第5話 傭兵エドマンドの国 バスバラ伯国の盗賊

「ハッハー! ここは通さねぇ!」

 森の中の小道を歩いていると突然喚声とともに数名の男たちが飛び出してきた。

 茂みの中にずっと潜んでいたのか革か何かの胴着に小枝や葉っぱがついている。体格はいいヒゲ面の男が3人。


 男たちは手に手に斧や農機具のようなものを持っていた。

 ロークは冷静に彼らを観察しながら半身に構え左手の杖を彼らに向け、左腰の短剣の柄に手をかけた。

 

 盗賊といっていいのだろうか。

 彼らの武器はどうみても木こりや農機具だったし、人間に対して振い慣れているとは思えなかった。


 真ん中のもっとも体格の大きな男が唾を飛ばしながら叫ぶ。

「有り金置いて行きな! そしたら身ぐるみは剥がさずに見逃してやるぜ!」

 彼よりは少し背の低い男が続ける。

「もし次の街まで金が足りねぇなら半分だ! 半分だけで許してやる!」

(優しい……!)

 

 ロークは思った。

 しかし完全に素人のようだ。

 もし本物の盗賊ならこんな森の中だ。

 巡察の兵隊なども殆ど通らない国境の森。

 いちいち脅さなくてもさっさと奇襲で殺して捨ててしまえば良いのだ。

 実際、突然襲い掛かられるといかに"禁術の賢者"ロークでも危なかっただろう。

 

 ただこうして対峙されるなら話は別だ。

 いかに後衛を務めていたとはいえ、すべて前衛や蘇らせた死者がカバーしてくれるわけではない。

 自らの身を守る必要もある。

 何らかの加護が前提ではあったが、魔王の直属の兵士たちとある程度渡り合う程度には盾や短剣の扱いには慣れていた。


 もっとも今構えているのは、ただの旅用の木の杖と、ロッテンブルクの鍛冶屋で買った安物の短剣だったが。それでも十分だった。


「兄貴……こいつカネを出しやがらないぜ?」

 一番若そうな男がぼそぼそとつぶやく。

 大柄な男が困ったような表情になった。

「ほ、ほんとにぶっ殺すぞ!? 半分で難しかったら2〜300エレドナでも良い……」

 小柄な男が農具を振り上げる。


 距離もそれなりにあるので詠唱は間に合う。これくらいなら詠唱の早い下位魔術でも対処できそうだったが、ロークは彼らの様子が気になった。

 2〜300エレドナというと銀貨3枚くらいだ。

 宿場町なら安宿に一泊して朝飯がついてくるレベルにすぎない。さすがに貧乏な旅人でも2000か3000エレドナくらいは持っているだろう。よほど逼迫しているのだろうか。


「カネはやってもいい……ただちょっとわけを聞かせてくれないか?」


 男たちは案外素直でロークを森の中に案内した。

 念の為ロークは最後尾でついていく。

 その間に革袋に入った50000エレドナのうち1000エレドナを長兄らしい大柄な男にやった。彼は拝むように受け取った。

 

 森をかきわけて進むと獣道と見まごう小道に行き当たり、男たちとロークはそこを進んだ。小道の先は少し開けており、小川の側に打ち捨てられた木こり小屋といくつかの建物があり、丸太を置いていたと思われる広場には2〜30人の群衆がぼろぼろの布をかぶって座り込んでいた。

 彼らは老若男女そろっていたが一様に痩せ細り、目がぎらぎらとしていた。

 男たちが声をかけると、群衆はロークのほうを不審そうな目つきで眺めまわしてきた。


「俺たちの村のもんだ……今はこんな有様だが……」

 大柄な男はロークにみすぼらしい布の席を勧め、ぽつりぽつりと語り始めた。


––男たちの村はバスバラ伯国の穀倉地帯にあった。

 税率はそれなりに厳しかったが恵まれた気候で安定した穀物が生産されていた。

 しかしある日突然税率があがった。

 種苗に手をつけなくてはならないほどのあがりかただった。

 さらに監督と称して伯国の兵士たちが現れ気分で農民たちを鞭打ったり略奪紛いのことをするようになった。村人たちはある夜耐えられずにこの森の中に逃げ込んだということだった。


 文字通り困窮しておりかといって狩人ではない彼らには森の中での狩も難しくやむをえず盗賊紛いのことを始めたのだという。そしてその最初のターゲットがロークだったのだ。


 ロークはため息をついた。

 盗賊行為は当然縛り首だ。もしもこの善良な男たちの相手がちょっと手練の旅人だったら返り討ちになってしまうところだった。結果として命を救ってやったことになるのだろうか。


 しかし村人たちの困窮の度合いは見るに見かねる状態だった。

 病人もいた。

 ロークは禁術以外はあまり得意ではないので下位法術を使って病気の進行を抑えたり取り除いたりし、疱瘡などのひどい者には小川の水を沸かして消毒した布に薬草を塗って与えたりした。


「あんた呪い師だったのか……危なく殺しちまうところだった」

 さきほどの小柄な男が感嘆の眼差しを送ってきた。

 もちろん殺されもしないだろうしロークは村の呪い師ではないのだが素直に称賛は受け取った。


 食糧だけはどうにもならないのでボランティアというわけではないが、この国を治める元勇者のパーティ仲間であるエドマンドとは面識がある。少なくとも彼の名前を出せば近くの街でちょっとした食料ぐらいは調達できるのではないか。ロークはそう思って、食べられそうな野草やきのこ類の見分け方を男たちに教えた後、一番近い街へと向かったのだった。そこは女騎士レジーナが法執行を司るシュトルという名前の街だという。

 


 

 


 

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