仏の顔は何度まで?

天乃 彗

第1話

 お節介、と言われることには慣れた。余計なお世話、と言われることも多々ある。それでも、困ってる奴は放っておけないし、俺の助けで誰かが救われるなら本望だ。

 そんな性格だからか、最近は、困ってる奴は直感でわかる。そして、そいつを助けてあげないと、気が済まなくて蕁麻疹が出るようになってしまったのである。そんな俺に付いたあだ名は「仏」──友人曰く、高来睦月タカライムツキという俺の名前に引っ掛けてるらしいが、絶対後付けだろう。名誉なんだかバカにされているんだか分からないが、このあだ名は自分の中でもかなり定着していた。


──あいつに、出会うまでは。



 * * *



 俺は図書室にいた。図書委員の奴が大量の本を抱えて大変そうだったから、運ぶのを手伝った。そのついでに、本の整理も手伝っていたときだった。


──あれは、困っている。

 長い黒髪を三つ編みにしている女の子が、何やら本棚の上の方を眺めて、棒立ちしている。その目線は一冊の本に集中しているようだった。確かにあのくらいの身長だったら、本棚の一番上には届かないだろうな、と思った。きっと、女子の平均身長よりやや低いくらいだろう。

 俺は、本の整理を一旦中断し、その女子生徒の後ろに立った。目線からするにアレだろう、と勝手に見当をつけて、一冊の本を手に取る。


「これで合ってる?」

「えっ……」


 俺は、ぽかんとする女子生徒にその本を手渡した。……反応がない。違う本だったのだろうか。


「……違う本? なら取るけど、」

「ここここここれです! あの、あの、ありがとうございました!」


 女子生徒は俺の言葉を遮るように言った。ペコペコとお辞儀をするたびに三つ編みが揺れて、なんだか賑やかな三つ編みだな、と思った。

 何故か女子生徒は顔を真っ赤にしていて、目もうるんでいる。さっきまでそんな様子はなかったけど、もしかして。


「風邪? なら、保健室連れてくけど」

「ひぇ!? いや、えと、ちが」


 女子生徒は慌てふためいている。今度はブンブンと首を横に振ったから、三つ編みが俺にぶつかりそうになる。


「でも、具合悪そうだし」


 俺は、つい癖で(友達とかによくやるから)、自身の掌をその女子生徒の額に押し当てた。……うん、ちょっと熱い、か? 「あああああうあう」と呻き声(?)が女子生徒から漏れた。びびったけど、これ相当重症じゃ……。


「やっぱり保健室に……」

「大丈夫れすううううう!! ありがとうございましたぁぁぁあ!!」


 そう叫ぶと、女子生徒は俺が手渡した本を床に落として、そのまま図書室を後にしてしまった。……見るからに大丈夫じゃないんだが。

 しかし、残念ながら俺は彼女の名前とクラスを知らない。追いかけようと思って廊下に出たが、既に姿は見当たらず、どこへ行ってしまったのかもさっぱりわからなかった。


「……参ったな」


 俺はとりあえず、落ちてしまった本を拾い上げた。……借りようとしてたんだよな? これ……。

 俺は少し考えた後、自分のカードでその本を借りた。図書室で会うくらいだ、数日の間に何処かで会うはずだ。その時にこれを渡そう。そして、体調が悪いのであればその時こそ保健室だ。

 そう自分の中で決めた。決めたがやっぱり、ついさっき彼女を助けられなかったことがもやもやして、ポツポツと蕁麻疹が出始めていた。



 * * *



「あっ」


 彼女を見つけたのは、その二日後だった。本当に偶然、昇降口で発見した。後ろ姿でわかったのは、彼女の特徴的すぎる三つ編みのおかげだった。


「ひゃ!」


 俺に気づいた彼女が奇声をあげた。まるで化け物を見たかのような反応に少し傷つく。


「あの、この間の本……」

「ほほほ、本!? 何の話でしょうか!?」


 なんてことだろう、すっかり忘れているらしい。俺は鞄から、彼女の代わりに借りておいた本を取り出した。それを見た瞬間、彼女が「あっ」と声を漏らす。俺はその本を彼女に手渡した。その行動の意味を理解してないらしい彼女に、「期限までに図書室に返してな」とつげる。


