第6話 女騎士レジーナ
シュトルの街は森を抜けた場所にあった。
素人の盗賊たちとの遭遇場所から徒歩で2日ほどだ。
黒く大きく頑丈な木々が頭上を覆う森を抜けると、なだらかな緑の丘陵地帯と青空が広がっていた。そこに踏みならした土でできた道が丘陵地帯を縫うように通っている。
ロークが暮らしてきた海沿いの街に比べると気候は穏やかで白く大きな雲が高空の風に流されゆったりと漂っていた。
ロークの気分もあがり丘陵地帯をゆく。
しかし景色の美しさとは裏腹に、時々見かける集落はさびれていたのが気になった。牧場などで見かける動物も少ないようだ。
バズバラ伯国はそう貧しい国ではなかったはずだ。
しかしその答えはバスバラ伯国のシュトルの街に近づくにあたって明らかになってきた。
シュトルの街はかなり大きな城郭のある商業都市で、交通の要衝にもなっているようだった。街に近づくにつれ道はよくなり石畳の広い街道へと変わった。街路樹も整理されとこどろころに衛兵の詰所も見受けられる。
行き交う人々も増えた。
ただしよく見かける商人や隊商ではない。
シュトルの街に向かうのは重い
一方、街から辺境に向かう方向に行くのはロバに引かせた荷車に女性や子供を満載したような者たちばかりだった。
ロークは眉をひそめた。
こういう光景はよく戦乱の最中に見かけたものだ。魔王が君臨して世界中に恐怖を撒き散らしていた頃。魔王のために人類は一致団結するどころかこれ幸いと戦争をした国々もあった。
もちろんロッテンブルクのように魔物たちが出現したというような事情もあるのかもしれないが、そういう時は戦う力のない老人、怪我人、女性や子供たちは城郭の中で守られるものだ。外に逃げて行くというのはこの街そのものに問題がある時だ。
シュトルの街は丘陵地帯を抜け田園地帯に入ったところでようやく見えた。
四方に石造りの街道が延びそこそこの規模の城郭に囲まれている。赤い旗印が城郭の上に飾られているが、それはバスバラ伯国の旗印だった。
「この街に住んでいない者、傭兵志願者以外は通行税5000エレドナ! 5000エレドナだ!」
じゃらじゃらと皮に金属の小札を貼り付け、赤い兜飾りをつけた派手な格好をした衛兵が数人、シュトルの街の門の前に立って大声をあげている。抜き身の剣を肩に乗せて辺りににらみを効かせている者もおり、なかなかに物々しい。
そして5000エレドナ!
あの盗賊たちが要求してきたのはせいぜい1000エレドナだった。
安い豚なら2匹は買える。
それをただ通るだけで取るというのだ。
傭兵志願者たちはあっさりと通っていく。
ロークも傭兵志願ということで通ろうとしたが呼び止められた。
「傭兵……? 貴様がか?」
衛兵がじろじろとロークを足の先から頭まで見る。
「えぇ、その通りです」
ロークは満面に笑みを浮かべる。
着なれた綿の上着にマント、短剣を腰に、そして荷物の入った麻袋。
どうみてもせいぜい短剣は護身用だ。
「どうみても只の旅人だろう、通行税を支払いたくないのであろう」
衛兵の指摘は鋭い。まさにその通りだった。
「いえいえ本当に衛兵志願で」
「じゃあどこの隊に入るんだ」
「……」
「傭兵志願者には布告のために村々に札を立てて告知している。どこの隊が厚遇するとか書いてあるぞ」
「何をしている?」
鋭い声がかかった。
衛兵があわてて気をつけの姿勢をとる。
見ると紫色の髪の毛をさらりと腰までのばし、金属鎧を身につけたすらっとした女性が立っている。左手に持った盾にはバスバラ伯国の紋章。瞳も紫色だ。
衛兵の態度と出立ちからしてこの人物が女騎士レジーナなのだろう。
思ったよりも若く歳の頃は20代半ばくらいだろうか。
「何ごとか」彼女が衛兵を問い詰める。
「はっ傭兵志願者なのですが怪しい者がおりまして……」
「怪しい者?」
レジーナがこちらを見る。
ロークは肩をすくめた。
「何者か」
「見ての通り傭兵志願者のロークと言いますが……実は呪い師でしてね」
「む……」
あの盗賊たちもロークのことを呪い師だと勘違いしていたが、正式な魔法使いでなくてもちょっとした魔術や呪術を使う者はかなりの数存在する。
そうした人々は村に住み着きちょっとした治療や薬の調合を請け負って暮らして行くことが多い。
そしてそうした呪い師は傭兵として食べていく者たちもいた。
治療の術や薬の調合といった技術は戦場でも有効だった。
「呪い師か。まあいい。通してやれ」
「は、しかし……」
「通せといったのだ」レジーナの眼光が鋭くなる。
衛兵たちはぶつぶつ言いながらもロークを通した。
「呪い師なら城館でなく聖堂を尋ねるんだな。いまあそこは呪い師や自称魔法使いでごったがえしている」
レジーナはそう言い置いてさっさと歩き去っていった。すたすたと歩き去っていく先は城館のようだった。
かくしてロークはシュトルの街に入り込むことには一先ず成功したのだった。
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