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