「……わ、私の為にわざわざ借りてくださったんですか?」

「え、そうだけど」


 彼女は俺から受け取った本をじっと眺めている。心なしか、やっぱり顔が少し赤い。


「やっぱり、具合悪いんじゃ」

「ちが、えと! ……っああああああもう無理です!!」

「!?」


 急に声を張り上げた彼女に、今度は俺が面食らった。なんだ、何事だ。


「高来睦月さん──いえ、仏さん」

「え、あっと。はい」


 名乗った覚えがない。それどころか、あだ名まで把握されているのは何故なんだ。


「これ以上、私に優しくするのはやめてくださいっ!」

「え、なんで」

「好きに、なっちゃいますから!」

「……はぁ?」


 言っている意味がよくわからない。俺は今何を言われたのだろうか。優しくするな、までは理解できた。理解出来ないのはその理由だ。


「好きに……何だって?」

「だから、好きになっちゃうんです! 優しくされると!」

「……はぁ?」


 本日二度目の「はぁ?」が出た。無理もない。意味のわからないことを二度繰り返されたのだから。優しくされると好きになる? 何をだ? 


「わ、わた、私──人よりちょっと、いや、すごく、惚れっぽいんです!」

「……うん。……うん?」

「だ、だから、仏さんみたいに優しい人には、すぐにきゅんとしてしまうんです!」

「ん? んん……え?」

「こ、この間図書室で仏さんに優しくされてから、仏さんのことが気になってしまって……! 名前やクラス、交友関係まで調べてしまうほどで!!」

「あ、あぁ、だから……」

「きもいですよね!? きもいって言ってください!」


 肩を掴まれてガクガクと揺らされる。そんなこと言われても、この間初めて会ったような人間にそんなこと言えるような鬼畜ではないぞ、俺は。

 彼女は涙目になりながら、俺を見た。


「なっ、なんできもいって言ってくれないんですかっ!? やっ、優しい……!」

「いや、違うでしょ、それは」

「ああもう! 余計に好きになっちゃうじゃないですか! いい加減にしてください!」


 いい加減にして欲しいのはこっちだ。頭をぐわんぐわん揺らされて、そろそろ気持ち悪くなってきた……。彼女は真っ赤な顔で眉尻を下げている。困り顔って奴だ。そんなにあからさまに困られると、俺の善人魂が黙ってないんだけど。


「じゃあ、俺の前で困らないでくれる?」

「そっ、そんなこと言われてもっ」

「俺はそういう性格なの。優しくするなと言われても、お前が困ってるとこ見たら、一番に助けてやりたくなる」

「……っ!」


 彼女の眉尻がますます下がった。それどころか目が余計にウルウルとしてきて、今にも泣き出しそうになる。


「やっ……優しくしないでって言ってるのに! 優しい言葉なんてかけないでください!」

「今のは別に優しくなくないか」


 普段どんな言葉をかけられているのか、疑問になる。さっきのは、優しい言葉をかけたつもりも、優しくしたつもりもないぞ。


「自覚がないだけです! わっ、わた、私、もう行きますから! こ、この本も結構です! では!!」

「あっ、おいっ……」


 胸に本を押し当てられ、そのまま彼女は逃げるように行ってしまった。今度こそと思ったのに、また逃げられた。

 優しくしないで、とは、初めて言われた。人に親切にした時に、やんわりと断られることはある。でも、こうも直接的に断られると、なんだか気にかかる。気にかかる、けど。優しくしないでと言われたし、優しくしないことが彼女に対する優しさなのかもしれない。自分の中では全く解せないし、蕁麻疹も出たままだ。だから、今度彼女が何か困っているところに出くわしたら、手助けしていいか許可を取ることにしよう、と決めた。

 決めたところで、俺はまだ彼女の名前さえ知らないことに気がついた。



 * * *

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